温もり



あれ…?と、ルキアは思う。
「ん?どうかしたか」
と、恋次は上から首を傾げた。
繋いだ、手と手が。
暖かいのは当たり前だけれど。
何だか、それ以上に暖かくて。
でも、熱いのではなくて。
フワフワしているけれど。
ドキドキしていて。
恋次の声が安心させるのに。
不安にさせた。
「え…?」
クルリと回る自分の心。
ヒラヒラと落ちる赤い落ち葉と共に。
くるりくるりと舞う紅い落ち葉と一緒に。
さくさくと砕かれる朱い落ち葉と並んで。
私の心もあかく染まったのだろうか?



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「ルキア!」

響く制止の声。
それでも私は止まらない。否、止まれない。駆けて、駆けて、駆けて、駆けて!現実を駆けて、夢に逃げ込もうとする。僅かな間だけでも。

「はぁはぁはぁ…」

バン!と強い音をたて、寮の自室の扉を開けると、同じくらい大きな音をたてて扉を閉める。急いでガチャリと鍵をかけ、掛かったのを確かめるとその場にズルズルと崩れ落ちた。

(落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け!)

煩い心臓に向かって叫ぶが、一向に効果を現しはしない。

「なん…なのだ、一体」

ようやくそれだけ口に出す。
口に出して、先ほどの事を思い出した。
とたんに急上昇する顔の熱。
何故か分からない。何故か分からないのに、とても恥ずかしい。

「あんなこと、何でもないではないかっ!」

赤く染まっている顔が空気に晒されているのが、無性に恥ずかしくて。ほとんど顔面から寝台にダイブ。ぼすんとやさしく受け止めてくれた枕に、ぎゅうぎゅうと顔を押し付ける。

変だ。

変だ。

変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ。おかしい。

「どうしてしまったというのだ…」

この間の事があってから、恋次の顔をろくに見れなくなった。
遠くからあの赤い髪を見つけるだけでソワソワするし、声を聞くだけで心臓が煩くなる、名前なんて呼ばれた日には止まってしまいそうだ。

なのに…会いたい。
一目でいいあの姿が見たい、一秒でいいこちらを見て欲しい、お願いだから私の事をちょっとだけでも考えて。

「矛盾している」

まるで辻褄が合わない。
少しもコントロールが利かない。
何がしたいというのだろう、私は。

「恋次」

そっと名を呟いてみる。

「馬鹿みたいだ」

すぐココにいるわけではない。返事が返ってこないのは、当たり前。
それなのに、あの声が聞こえないことに、こんなにもガッカリするなんて。
いつでも口にしてきた名前を呼ぶことが、こんなにも嬉しいなんて。

恋次。

恋次。

恋次

・・・恋次。

会いたいよ。

「ふ。先ほど、逃げてきたばかりだとういうのに」

自嘲気味になって体を起こす。頭を枕に押し付けてしまったため、髪がぐしゃぐしゃだろう。などと、冷静さが戻ってきた頭で考える。

明日、恋次に何と謝ろうか。どんな顔をして会おうか。
とりあえず火急の問題を頭で整理しながら窓の横に置いてある鏡台に顔を向ける。

恋次がいた。

「!?」

大声を出さなかったのを褒めて欲しい。心臓が潰れるかと思ったのだから。窓のすぐ傍の木に登り、不機嫌な面をしている恋次は何も言わないまま、親指をたてクイ・と己の後ろを指す。声のない言葉が伝えられた。

『いつもの場所』

驚きすぎて、恥ずかしいとか、何でとか、そういった思考は思いつかず、とっさに首を縦に振る。それを確認した恋次が窓から姿を消した後、 ようやく私は髪がぐしゃぐしゃのままだったのを思い出した。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「よぉ。遅かったじゃねーか」

裏庭の木々はすっかり紅葉し、それぞれを美しく飾り立てていた。黄、橙、そして赤。その鮮やな色たちに埋もれることなく、己の赤を誇っている髪の男は不機嫌そうに言う。

何となくバツの悪い私は、その視線に耐えられなくなってフィと顔をそらせた。そのまま、恋次の顔を見なくてすむよう高く跳躍して、自分の指定席へと腰を落ち着ける。様々な赤で囲まれたソコは、心落ち着く場所であったというのに、 すぐ下に恋次がいるかと思うとザワザワト何かが掻き立てられる気がして、再び逃げ出したくなる。

