手当て
「痛い!貴様、もうちょっと優しくできないのか?」
目の前で非難を浴びせるルキアを無視すると、より一層の力をこめて包帯を縛る。
「っ!」
「ほら。仕舞いだ」
余った包帯をハサミで切ると、箱へと片付ける。
同時に使った薬や道具も仕舞う。
多少、乱暴に。
しかし、治療道具と薬以外は髪の毛一本たりとも入らないように作られた箱は、乱暴に扱われるの嫌って、口を閉じようとはしない。
無理に閉めようとすれば中に入っている鋏が文句を言い、せめて止め具だけでもかけようと力任せに引けばパキリとか弱い音を立てて役目を果たさなくなった。
折れてしまった止め具の一部を少し見つめて、苛立ち混じりに遠くへ投げ捨てる。だらしなく半開きにのままの箱に視線を戻すと、後に言われるであろう小言が頭に浮かんで、更に苛立ちが募る。
しかし、それをこの場で吐き出すことが出来ずにルキアの顔を一瞥すると、「寝る」と一言だけ残してその場に寝転んだ。ルキアの不審を抱いた視線を意識しながら。
しばらく時間に空白が塗られた後、徐にかけられた声が鬱陶しかった。
「意味がわからん。何で貴様が怒っているのだ」
もっともだと思うが、それに答えてやる余裕が無い。
どこか別の場所に行って欲しい、それが駄目ならせめて少しの間だけでも黙っていてくれないだろうかと、不貞寝しながら切に願う。
―そんな女じゃないと知ってはいるが。
案の定、「は」という馬鹿にした笑い声が聞こえた。
「不貞寝か。いつも気に入らぬ事があれば開口一番に怒鳴る奴が珍しい…。しかし、それでは何に怒っているのか分からんぞ。単細胞は分かりやすいのが利点だろう。
その利点が無くなったら、ただの馬鹿だぞ恋次。分かったらとっととその無駄にデカイ図体を起こして、怒っている訳を話せ」
「・・・」
スラスラと出てくる言葉に散らばった悪態に、いつもの短気が目を覚まそうとするが、その前に浮かんだ先ほどの光景によってアッサリと眠りについた。
一瞬の隙。
膝を付く傍らの体。
腕を掴んだ時に感じたヌルリとした感触。
すでに嗅ぎなれた錆びついた匂い。
赤く染まった手のひら。
ギリと歯を噛み締め、きつく手を握って、熱く暗い感情が通り過ぎるのを待つ。
「これでも起きぬ…か」
背中でカサと草を踏む音がし、パタパタと衣服を掃う音が続く。ルキアの服から落ちた草が一瞬、目に入って消えていった。
「先に行く」
短くそう告げると足音は段々と遠ざかっていった。それが聞こえなくなるまで待って、ハッキリと目を開ける。ルキアが座っていた大木にはキチンと閉められた止め具の無い箱が置いてあった。
それを掴むと力任せに地面へと叩きつける。
その衝撃で散らばった包帯を踏みにじり、思いっきり大木を殴りつけた。
「くそっ!」
殴りつけた拳が悲鳴を上げる。
「くそっ!畜生!何でだっ!」
口から漏れる憤怒と共に悲鳴は大きくなり、傷が増えていく。しかし、痛みが強ければ強いほど心が楽になっていくような気がして体力の続く限り殴り続けた。
殴り続ける体力が尽きると、木を背にしてズルズルと座り込む。
少しだけ冷静になった頭で再び己を悔やんだ。
「違う。違う、こうじゃねぇだろ」
後悔に苛まれて、己を傷つけてどうする?
傷つくのはアイツのためだと決めたのに。
「とんだ馬鹿だ、俺は」
傷つくのは自分だけでいいと思ったのに、なのに、慢心からルキアを傷つけた。
守れる力を手に入れた。
手に入れた筈だった。
いつもの演習。繰り返される演習。慣れた物だ、まかせろ。と見栄を張った。なのに、ルキアは傷ついた。
「ルキアの傷は俺のせいだ」
力のない。
弱い。
「俺…のせいだ」
「たわけ!私の怪我は私の責任だ」
「!?」
有り得ない筈の声と共に小さな体が降って来る。
「ルキア!な…なんで、てめぇがココに―。先に行ったんじゃなかったのかよ!?」
「フリだ。こっそり木に登ったのだ。そんな事より、手を見せろ」
ズイと近づいてきたルキアが手を取る。
片手を取るのに両手を使う、その手のひらの小ささにドロリとした物が腹の底に溜まった。
「やめろ」
ルキアの手を引き剥がすように手を振った。
振りほどかれた手を驚いた表情で見るルキアに罪悪感を覚えて、視線を外そうとした時に、腹部に衝撃が走る。呻いてその場に蹲ると、怒声が浴びせられた。
「莫迦者!何で貴様はそうなのだ。いつもいつもいつもいつも、自分ばっかり怪我をしおって!」
堪りかねたように吐き出されたその言葉は、途切れることなく溢れ続ける。
「私にだって力はある!己の身を、人を守る力を持っている!貴様が私を守る必要なんぞっ、っ!どこにもないのだ!!」
それが怒声から悲鳴のような声に変わっていくのを聞いて、ようやく顔を上げた。パタパタと涙が地面に吸い込まれていく。
「私の怪我が貴様のせい?巫山戯るなっ!!」
「ルキア?」
「私だって、守れるのだっ!!」
「…ルキア」
「私にも貴様を守らせろっ!!守りたいんだ!!!」
「ルキア」
立ち上がって、そっと抱き寄せるとようやく悲鳴は止んだ。
変わりに嗚咽が漏れ始める。
抱いた体がやけに小さく感じて、力をこめていいものか迷い、結局背に手を添えるだけにした。
背にまわされたルキアの細い腕がとても頼りなく見え、時折かけられる問いに愛しさを感じる。
「………私はそんなに頼りないのか?前のように私は貴様の役にはたてないのか?背負われるだけの人間なのか?」
そうじゃない。俺のエゴだ。
お前を守りたいのは。
真綿に包んで、頑丈な箱に入れて、いつも持ち歩く。
ルキアが決して傷つかぬよう。
汚れた物を見ないよう。
きたない声を聞かないよう。
そうやって守りたい。
それは決して望まれていないと分かっていても、俺の望みはそうなんだ。
「悪ぃ」
何に詫びているのかもわからず、ただルキアが泣き止むまで、その背を撫で続けた。
誰だ、コイツ!!!
実際の恋次はルキアの怪我の一つや二つで動揺したりせんと思います。
「へ、間抜け」「何だと!?」って感じ。
この話の最初もそんなんで始まってました。(いらんので削りましたが)
傷の手当しているうちに段々とね。弱気にね。なっちゃったというー。
はい。そうです。最初の予想とまったく違った展開になりましたともさ!!!
うー。精進したい。