お祭り
賑やかな祭り太鼓が空気を震わす。
祭り特有の浮かされた空気が沸き立つ。
さぁ、今夜は無礼講。
皆さん、一緒になって心行くまで楽しもうじゃありませんか。
楽しまにゃ、損・損。
なんたって、今夜は祭り。
夜空には星もかすむ花が咲くよ
黒い髪と赤い髪が並んで歩く。
黒いほうは楽しげに。
赤いほうは複雑そうに。
人混みに紛れて並んで歩く。
「恋次!こっちだ、こっち!!」
ハイテンションで駆けていくルキアを見失わないように、やや早歩きでその頭を追う こちらを振り向くたびに、しゃらと小さな紫の花を散らした髪飾りが音をたてる。赤い浴衣が人ごみを掻き分け泳いでいく。
いつもと違う場所。
いつもと違う空気。
いつもと違う姿。
たったこれだけで、心が躍るのだから、自分の単純さにため息も出やしない。
「おい。あんまはしゃいで逸れんじゃねーぞ」
「たわけ。そんなヘマはせぬ!お、見ろ、綿菓子だ!」
言ったそばから、すぐコレだ。追いついたと思ったら、また離れていく。視線は綿菓子に夢中。
「おっさん、一つくれ」
「はい、毎度!」
愛想よく夜店の親父が返事をする。茶色の粗目が白い雲へと変わる瞬間を、ルキアが目を輝かせて見ている。それを見て親父が嬉しそうに笑った。
「お嬢さん。そんなに楽しいかい?」
「ああ。フワフワして、何だか兎が出来上がっていくみたいだ」
何だ、その感想は。
俺は口を「へ」に曲げるが、親父は気に入ったようだ。アハハハハと声を上げる。
「そうかい。じゃあ、かわいいお嬢さんにオマケだ。はいよ」
「え。でも、それは私じゃなくて恋次が買う物…」
「いーから。てめーが持っとけ。いくらだ?」
「オマケだから値札どおりでいいよ。…はい、確かに!」
薄い、平たい、長細いべっ甲が二つ刺さった綿菓子は、ルキアが言うように少し兎に近づいた。確かに白くてフワフワとした様子は兎に似ていると言えなくもない。
「どうした?食わねぇのか?」
ニコニコと笑顔のまま綿菓子を見つめていたルキアが、不思議そうに俺を仰ぎ見る。
「食うも、何もコレはお前のだろう。お前が金を払ったんだから」
「いいから食えよ。俺も食うから」
パクとルキアが持ったままの綿菓子に食いつく。ルキアは小さいから、屈むのにちょっと苦労した。 手でやったほうが楽だったか…。オマケのべっ甲を抜くと、やっぱり俺には雲のようにしか見えない。
「ああ!兎の耳を食う奴があるか」
「ばぁか。ただのべっ甲だろうが」
ベロと舌を出して、溶け残っている甘い物体を見せ付ける。ううむ。と唸った後に、残っていたもう一枚にルキアが食いついた。甘いと微笑む。
カラコロと鳴る下駄。
多少、音色がぎこちない。
「あー、何か腹減ったな。腹に溜まるもん食おうぜ」
「うむ。あ、たこ焼きがあるぞ。たこ焼きにせぬか?」
「そんだけじゃ、足りねぇよ。お、イカ焼きも食おうぜ」
「いいな!」
そうと決まれば後は行動。ルキアの手元の綿菓子を二人で協力して食べあげる。甘い兎はあっという間に消えてなくなった。次に狙うは香ばしい芳香を放つ物。
再びルキアが駆けていく。
「おじさん!たこ焼きを一つくれ」
「はいよ!」
クルリと綺麗な球を形作っているものが、元はドロドロとした液体なのだから不思議なもんだ。ハケでさささっとソースをぬられた球はいかにも美味そうな匂いを放つ。
帯とそろいの黒い巾着。それについた鈴がチリリと音を鳴らす。
ルキアが財布を取り出す前に、俺は手早く支払いを済ませた。
「あ、今度は私が出すぞ?」
出遅れたルキアは不満顔。コイツはあまり奢られたりするのが好きじゃない。
「いーから」
「しかし」
金魚が泳ぐ財布を握り、尚も食い下がる。
ルキアに支払いをさせる気は更々ないが、露骨に俺が払うというのも気が引ける。どうしたものか。
少し思案をしていると、ニマニマと屋台の親父が笑いやがる。
「お二人さん。今日はデートかい?」
「そうだ」
親父のストレートな質問に、ケロリとルキアが答える。
何にも知らねぇくせにと俺は少し苦く思う。にやける口を止めることは出来なかったが。
「じゃあ、黙って支払いは男に任せときなよ。それがいい女ってもんだ。ニッコリ笑ってれば、男も喜ぶ」
「そういうものか?」
「そうだよ。はい、これ。熱いから気をつけて!」
熱々焼きたてのたこ焼きを礼を言って受け取る。
「美味そうだな」
袋を覗き込んむと、ニッコリ笑ってルキアが言った。
あの親父…。いらねー知識をつけやがって。腹たつことに効果有りだ。
「…早くイカ焼きも買っちまおう。もうちょっとで花火の時間だ」
「む。それはいかん!急ごう、恋次」
二人並んで座る川原。隣のルキアは花火を見逃さないようにと、未だに星が輝く夜空を見上げている。
ルキアにこっちだと連れてこられたのは、毎年花火を見ている所から少し離れている。回りを見渡せば、若い男女ばかりが身を寄り合わせて座っている、 いわゆるデートスポット。俺はソワソワ落ち着かない。
「なぁ、ルキア。去年の場所に行かねーか?あっちのほうがデカく見えるぜ」
「駄目だ。貴様は良いかもしれぬが、あそこは人が多すぎる。雛森殿が貸してくれた浴衣を汚したらどうする?」
「でもよ…」
「それにデートなら絶対にこっちなんだそうだ」
あー、はいはい。飽くまでもデートに拘るんだな。ったく、俺の与えた知識を鵜呑みにしやがって。
………しかも、あの意味も分かってねぇとは。寝ずに悩んだ俺は一体なんだったんだ?