だけど、恋次がココにいる。

「悪かったな。出掛けに寮長に掴まって門限までに帰るよう、しつこく言われたのだ」
「ふぅん」

普通の声を出せたことに安堵。
恋次の声も普通だ。不機嫌な顔をしているが、奴の顔は元々愛想がよくない。さっき逃げてしまったことへの罪悪感がそう見せていたのだろう。うむ。今なら、 先ほど感じた恥ずかしさもそこまでない。普段どおりに会話できそうだ。このまま先ほどの事も謝ってしまおう。

そう思って口を開く。

謝罪の言葉を述べる。その前にいつもより、うんと低い恋次の声が私に言葉を発することを許さなかった。

「お前、何でさっき逃げた?」

ヒヤリと汗が背を伝う。恋次から発せられる霊圧が重苦しい。
怒っている。
間違いなく怒っている。
この上ないくらいに。
なのに、怒鳴りはしない。口調は冷静そのものだ。
考えてきた言葉はすべて吹き飛んだ。

「…え、あ」

「それだけじゃねぇ。ここんとこ俺を避けてただろう」

違う。
そう言いたいのに、言葉が出ない。

違う。違うんだ。避けてたんじゃない。そんなつもりはなかったんだ。
ヒュ・と空気を裂いて跳んできた霊圧に身を焼かれるかと思った。
目の前に怒りを纏った恋次がいる。

「れん。っ!!!」

掴まれた腕が痛い。骨が軋んで悲鳴を上げそうだ。

「ルキア。何でだ?」

はっ。息が出来ない。
腕が痛い。
心が軋む。
涙が出そうだ。
必死の思いで、顔を上げる。
恋次の顔がぼやけて見えた。
水面の向こうに映ったのは傷ついた瞳。

「違う。違うんだ、恋次」

ようやく紡いだ言葉は、枯葉の落ちる音に紛れてしまいそうなほど小さかった。ソロと動かした手は、未だに私の腕を掴んだままの恋次の手に重ねる。 その手は私の手のひらが覆いきれないほど大きい。

「避けてなんかいない。ただ…逃げていただけだ」

グッと恋次の手に力が入る。折れるかと思うくらい強い力で腕が握られる。そのまま、力を込められれば間違いなく折れるだろう。しかし、恋次の手からは逆に力が抜けていく。 仕舞いには一本、また一本と指が離れていき、すべての指が解かれた。

「………そうか」

ボソリと恋次が呟く。
そこに怒りはすでになかった。

捨てられた子供のような、行き場をなくした子供ような、深く己に潜る声。
頭の中で警報が鳴る。間違った!誤った!と。
恋次の足に力が込めらるのが分かった。
このままでは離れていってしまう。
必死になった私は、思わず恋次に飛びついた。

「え。お、わっ!」

どん!ガサガサガサ、べちゃ!!

二人一緒になって木から落ちる。
私の下敷きになった恋次が呻いているが、そんな事に構っては入られなかった。痛みで動けないのなら、好都合だとも思う。

「この莫迦者っ!人の話は最後まで聞け!!」

恋次に馬乗りになったまま叫ぶ。

まだ自分で整理し切れていないけれど、恋次に上手く伝えられるか分からないけれど、伝えないよりはマシだと思った。

「近頃、私は変なのだっ!自分でも分からないが変だ。感情が上手く自制できない、お前の傍にいると落ち着かぬ!!」
「………」
「言いたいことがあっても口に出せぬし、傍に行こうと思っても足がうごかない。なのに、気が付けばお前ばかり見ているし、お前の声を追っている」
「………」
「今日だって…。その、言いにくいが、寝ているお前を眺めていたら、その。さ…触ってみたいと思うし………」
「………」
「でも、それが何故かは分からないのだ。だから、えぇと。逃げていたというのは、自分にであってだな!お前からではないぞ!!………貴様。聞いているのか?」

