夢の中身



ほぼ強制的に湯に放り込まれ、隅々まで体を磨かれると甘ったるい香を被せられた。それに目を白黒とさせているうちに有り得ない衣装を身に纏わされる。私の服を返してくれという訴えは笑顔で黙殺され、こちらですと優しくある部屋に放り込まれた。目の前のものを認めた瞬間鳥肌がたち、冗談ではないと叫ぶ前に扉が閉じられる。ソロリと振り返ったそこには先ほど殴り飛ばした男が笑って待っていた。

「こっちに来いよ。腹へってんだろ?好きなもん食え」

広げられた手の下には優しげな芳香を漂わせる品々が整然と並べられ、空腹と渇きを思い出した咽がゴクンとなる。思わず三大欲求の一つに忠実な亡者と成り果てようとしたが、一歩踏み出したところで我に返る。毒が入っているかもしれないなんて、そんな愚かな事を考え付いたわけではない。街中に放っておけば確実に失っている命だ。わざわざ拾って湯浴みさせる事に何の意味があるというのだろうか。

他人に施しを受けることがどんなに罪深いことかを思い出しただけだった。

「先ほどは失礼いたしました。混乱していたとはいえ、あのような暴挙に走った事に対してお咎めがあるならば謹んでお受けいたします」

平伏し、口早に述べる。冷静な目で見るのならば男は明らかに位の高い者だ。

窓から見える景色で未だ自分が街中にいるのは分かる。しかし、この屋敷の主は確実にこの街の者ではないだろう。そして同時にこの国の者でもない。高名な藍を基調に飾られた室内は異国の独特な雰囲気を濃厚に伝えてくる。そして、何よりも目の前の男の赤い髪と黒の刺青。間違いない、ここはキャドだ。そして、キャドでこれだけの邸を用意できる者なぞ限られた者達ばかりだ。よりにもよってという気持ちが沸き起こる。

「咎ァ?こっちが勝手に拾ったんだから驚くのは無理もねぇし、知らねー男が隣で寝てたら殴るのは女として正当な行為だろ。いいから早く食えよ。せっかく用意させたのに冷めちまう」

呆れたような物の言い様に、この男がどこまで知っているのか判断に迷う。私の事を拾ったというが、それが何を意味しているのか分かっていないのだろうか。それとも私の立場をまったく理解していない、もしくは知らないのかもしれない。

その可能性は十分にあるように思う。役人達があのような出来事をよそ者にわざわざ伝えに来るとは思えないし、それどころか必死になって隠蔽するだろう。このような邸に住む者ならばより念入りに。いずれは確実に伝わるだろうが、伝わるほど時が経っていない。自分の疲労の回復の仕方から、おおよそ数時間も寝ていないと判断できる。街の裏に逃げ込んだのが昼過ぎで男に拾われたのが夕方。日付が回ったか回らないかという所だろう。邸外も静かだ。街の者もまだキャドまで手を伸ばしていないらしい。しかし、明日には必ずやってくる。味方の夜が訪れているうちに動かねば完全に身動きが取れなくなってしまう。早く衣服を返してもらい邸を出て行こう。ついでに銀の短剣を幾ばくかの金か宝石に変えてくれるのならば文句はない。先ほどの無礼な行為にも目を瞑ってやろう。

「私のような者にお気遣い頂き、ありがとうございます。しかし、我が主にお叱り受けますゆえ」
「お叱り?」
「はい。貴殿はご存じないかもしれませんが、我々アメジストの一族は主を持ち、許しがない限り主以外の方より施しを受けてはならないのです。そして、魔術も然り。主の許可なく描くことはできませぬ」
「へぇ。変わった一族だな。その主ってのは誰だ?」
「言えません。ですから、貴方の身にかけられた呪いを解くことも私にはできない」

ようやく頭を上げると表情が変わった目と会った。
私は笑ってみせる。魔女を侮るなという警告を込めて。

「どうぞ私の服をお返しください」

無言のまま男が傍に置いてあった鈴を一振りすると、先ほど私に湯浴みをさせた侍女が私の衣服を持って現れた。丹念に身を明かす物がないか調べられたであろうマントは綺麗に畳まれており、受け取ると埃の変わりに良い香を纏っていた。腕にある刺繍に触れる。短剣は未だそこにある。

「貴殿が恩情溢れる方だと見込んでお願いがあります。どうかこの短剣を買い取っていただけませぬか?」

その言葉に男ではなく侍女が目を見開いた。続いて見せたのは、あるはずがない短剣への狼狽の気配と疑いの眼差し。真珠風情がなにを勘違いしているというのか。魔女が術師に暴かれる術をかけるわけがないというのに。

