初デート



「恋次。私は明日、デートとやらをしてくるぞ」
「……………………………………………………………………はい?」

時は昼。場所は食堂。
平日、学生が溢れるこの部屋は、今日という平日も例外に漏れずやはり学生で賑わっていて、空いている席を探すのは一苦労。 室内は明日という休日をどう使おうかという話題が最有力。それに少し耳を傾けつつ、ルキアと午前の講義の話なんかしながら、ようやく空いた机へ移動。 合席は嫌だの贅沢は言っていられない。食える時に食うのが鉄則。ようやくありつける昼飯にルキアはご機嫌で、話題を明日の事なんぞに変えてみた矢先の言葉。

悪くないはずの耳を疑うのは当然の事だろう。

「おい、何をしている?盆が傾いているぞ」
「うわっ。ととと。あぶねー、もうちょっとで昼飯を食いっぱぐれる所だったぜ…。って、そーじゃねぇよ!」

先に席に座り、すでに食う準備が万端のルキアの忠告を受け、あわてて体制を取り戻した盆を乱暴に机に置く。ガシャンと丼が音をたて、勢い余った箸が一本机の下へ。 湯のみの中身が盆の内に泉を作る。

「何だ、騒がしい奴だな。早く食わねば麺がのびるぞ?」

うどんをすすっているルキアに呆れた眼差しを向けられた。隣の奴が迷惑そうにしているのも構わず、俺は机の上に身を乗り出す。

「お前、今。デデデデデートするとか言わなかったか!?」
「?言ったが?」

平然と、うどんをすすりながら答えるルキア。
やはり聞き間違いではなかったらしい。目の前の口をもぐもぐ動かしている奴の胸倉を掴みあげたい衝動を抑え、悲鳴にならないよう努力するのに眉間の皺2本が必要になった。

「誰とだよ!?」
「えーと、誰だったかな…。まぁ、とにかく座れ」

焦って相手を問うと、ルキアがニヤリと笑う。もったいぶった態度を使い、箸で椅子をさす。そんな態度に苛立ちが募る。自分でも分かるほど声のトーンが低くなった。

「誰だ?」
「ふふ、気になるか?」
「誰とだって聞いてんだよ!!」
「恋次。どうした?少し落ち着け」

ルキアの焦った声が耳に届くが、頭には届かない。感情のままにルキアの肩を掴む。振り上げた腕にあたって、丼の中身が床にぶちまけられた。 隣に座っていた奴らが慌てて席を立つ。

「俺の知ってる奴か!?」
「話す!だから一度、座れ」
「そんな場合じゃねぇ!!!」
「痛っ」
「ルキア!誰だっ!?」

ふっと掴んだ筈の細い肩が腕の中から消えた。
その瞬間、襲う衝撃。ルキアの拳が腹に埋まっている。思わず机に突っ伏すと、目の前に黒い靴と赤い袴が見えた。

ダンっ!

「貴様、いい加減にしろ!いいから座れと言っているだろう!このっ、たわけ!!!!!」

机の上に足を上げたルキアの声が、俺の声よりも数倍でかく食堂に響いた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「貴様のおごりだぞ」
「へーへー」

賑やかな食堂を針が落ちた瞬間が分かりそうなくらい静かにした挙句、注目を浴びまくった俺達は、その突き刺さる視線たちから逃げるように…というか逃げて外へ出た。昼飯も食わずに。

視線達から逃れられたはいいが、胃がヒシヒシと訴える空腹は深刻な問題で、即急な解決が要される。そんな時に目の前に現れたのはスーパーカーに乗った救世主ではなく、馴染みの屋台をひいたおっさん。お得意さんだから、といつもより多く買った鯛焼きにつけてくれたオマケを ありがたく受け取って、そのままルキアへ渡す。新商品らしい。のんびりと歩きつつ、それにパクつくルキアを横目で見ながら、一口頬張る。気に入りの甘い味は気持ちを落ち着けてくれた。

うん、大丈夫だ。普通に聞ける。………多分。

「でよぉ。ルキア。明日の相手は誰だ?」

『デート』という単語は口にせずに問う。新商品を気に入った様子のルキアはすでに笑顔で、いくらか昼食の恨みは薄まったようだ。

「ん?何の話…ああ。ひとつ学年が上の方だ。確か名前は篠崎だ。有名らしいぞ、先ほどお前のクラスメイトの女子が噂しているのを少し聞いた」

確かにその名前には聞き覚えがある。顔が良くて、かなり裕福な貴族の跡取り息子らしい。そのくせまったく威張ったところがないと雛森が言っていのを、吉良が気にしていたはずだ。 その上優等生で先生達にも好評だとも聞いたことがある。…つまりは、いかにもな坊ちゃんか。

「へぇ…。しかし、テメーいつの間にそんな奴と知り合いになったんだよ?」
「ついさっきだ」
「………は?」
「貴様の実習が終るのを待っていた時に声をかけられてな。どうされたのですか?と丁寧な物腰で…。なぜか私の事を知っていたそうだ。 それで、一度ゆっくりお話がしたいと言われた」

