木陰で
陽が高い。日差しも強い。徐々に近づいてくる夏に肌がチリチリと警戒の色を示す。得意とは言えない季節の到来に自然と目じりが下がる。春と夏の境目が好きだ。この曖昧な時期は何かが始まる気がするから。淡い花を散らし、一転して青々とした葉を茂らせた桜が緩やかに動く景色の中に見えた。もう多くの人から見上げられはしないけれど生命力の溢れる姿に見とれ、立ち止まって深呼吸を一つ。
「なぁに、とろとろ歩いてんだっ!!!」
「きゃあ!」
グンと視界が一瞬にして高くなる。その事よりも自分の体を持ち上げた人物がここにいる事に驚いた。
「恋次!?」
「後ろにいると思ってたのに振り向いたらいねぇから驚いただろうが!どっか消えたかと思ったら、なにまだこんな所をちんたら歩いてんだ、おめーは」
まるで猫か子供だ。
体の脇に差し入れられた手を支えに手足をぶらんと重力に任せ、滅多に体験する事のない位置から私は意味もなく不機嫌そうな顔を見つめる。高いといえば高い。だが、死神の身体能力ではもっと高い位置に跳躍することは裕に可能な位置。だけど、妙に懐かしいような位置。何故だろうか、私はこれくらいの高さから世界を見ていたような気がする。私の背より数十センチ高い曖昧な位置から。
「?なに笑ってんだ」
「いや、昔のことを思い出した。私たちの家の前にあった木を覚えているか?」
「ああ、覚えてるぜ。俺達が古い木で危ないから登んなっつってたのに、お前よく一番低い枝に登ってたよな」
「同じだ」
疑問に眉を寄せる表情にまた抑えられない笑みを零す。私たちの家、と言ってすぐに同じ所を思い出してくれる恋次が傍にいる事に感謝を言いたい。誰に言えばいいのだろう、誰に言えばこの気持ちが伝わるのだろう。叫びだしたいのに、そっと大事に囁きたいよ。神様に。世界中に。あの時に。あの土地に。ここに。あいつらに。
「恋次。ありがとう」
とりあえず手近なところに気持の欠片を注ぐと、伝えた相手は変な顔をした。
「私が心配で迎えに来てくれたのだろう?」
「だぁれがてめーの心配なんかするかよ。急に消えたのがちょっと気になって確認しにきただけだろ」
「そういうのを心配したと言うのだ」
「勝手に決めんな」
「いいや、決めた」
私の背からプラス数十センチの位置。木登りとも言えないような高さ。だけど、そこで私が蹲っていると見つけて怒鳴るのは必ず恋次だった。そこに登るのは必ず恋次と喧嘩をした後だった。だから、よく登っていた。短気な私は怒鳴られるとすぐに怒鳴り返した。同じくらい短気な恋次はそれに更に怒鳴り返す。それを聞きつけたあいつらが私たちを宥めて謝ることなく喧嘩は終わっていた。
ポンポンと腕を叩くとパッと体が自由になる。軽く着地をして死魄装の裾を直してから、さっきまでは見下ろし今度は見上げる顔にビシリと指を向ける。
「だから、今度の偵察隊のメンバーはあれで譲らん」
ヒクリと口の端が痙攣するのが見えた。
少しの間だけ沈静化した口喧嘩への導火線がまた短くなる。
「あれじゃ多すぎる。偵察の意味がねぇだろ、却下だ!却下!!」
「いつも固まって行動するわけではない。範囲が広いから複数に分けることも多くなるはずだ」
「そうしたら今度は少ねぇっての!」
「充分ではないか?」
「全員が最後まで一人で動けるんならな。負傷した奴が出たらどうすんだよ?」
「うむ。だから、補助で別動隊の編成を依頼しようと思う。そちらのメンバー選抜に関しては貴様に頼もうと思っているのだが?」
頼むという一言に表情を一転させる様子に苦笑。最近、机に縛られてばかりだったからな。暴れたいのなら、暴れて来い。と言う代わりに、腕をポンポンと叩いたらさっそく自分が行く。と言い出した単純さに呆れこそすれ、微笑ましいと思ってしまったのは桜の木との内緒だ。
再び歩きだす恋次を追いかける前にその幹にそっと触れてみると、掌に感じる木の鼓動。あの古木のような落ち着いた響きではなく、力強い響きに覚えがある。振り返って早くこいと手招くあの手と似ていると思った。
木陰で、些細な喧嘩の仲直り。
山に登りに行きたいなー。竹林とかもいい。緑と緑の重が無限に続くような錯覚を感じたい。…病んでる?
さぁて、後1話だ。