「レット」

指先に力を集中させ、解放してやる。
銀糸の刺繍から銀の短剣を取り出すと、ようやく男が驚いた表情を見せた。真珠の術師は悔しげに顔を歪めたが、すぐに気持ちを切り替えたらしく殺気をよこした。それを合図にしたように部屋中から殺気が投げられ、僅かに足が強張った。だが、それを悟られるわけにはいかない。平静なフリをして、五月蝿い心臓を必死で黙らせ私はようやく男の傍に一歩ずつ歩み寄る。

コトン。

テーブルの上に何かが触れる音が、僅かに無音であった部屋に響いた。それが自分の頭が落ちる音ではなく、掌の下から零れた音であることを理解するのに随分と時間がかかったように感じる。しかし、それは現実には一瞬の間でしかなく、テーブルの上に短剣を置くのと同時に、咽元に突きつけられた剣も引かれた。流れた冷や汗が血ではないかと疑ってしまうほどの殺気が背筋を這う。

いつの間にか現れたオレンジ色の髪を持つ剣士が男の傍らについた。

「見事な細工だな」
「値は好きなようにおつけください」

短剣からは未だ手を離してはいない。しかし、剣士は剣を納めた。その行動から、私がこの軽い銀の短剣を握り直し、僅かに腕を伸ばせば触れられる距離にいる男を傷つけるよりも。それこそ短剣よりも重い長剣を抜きはらい私の命を奪う事のほうが早く出来るという剣士の自信が伺えた。そして、身じろぎ一つしない男もそれを確信している。

短剣の細工は見えるように。しかし、通常は家紋が彫られている場所のみ掌で隠したまま「買ってくださいますか?」と私は急かした。いらないと突っぱねられたら、すぐに引き下がろうと考える。しかし、目の前の男がこの際どいやり取りにを濁すほど野暮には見えなかった。恐らく乗ってくる。あわよくばこの指輪の一つもくれるかもしない。

「買った」
「ありがとうございます」
「代金は…。そうだな、それ全部だ」
「…は?全部、といいますと?」
「てめーが今、身につけてるやつ全てが代金ってのはどうだ?」

ケロリと言う男は馬鹿なのかもしれない。今、私が身につけているのは異国の服だ。上半身は、どういう技術が使われているのか皆目見当がつかないような、やけに軽く織られた布は胸部を覆うのみで肩と腹部は完全露出している。下半身は、同じ布が使われたものがゆったりと覆っている。恐らく肌触りからして高級なものだろう、その上染料によって染め上げられた色は藍だ。それだけでとんでもない値段がつくというのに、頭に編みこまれた髪飾りや、首・腕・足首に回された華奢な金のチェーン。それに指輪。これら全て…。どれくらいの値段がつくか想像すら出来ない世界だ。

少しでも値を高くしてくれたらと思ってはいたが、いくらなんでも相応の価値とは言えない。

「それは…受け取れません。十分すぎます」
「そうか?それでも安すぎると思ったんだけどな」
「滅相もありません。銀の短剣一つ、この指輪一つでも…」

足ります。と続けようと思った言葉は途切れた。男の笑顔と新たにテーブルの上に載せられた物がそれを許さなかった。オレンジ色の髪の剣士さえ傍にいなかったら短剣を掴んで飛び掛っていたかもしれない。結局、こいつの掌で踊り続けていたのかと思うと己の浅はかさに腹がたった。

男が見せたのは、私の手の下にあるのと同一の家紋が彫られた一枚の銀貨。異国の者がもつはずのないそれが、どうしてココに出てくるのかは分からない。だが、自分が道化を演じていた事だけは分かる。コイツは全部知っている。

「もう一度、言ってやろうか?」
「断る。私は金で買えるほど安くはない」

短剣を掴んで外に飛び出そうとすると予想通りに剣士が動いた。剣を抜かずに素手で捕らえようと腕をのばしてくる。私は再び力を集中させる。短剣の家紋へと。

「レット」

解放は姿を変え、まるで私の腕の一部のように伸びた剣を驚いた表情をつくる剣士の腕に伸ばす。空気を裂く音が耳に響く。目を閉じてもなお、迫ってくる朱が見えるような気がした。





…まだ名前すらでてこない(笑)含みのある会話のやりとりが好きです。パロっつーか、完全に好みで書いてます。すごく楽しい。
[18.12.18]