「何を難しい顔をしている。心配しなくても、貴様の取り分はまだあるぞ」
数個残っているたこ焼きを見せつけ、そのうちの一つをルキアが食う。
ぺロと口の端を舐める赤い舌。
嗚呼、畜生。どうせなら本当にしとけばよかった。…いや、するつもりだったんだけどよ。
ぷすと次のたこ焼きへ楊枝が突き刺される。
「ほれ」
「あ?」
「口を開けろ」
「ああ?」
「皆、こうやっている。デートではこうするものなのだろう?」
ああ、もうどうしろってんだよ!?
すでに精神は半狂乱を起こしそうだ。ルキアの中にどんどん間違ったデートの情報が蓄積されていく。
いや、ある意味間違ってねぇんだけど。
基本が違う。基本が。
…その間違った基本を教えたのは俺だが。
しかし、しかしだ!
惚れてる女。しかも、ついこの前に接吻(未遂)したもっぱら片思い中の女に、それをさもなかったかのように「デートに行こう!」と笑顔で誘わる。当日に複雑な気持ちで来てみれば やたら可愛い格好してるし、雰囲気も抜群。相手の意識以外は誰がどう見ても恋人同士。そこに、「はい、あーん」のシュチュエーション。それなのに手を出しちゃいけないなんて。
幸福と欲望のスパイラル。
たこ焼きの味も分かりゃしねぇ。
「美味いか?」
「まぁまぁだな」
屋台で出されるものなんてそういう物だろう。味じゃなくて、雰囲気だ。雰囲気。
「あ、花火が始まったぞ!」
ぱぁっと夜空に色が広がる。
とたんに手元のたこ焼きには目もくれない。満面の笑顔で花火を見つめるルキアの横顔。
「綺麗だ!」
ああ、綺麗だ。
そして、可愛くもある。
ドン・ドン・ドドン。
腹の底を打つ音共に咲く華は、すぐに音をたてて散っていく。それが連続して咲けば、真昼になったのではないかというくらい明るい。
綺麗。綺麗。綺麗だ。
見ておかねーと損だろう。
今日は祭り。
明日の事は忘れて、今を楽しむのが一番か。
周りの雰囲気に気付きつつも、ルキアの横顔を見つめる。ルキアが花火に夢中でよかった。ここで「皆は何をしているのだ?」とか聞かれたら、マジにやばい。せっかく薄れた欲が 頭を擡げて、あっという間に体を支配するのは間違いなかった。
ドン・ドン・ドドン。
花火が腹の底を打ち終わる、その瞬間まで。
ドン・ドン・ドドン。
この時を楽しもう。
ドン・ドン・ドドン。
この先、どんな未来が待っていたとしても、今という一瞬は今しかねぇしな。
「今日は楽しかったな!」
デートの要領をしっかりと得たルキアが土産の水ヨーヨーを片手に満足げに呟く。前半は複雑だったが、後半はしっかり楽しんだ俺は頷く。
「ああ。てめーの射的のヘタさは笑えた」
「何だとっ!貴様だって5発使って当たったのは1発だったではないか」
「1発でもあたれば十分だろ。当たらねぇよりは」
「見ていろ。来年は全部、命中させてやる」
カラコロとなる下駄が終わりの時を刻んでいく。
二つの足音が重なる。
カラコロ。
からころ。
カラコロ。
からん。
「では、また明日。寝坊するなよ?」
「てめーこそ。講義中、居眠りすんじゃねぇぞ」
いつものようにルキアが寮の門を潜るのを見届ける。さて、俺も帰ろう。久しぶりに何も考えずに眠れそうだ。
クルリと女子寮に背を向け、自分の部屋へ帰ろうと踏み出す。
するとカラと真後ろで下駄の音が鳴った。
グイ・と引かれる浴衣の袖。
ふわり・と石鹸が鼻先で香る。
ふに・と感じる柔らかい感触。
唇の横に触れる唇。
「忘れ物だ。オヤスミ、恋次」
忘れ物を届けにきて。
デートの約束事を済ませたつもりのルキアは満足顔。
少し頬を染めた微笑みは。
今夜も俺を寝不足にさせる間違いなしで。
「…勘弁してくれ」
しゃらと揺れたルキアの瞳と同じ色の花が、鮮やかに目に残った。
え。何が書きたかったのかって?
そりゃあ、自分の撒いた種でもんもんと悩むアフォな恋次が書きたかったんですよ!
何だかこっちのほうが「初デート」の題に相応しい気がしない事もないっ!!
しかし、あのネタは「初デート」以外に持って来れなかったんだ。ふはは。無理やりこじつけだろうともっ!!
知ったことか!!!
と、言えたらどんなに楽だろうかと思うぜろわんでした。
[18.6.1]