野郎…。坊ちゃんのくせに行動が早ぇじゃねぇか。

あまり豊かではない想像力で考えた、へのへのもへじ顔の優男風味に本気で怒りを覚える。ルキアに顔を見られらないように明後日のほうを向いたが、噛み締めた奥歯がギリと耳障りな 音をたてた。

幸いルキアはまったく気付いていないようで、話を淡々と進める。その手の中はすでに空。紙袋からもう一つ掴んで渡すと無言で受け取った。鯛焼きに小さな歯形がつく。

「では昼食をご一緒しましょうとお誘いしたのだがな。何だか妙な顔をされて…。お前がいると都合が悪いようだったぞ」

そりゃそうだろ。俺だってそんな野郎と昼食を摂っても全然おもしろくねぇ。それにしても俺がルキアと一緒に飯食ってるのもチェック済みだとは、ますます気にくわねぇ野郎だ。しかし…

ほっ。と内心で一つため息をつく。口ぶりからすると、ルキアが篠崎に懸想しているという事はないようだ。それなら、それでなぜデートをするのか疑問が残るが。

「二人で会いたい。と言われた時は断ろうと思ったのだがな。つまりはデートしてほしいのですが。と言われたので、いいですよと答えたのだ」
「あぁ?」

先生、意味がわかりません。

ルキアの感情はは良くも悪くも表情と直結しているから、とても分かりやすい。だが、思考回路は意味不明だから分かりにくい。 二人で会うのがNGなのに、デートがOKってのは一体どういった理屈なんだ?

「ふふん。羨ましいか?先日、あれだけ言っていたくせに、やはり貴様も済ましてはいなかったようだな!」

何を勘違いしたのか、ルキアが自慢げに笑う。
意味不明な事を言うだけ言うと、俺に背を向け先に駆けて行った。空いた時間なんかによく来る裏庭にはルキアの指定席がある。 勝ち誇った顔をしたまま目当ての木の傍まで近寄ると、ルキアはそのまま枝へと飛び乗った。ヒラヒラと木の葉が数枚落ちる。

それが落ちきるのを待って、その木に背を預けた。先日・済ます・デート。なぜだか記憶の角に引っかかるものを必死で手繰り寄せながら。確か一昨日にそんな言葉を言ったような気が しなくもない。

「散々、私を鈍感だの子供だのと馬鹿にしておったくせに!なーにが、デートもしたこともねぇお子様のくせに・だ。食堂での慌てぶりといい、貴様のほうがよほど餓鬼ではないか!ん?」

ああ、確かに言ったな。あん時もこいつが男に言い寄られてて………。おい、まさかソレでか!?この馬鹿、だから餓鬼だっつーんだよ!!

まさか一昨日の口喧嘩がこんな形で返ってくるとは夢にも思わなかった。ガックリと肩を落としたのをいいようにとったルキアが、カラカラとさも愉快そうに手を叩いてが笑う。

「どうだ、まいったか?私を餓鬼扱いしたのをうんと後悔するがいい!」

言われなくても、すでに後悔している。山よりも高く、海よりも深くだ。
ズキズキと痛む頭を何とか持ち上げ、プラプラ揺れる足を通り越して紫の瞳を見る。未だに楽しげなその瞳に苛立ちと多大な安心感を得た。

だってそうだろ?
ルキアがデートをしたがる原因は『俺』

それだけ分かれば十分だった。焦る必要はもうない。たまらない優越感が少しだけ胸を満たす。残された問題はただ一つ。どうやってデートを止めさせるかだ。

「んじゃ、大人なルキアさん?参考までに教えちゃくれませんかねぇ。明日、デートで何をするのか?」

ルキアの笑いがピタリと止んだ。明らかに瞳を泳がせる。

まぁ、当然の反応だ。絶対にデートが何なのかわかっちゃいねぇんだから。一昨日は適当に誤魔化したし、「デートとやら」とか言ってたくれぇだし?

「どうしかしました?大人なルキアさん」
「………」
「大人なルキアさんなら、すげーデートプランをお持ちなんじゃないんスか?ケチらず、俺にも教えてくださいよ」
「………………私のうどんを返せ」

小さな声で放たれた抵抗に、ばれぬ様に下を向いてニヤリと笑う。
何て手の掛かるお子様だ。俺が目を離したらどうなることか。

地を蹴って、体をルキアの元へと運んだ。緑の壁で囲まれた部屋はルキアの気配を濃厚に伝える。紫の瞳が俺の目を覗き込む。警戒心のない瞳。

それが嬉しく。
それが辛い。

「てめー。相変わらず馬鹿だな、何するか知らないで野郎について行くつもりだったのかよ?」
「っ!そもそも貴様が教えぬから悪いのだ」

プイと横を向いた表情はしかられた子供のようで、ルキアの白さを表しているようだった。権利さえあるのならそこに自分の色をベッタリと塗りつけるのに、 今の俺には「行くな」と簡単な言葉を言う事さえできない。

