離さない



俺はずっと待っている。
卑怯なほどに。姑息なほどに。臆病なほどに。
ずっと、ずっと待ち続けているんだ。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



(お。)

教室から見て窓の向こう側。つまりは廊下。
休憩時間。先生が移動し、生徒が溜まるその長い道を小さな頭がトコトコとやや早足で通り過ぎようとしていた。 足のリーチ差から、それは普通の生徒にとって普通のスピードだったが。

(移動か?相変わらず、一人でいやがる)

ルキアは特に一人が好きなわけではない。それどころか、一人を嫌っているだろうに。

…寂しがり屋のくせに、強がる。
寂しいくせに、一人で平気だ。と言い張る。大丈夫じゃないくせに、大丈夫だ。と立ち上がる。痛てぇくせに、痛くない。と起き上がる。ルキアはそういう馬鹿だ。

そして。
その姿がどれだけ人の目を惹き付けるのか。
どれだけ力を貸したいと願わせるのか。
傍にいてやりたいと想わせるのか。
アイツは知らない。

「マジに大馬鹿だな、俺は」

ボソリと呟いて席を立つ。
どこまで余裕がないんだ。

前の席の吉良の「どこに行くんだい?もうすぐ次の講義が始まるよ」という言葉に「便所」と返して、教室を出る。講義が始まる寸前の廊下はすでに生徒の数もまばらで、 すぐに目的の姿を見つけることができた。

余計なものと一緒に。

「よぉ。阿散井!」

右目に傷。顔面に6と9の刺青。日頃、何かとお世話になってたりもする檜佐木修兵、その人が片手を挙げる。反対の手はルキアの肩に置いたまま。

よくある風景。
前にもあった風景。
たったそれだけの事が癇に触る。
ルキアも気にした様子はない。
それにもイラついた。

「…珍しいッスね。先輩がこんなとこにいるなんて」
「ちょっとコイツに用があってな。何だ?えらく不機嫌じゃねぇか、お前」
「別に。んな事ないッス」

嘘だ。
その手をルキアから離せ。いや、俺以外の奴がルキアに触るな。と言いたい。

「ま、別にどうでもいいけどな。んじゃルキア。例の件、こっちはOKだ」
「ありがとうございます。では、後ほど教室のほうにお邪魔してもよろしいですか?」
「午後ならいつでもいーぜ。じゃあな」

鐘の音に急かされた檜佐木先輩の手がルキアから離れる。
その手がクシャリと小さな頭を掻き乱す。
文句を言うルキアに笑顔の先輩。
ルキアは先輩の置き土産で乱された髪を手で直しながら、こちらに視線を向けた。

「何を呆けている?教室に戻らねば、先生が来てしまうぞ」

近づいてくるルキアに触りたい。
檜佐木先輩が触れていた肩に髪に触れて、その痕跡を消してしまいたい。

「例の件って何だ?」
「ふふ。秘密だ」

そう言ってルキアが楽しげに笑った。
その暖かそうな笑顔の分だけ、俺の心が冷たくなる。

以前は喜べたのに。
ルキアが楽しげに笑えるのを喜べたのに。
誰かと触れ合えるのを良かったと思えたはずなのに。
心からではないとしても、それがすべての気持ちではなかったとしても、確かにそう思えていた。

だが。
ルキアを手に入れる可能性を見つけてしまった。
ルキアを自分の物だけにする希望を見つけてしまった。
望んでいるんじゃない。
見つけたんだ。

その光が俺の心のドス黒い部分を明々と照らし出す。
見せ付ける。
キリのない独占欲。

ルキアが俺の事を好きかもしれないと。この想いが通じるかもしれないと思ったあの日から。それはどんどん心を満たして、俺を急かす。

本当にそうなのか?と。

「ルキアっ」

堪らなくなって、俺の脇をすり抜け教室に戻ろうとするルキアの腕を掴んだ。二の腕でも簡単に指が回る細い腕。

紫色の瞳が俺を捉える。
その頬が僅かに赤く染まった。

「は…離せ、恋次。遅れるだろう」
「………あぁ、悪ぃ」

あっさり離す。
その反応に安堵できたから。
そして、咽元まで出かかった言葉を飲み込む。
何度も何度も飲み込んだ。
その言葉を。
君を想うこの気持ちを言う好機すら、腕と一緒に離す。
何度も何度も。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



知ってる。
知ってるんだ、俺は。
ずっと見てきた。
ずっとルキアだけを見てきたんだ。
分からないわけねぇだろう。
だから待つのか?
いつまで?

「あー、畜生」

青い空に向かって文句を言っても、何一つ返ってきやしない。それが、己の愚かさの証明のような気がしてならない。張り詰めたものが切れると空になってしまうのだろうか?

早く。
早く気付け。
この一言ですべてが解決する。
この一言で俺は解放される。
この一言で俺は手に入れることができる。

「好きだ」

心からの一言で。
その言葉が空気を震わせるまで、俺はこの繋がりを離せない。





焦る恋次。
咽がからっからで目の前に求めて仕方ない水を置かれて、「我慢しなくちゃ駄目だ!」と思い込んでる状態。
最後のほうは、恋次のルキアへの想いと一緒に、恋次に当て付けで書いてやりました。
テメーが告白すれば、この題で両思いになったのに!!!
何でだっ!?どう焚きつけても、告白しやしない…。
ううううううううううううう。ぜろわんはここの恋次をどこまでヘタレさせる気なんでしょう?(キクナヨ)
この調子では目的が達成されないのではないだろうか(恐)
[18.6.3]