人が必死になって、どうにか伝えようとしているのに、恋次ときたら口を覆って横を向いている。

一瞬、笑われているのかとも思う。
しかし、私の真下にいる恋次は肩を震わせてもいない。横を向いているため表情は分からないが、その耳は真っ赤に染まっている。

「………恋次?っうわ」

ゴロンと視界が反転する。
不思議に思って恋次の顔を覗き込もうとした私は、跳ね起きた恋次の体から転がり落ちて、地面に横になる。

「て、てめぇ。いきなり何て事を言い出しやがるっ!」

真っ赤に顔を染めたままの恋次が叫ぶ。
良かった。いつもの奴に戻ったようだ。瞳も霊圧も奴そのもの。単純で真っ直ぐな、恋次そのものだ。

「何って、貴様が勘違いして怒るから、何とか誤解を解こうとしたのだ。ここ最近、変な行動をとったのは悪かったと思っている。だが、きちんと自分の気持ちの整理がついたら話そうと思って おったのだぞ?」

未だに分からないままだから、意味不明のまま伝えてしまう事になったが。

そう告げると恋次が複雑な表情を作る。
喜んでいるのか。
悲しんでいるのか。
呆れているのか。
困惑しているのか。

「整理って…。そこまで分かってて、分かってねぇのか?」
「だからそう言っている。…もしや、貴様には分かるのか?」
「あ?そんなの、俺の事が…。やっぱ、止めた。最後までテメーで考えろ」

恋次の手が差し出される。
その先にやたらと嬉しそうな笑顔があった。

「何だ、けち臭い奴だな」

いつもの軽口。
ようやく私にもいつも調子が帰ってきたようだ。
…やはり、原因は分からないが。

しかし、恋次がこうやって笑うということは悪いことではないのだろう。自分の気持ちだ、きちんと考えて答えを出そう。ここしばらく悩みに悩んだ原因が、 すごく素敵な物のように思えてきて、気持ちがすごく楽になった。

それにしても、せっかく梳いてきたというのに、また髪がぐしゃぐしゃになったのではないだろうか。

「よっと」
「ありがとう」

恋次が手を引いて起こしてくれた。
すぐ離すと思いいていた手が離れない。
髪がどうなっているのか、確かめたいのだが…。

「よし。じゃあ、行こうぜ」
「どこにだ?」
「救護室。この時間だとまだいるだろ。…思いっきり握ったからな、痛まねぇか?」

ああ。そういえば。
ぐるんと恋次に掴まれた、繋いでいる手とは逆の腕を回す。特に異常は感じない。

「痣くらいにはなっているかもしれぬが、特に痛みもない。心配するな」

しょぼくれた恋次に言う。
先ほどから表情をころころ変えて、面白いな、コヤツ。

「そう…か。って、何笑ってんだ?」
「いや、なに。あまりにも恋次が可愛いからな」
「あぁ?」
「あ。やはり、痛い。痛いぞ、恋次。貴様に思いっきり掴まれた腕が」
「てめぇ…。くそ、いいから行くぞ」

腕を引かれる。
恋次の広い背中が見える。
触れたいと思った髪がサラリと揺れた。

トクン。

…ん?
心臓がまた変だ。治ったのではなかったのだろうか?
クルリと恋次がこちらを振り返って、手を伸ばしてきた。
大きな手が頭に触れる。

「おい。髪、ぼさぼさだ。ほら、落ち葉」

ヒラリ。
舞う、一葉。
恋次の手の中から落ちるそれは、まるで恋次が赤く染め上げたように目に映った。

とたんに理解する。

嗚呼、そうか。
そうだったんだ。
私は恋次を…。

「ん?どうかしたか」
「え…?あ、いや。なんでもないぞ」

仏頂面に笑顔で返す。
やっと答えを手に入れた、自分の気持ち。
大切な、大切な自分の気持ち。
いつの間にか育てていた、育っていた果実。
それを早々に渡してしまうのは、何だか勿体ない気がして。
あと少し。
あと少しだけ自分だけで育ててみよう。
ほら、見て。
もいでしまわずとも、すぐにでも自ら落ちてきそうだから。
もうちょっとだけ。
落ちてきたら、すぐにリボンをかけて貴方に贈りに行くだろうから。





お…乙女ルキア。ぜろわんにはコレで精一杯!
意識しすぎて恋次に振り回されるルキアを書いてやろうと思ったのに、結局は恋次が振り回されたよ(哀)
まぁ、いいか!恋次だから!!男前はルキアにまかせるさ!!!
両思い…0.5歩前の恋ルキ。
考えていたよりも、両思いまで時間がかかっております。ああ、早く前々から考えていたラストをぜろわんに書かせてくれっ!そのために始めたと言っても過言じゃないお題なんだからっ!!(涙)
[18.6.1]