できるのは目隠しだけ。
優越感だけでは満たされない箇所が、吠え狂う。

「んじゃあ、俺がデートが何するもんか教えたら行かなかったのかよ?」
「え。教えてくれるのかっ?」

せめてもの抵抗の言葉に期待に満ちた目でルキアが振り向いた。

眩暈がする。
小さな手は俺の袖を引いて、大きな瞳は上目遣い。
嗚呼。ヤバイだろ。

目隠ししたまま、ココに閉じ込めてしまおうか?
羽を切って、籠に閉じ込めて、俺のために歌う愛しい小鳥さん。
その目を隠してしまえば、空に憧れることもないのでしょう?

五月蝿い鳴き声が耳に木霊する。

「ああ…。だから、明日は止めちまえよ」

想像以上に簡単に。やけにあっけなく、引き止める言葉がでた。権利もないくせに。

少しだけ悩んだ後、ルキアがこくりと頷いた。

「…うむ。それで構わぬ、篠崎殿には悪いがな。私はデートとやらが何か知りたかっただけなのだし、貴様が教えてくれると言うなら必要ないかなら」

ルキアが安心したように笑った。。br> 安心しきって笑った。

「それで?デートとは何をするものなのだ?」

好奇心に満ちた瞳がズイと距離を縮めた。自然と体も近づく。ルキアと俺の境界線が曖昧だ。

「まぁ、特に絶対にコレをしなくちゃいけねぇっていうのはねぇな。おおまかな、男と女が二人で出かけたり、遊んだりする事を言うな。 たまにそれよりも増えることがあるが、人数は絶対に偶数だ」
「…なんだそれだけか?それなら私と恋次もしているではないか」

傍目から見ればな。だけど、お前の意識が重要なんだよ。

「似ているようで違うもんなんだよ。言ったろ、絶対にコレをしなくちゃいけねぇってのはないって。裏返せばデートをすると殆どやる事があるってことだ」
「それは何だ?」
「あー…。それはだな………」
「!また教えぬつもりか!?」

言いよどんだ俺にルキアが掴みかかる。不安定な枝の上、もしもの事がないように俺は落ちないようにその体を抱きとめた。必然的に腕は細い腰に周り、ルキアの顔は近距離で。

赤い唇から目が離れない。

「いや、教えてやるから。目ぇ、閉じろ」

ここはどこ?今はいつ?

新緑の香りと。狂うくらいの飢えを訴える遠吠えと。優越感と。嫉妬と。独占欲と。期待と。ルキアの気配が頭なの中をグルグル回って、ぐちゃぐちゃになる。それが、全ての境界線を 曖昧にさせる。

理性と言う名の境界線も例外にならない。
信頼と言う名の壁を乗り越えれば、そこには何が?

重そうなくらいビッシリと生え揃った睫が、何の躊躇いもなく降ろされた。

『馬鹿野郎』

柔らかい感触が唇に触れる。
暖かい体温が唇に残る。
瞳を開く仕草がやけにゆっくりに見えた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「…何なのだ?一体」

一人木の枝に残されたルキアは呆然と呟く。
閉じろと言うから閉じたのに、恋次だから閉じたのに。閉じたくなかったのに。
何だかわけがわからない。

目を瞑っている時間は長かった。でも、恋次の心臓の音を手のひらで感じるのは幸せだった。それでも、やはり顔はみたくて、やっと見れた思ったら奴は真っ赤な顔。 どうしたのか尋ねようとしたら瞬時にしてその顔は消えた。髪一筋も残さずに。

「莫迦者」

恋次の鼓動を感じていた手のひらを見つめる。
どくん、どくんと力強くそのリズムが蘇った。

「…なんでだ?」

自然と頬が熱くなる。きっと今の自分の顔は真っ赤だ。
やはり、何だかわけがわからない。

「…あやつのせいだ」

正解は遠からずも近からず。
恋次のせいだと何度も何度も呟いて、ルキアはそっと…柔らかな物が触れたその場所に、恋次の鼓動を感じた指を触れさせる。

頬とも言えない、唇とも言えない、その中間。






はい。皆様、ご一緒に!

このヘタレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!

というわけで、チュー未遂(?)話。

すいません。最低なことをしました。一度、アップしたくせに修正と加筆を加えております。(H18.5.28)
流れは変えていないんですけど、幼馴染の枠を強くしてしまった…。
後、オリキャラでてます。名前だけですが、読んでいた漫画から頂きました。二度と出てこないでしょう。
恋次のデート話も適当です。つごーのいい事しか言わないので、うちの恋次は。
謝ってばかりになりましたが、ぜろわんは作ってて面白かった。
何かの機会にまたヤキモチやりたいです。
[18.5.25]