キス



すっかり暗くなった空。陽はすでに半分以上も顔を沈め、その細長い場所を灯す明かりは、ずいぶんと半端な明るさでルキアの足元を照らしていいた。片手に本を持ち、 ルキアは足を急がせる。

殆どの部屋が暗闇に閉ざされているというのに、目的の部屋には明かりがついているのを確認して、ルキアはさらに足を速めた。

「すまぬ!遅くなった」

戸を引くのと同時に、部屋の中にいるであろう人物に向かって言葉を向ける。しかし、部屋の中にその人物はいることはいたが、言葉を受け取ってはくれなかった。

いつもは結わえられている赤い髪がルキアの机の上に広がっている。

「…風邪を引くぞ。たわけ」

出来るだけ音をたてぬように戸を閉めて、静かに前の席の椅子を借りる。
ほんの数ヶ月前までは毎日のように見ていた寝顔。今でも、昼にはよく見る寝顔。腕を組んで、その上に頭をのせて、いつもの悪人面が嘘のように穏やかな寝顔。

「変わらぬな」

いつもの距離。いつもの位置。近すぎる。

手を伸ばせば触れられる。声を変えれば返ってくる。それが普通で当たり前。何もしなくていい、始めなくとも変わらない。初めからすべてを持っている。

ほら、恋次の傍にいることはこんなにも簡単だ。

「私…だけか」

変わらなければ簡単な話。
このまま、ずっと、一緒にいられるのに。
言わなければ、きっと分からない。
この前のように逃げてしまえばいい。
私には分からないと。

「すまぬ」

だけど。
私は分かった。
知った。

この気持ちが何なのか。この想いが何なのか。それがどれほど辛くて、そして幸福なのかを。

怖くないと言えば嘘になる。
不安がないと言えば嘘になる。
だけど、そんなものよりも信じられるんだ。
この想いを。恋次を。

「恋次」

今度は逃げずに、赤い髪を一房すくいとる。
私よりも長い赤はサラリと優しく指をとった。

嗚呼、やっと…。

ストンと果実が落ちてくる。
その実は思ったよりも小さかったけれど、綺麗な赤い色をしていた。
リボンをかける?
そんな勿体ないまねは出来ない。
このまま、ありのまますべてを見せに行くよ。

「好きだ」

髪をひかれた感覚で目を覚ました恋次が、未だ夢をみているかのような瞳でこちらを見ていた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



未だ夢をみているんだろうか?
気が付いたらいつの間にか、ルキアが目の前にいて、そして俺に好きだと言うなんて。

何て幸福な夢だろう。

「ルキア。もう一回、言ってくれないか?」

そっと手を伸ばす。
消えてしまわないように。
柔らかい頬、艶やかな髪、小さな頭に手をまわした。

「………私は恋次の事が好きだ」

どうか夢なら覚めないでくれ。
優しく、だけど強く頭を引き寄せる。
今まで体重を預けていた机が邪魔だ。

「家族としてか?」
「それもある。…しかし、それ以外の想いもあるよ」

ガタリと机が鳴った。
何度も見た紫色の瞳が間近にある。
ルキアの頭に触れる手が汗ばむ。
咽が渇く。
多分、唇も乾いている。
声は…震えてはいないだろうか?

「男として、俺の事を見れてるか?」
「………ああ。私は、お前に………その、こ…恋を………恋をしているよ。恋次」

真っ赤になりながらも、真っ直ぐ見つめながら紡がれるルキアの心。
俺に向けられる想い。
夢だとしたら。
何て幸せで。
何て残酷なんだろう。
夢か。
現か。
確かめなければ。

「ルキア。もう一回」

もうルキアの吐息すら感じられるほど、唇が近い。
ふ。と息が吐き出されるのが分かった。
瞬きした睫。
答えを得た、強い輝きを放つ瞳。

「恋次。好きだよ。んっ」

初めて触れた唇は、とても柔らい。
その柔らかさから離れるか、離れないかという所で、今度は角度を変えて押し付けるように強く、その感触を味わう。

永遠にも似た一瞬。
こんなにも満たされた気持ちを知らない。
こんなにも飢えた気持ちを知らない。

目を開けると。
耳まで真っ赤に染め上げて、驚いた表情をしているけれど、口元は確かに微笑んでいる。

ルキア。
これが夢だとしたら、俺は何を信じたらいいんだ。

すでに何回か抱いたことのある腰に腕を回す。
相変わらず細いソレは、あっさりと腕に収まる。だけど、初めて抱いた時よりも熱く感じた。

「恋次?」

俺の名を呼ぶ唇をもう一度塞ぐ。
食らうように、その柔らかさを味わいつくして。
貪るように、絡めることを知らない舌を絡めとって。
時折漏れる声も、乱れる呼吸も、全部奪い取って。
流れる涙を一粒舐めた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



何が起こったというのだろう。
ボンヤリとする頭を必死に起こす。
恋次に想いを告げる事が出来たと思ったら、口付けられた。
優しい口付けと、強い口付け。
触れた瞬間は恋次の気持ちを知ることが出来たように感じて、驚いたけれど、幸せだった。

その後は…よく分からない。
感じたのは熱。
あれも口付けというのだろうか、あんなに激しいものも。
全部を持っていかれるかと思った。
持っていかれてもいいと感じた。

「ルキア」

体に力が入らない。
目が揺れる。
恋次の服を握っているのが精一杯で、ゆるゆると顔を上げているうちに抱きかかえられ、体が机の上へと移動する。

クラクラする頭を持ち上げると、赤い瞳が待ち受けていた。
熱っぽい瞳。
私はこんな恋次を知らない。

「恋次…か?」

随分と珍妙な表情。
ああ、やっぱり恋次だ。

だとしたら私は聞かなければいけないことがある。
このまま溺れてしまうのは簡単だけれど、私は恋次に触れる権利が欲しいんだ。恋次のすべてに。

「恋次は?」

これだけで十分だろうと思う。
これだけで十分だった。
微笑む、照れる、少しバツが悪い…かな?
表情を読み取りながら待つ。
その時を。

また、優しく恋次が頭を引き寄せた。
心地よい声が頭の中で響く。

「何度でも言ってやる。ルキア…、好きだぜ」

夢のような言葉を得て。
私は意識を暗闇に、体を恋次に預けた。
もっと告げたい溢れる想いを胸に抱いたまま。





あ………危なかった!!!これだから、むっつりは困る。勢いで押し倒しちゃいそうだったじゃないか…。
らぶらぶ。らぶらぶなんだから、落ち着こうよ。ぜろわん。
ルキアにはぶっ倒れるほど頑張ってもらって、やっと両思いv
恋次が駄目男化してるのは、な…何も言わないで下さい。もうちょっとカッコよくなるハズだったんですけど。
途中で「てめーはどこぞのは姫か!?」って突っ込みいれられた方もいらっしゃるかもしれませんが、
ごめんなさい。忘れて!!!
[18.6.3]