寝顔に…
パタパタと近づいてくる霊圧が先ほど仕事を頼んだ第五席のものだと気がついて、もしやもう終わったのかと頭を上げる。するとそこは思っていた机ではなく長椅子の上で、休憩中に眠っていたかと頭を振った。その拍子に体からずれ落ちる白い羽織り。
「ん?」
見覚えのある羽織を拾い上げ、持ち主が座る机を見るとそこに突っ伏して眠っている大男が一人。時計を見ると会議はとっくに終わっている時間で、戻ってきていたなら起こしてくれればいいのにと不満に思うが、体に羽織をかけてくれたのを見るとこいつなりに気を使ったのだろうと微笑が漏れた。第五席の足先がこちらではなく通り過ぎていくのを確認して、そっとその広い肩に羽織りを返す。
「帰ってきたことに気が付かなくて悪かったな」
ひょいと寝顔を覗きこめば、なんだかしかめっ面をしていて。せっかくの陽気になんて顔をしてるんだと思わず笑ってしまった。赤い髪を束ねている結い紐に手を伸ばし解く。
「こんなにキツク結んでよく頭痛にならぬな」
自分よりも遙かに長い髪を手で弄んでいると梳いてみたいという欲求にかられるが、さすがにそれは起きてしまうかと諦める。もう一度、寝顔を覗き込むと今度は穏やかな顔をしていて。やはりきつかったのではないか。と、手にしていた結い紐を懐へ仕舞った。
正面に回りその寝顔を見つめる。間抜け面にも近いその寝顔は戦っている時の顔つきからは思いもよらない幸せそうな顔だ。これだけを見たらきっと誰も恋次を隊長だなんて思わないに違いない。事実、仕来たりよりも現状を重んじる恋次の行動は下から見れば随分と親しみやすいらしい。他の隊には有り得ないような気軽さで部下が隊長に相談しに来たりもする。だけど、それは恋次を軽く見ているとかそういう事ではなくて。ちゃんと礼節もそこにあって、そういう人間関係を簡単に作れてしまうのが羨ましくもあり、悔しくもあり、そして恋次が私の隊長で良かったとも思う。
「お前はよく頑張っているよ」
などと起きていたら餓鬼扱いするなと言われそうな事を言ってみる。
ついでに、立って並べば決して届かない頭もなでなでしてみた。まるで安心したかのように呼吸が更に穏やかになったのが可愛かったなどどは口が裂けても言えない。横に重ねてある書類の束を取り、ザッと目を通す。後は恋次でなくとも大丈夫そうだ。必要なファイルを見つくろって取り出し、自分の机に向かった。就業時間までに終わるかどうかは微妙な感じだろう。
「あれ?朽木が書類持ってくるなんて久しぶりじゃない」
「松本副隊長。どうもお久しぶりです」
以前と変わらず十番隊の副隊長の責を負っている松本殿が珍しく…と言っては失礼なのだろうが、正直な感想を言わせてもらえば非常に珍しく執務室の机に向かっていた。
「どうしたの?」
「うちとの共同訓練の本案及び予備案をお持ちしました。目を通していただけますか?」
「やっだ。そんなの副隊長自らじゃなくて、阿散井にでも持ってこさせればいいのに」
…恋次は隊長なのだが。まぁ、松本殿と恋次は奴が副隊長になる前からの先輩後輩関係だというし。きっと松本殿にとって恋次は未だに後輩なのだろう。
取り留めのない話をしていると就業の合図の鐘が鳴った。
「あ、終わったー!ね。朽木、あんた今日は暇してないの?」
飲みに行こうという誘いに一瞬、素直に首を縦に振ろうとしたのを慌てて止める。
このまま飲みに行ってもよい。予定もないし、松本殿と飲みに行っても明日に響かない飲み方も覚えた。恋次も誘えば来るだろう。でも。多分。いや、恐らく絶対だ。今日はやはり…
「申し訳ありません、松本殿。今日は先役ありますゆえ。次回」
「そう?じゃあ次は絶対に付き合いなさいよ」
「はい。それでは失礼いたします」
さして離れていない十番体から六番隊までの廊下を急ぐ。出来れば他の席官達が退舎時に執務室に寄って、恋次を起こす前に帰りつきたいと考えていた。
何となく自然と二人の間で決まったルールなようなもの。仕事で感謝した時は一緒にご飯を食べるという約束してない約束。今日は恋次が誘ってくれるだろう。もしも、私が執務室についてもまだ寝ていたらもう一度頭を撫でてやろう。そんな事を考えながら執務室へと急いだ。
寝顔に…、頭なでなでなんてどう?
究極のほのぼの頭なでなで。ほのぼのはプラトニックで。それが許される環境を書いていきたいと思います。