TEST
「つまんねぇ」
そう呟いて見上げた空はムカツク程に青く、気持ちの良い風を纏っている。絶好の気候だ。誰が見ても「遊ばなくては損」と言うであろう晴天。なのに。
「なー。ルキ」
「煩い。邪魔するのなら向こうへ行け」
幼馴染の顔は本に向かったまま。俺にも。その先に広がる青い空にも向けようとはしない。俺はため息をついて、ゴロンと冷たいフローリングの上に寝そべった。ヒヤリとした感触は、残った夏の暑さを十分に緩和させ、呼吸を緩やかなものへと変えた。手を伸ばせば触れる範囲に座るルキアがカリカリとノートを削る音と、壁一枚越しに鳴く蝉の声。雲が緩やかに流れる。
「やっぱ、つまんねぇ!ルキア出かけるぞ」
ムクと床から体を引き剥がし、テーブルに張り付くルキアの体を引き剥がす。急に腕を掴まれたルキアは目を白黒させながら、足運びも危なげに必死に体制を立て直そうと床を蹴った。しかし、それも数歩の事で一護の部屋を出る前に両の足でしっかりと踏ん張ってブレーキをかける。
「急に何をするのだ!出かけるなら、貴―うわっ!」
ブレーキを軽い体を抱き上げる事で無効にして、荷物でも担ぐようにその体を肩にのせる。暴れようとする前に「落すぞ」と言ってしまえば、180pの世界ががまったくの未知である140p台は黙るしかない。ビクと一瞬、体が硬直したかと思えば階段を下りる間中、手足は不自然に固定されたままだった。
「おい、お前らうるせぇ…ぞ。って、何やってんだ?」
盆を片手に階段を上がろうとした一護と鉢合わせる。よく冷えた茶に魅力を覚えなくもなかったが、まぁ後でもいいだろう。不可解そうに眉を寄せる顔に、ニヤッと笑う。
「出かけようぜ。ルキアの靴持って来いよ」
「!!貴様っ。まさかこのまま外に出るつもりかっ?」
恐らく玄関で逃走を図るつもりだったろうルキアが喚く。それを無視して、一護に「盆を置いてこいよ」と言うと俺はその隣を抜ける。一瞬、奴は何か言いたそうな顔をしたが、それを渋い顔に変えて「ああ」と言った。それを目の端と耳の片隅で捉えて、俺は踵を踏み潰したスニーカーに足を突っ込む。馴染んでしまった感覚が完全に自分のものになってしまったのに苦笑を覚える。肩でバタバタとルキアが暴れるが、義骸に入っている上、本気の体術を使われなければ抵抗も大した事もない。
冷たいドアノブは簡単にまわって俺達を家から解放する。丁度、真上に昇った太陽が家の中へ逃げろと囁いた。すでにうっすらと背に汗を感じながら、俺は笑ったままコンクリートを踏みつける。
「ほらよ」
玩具を不機嫌なままの鼻先に突きつける。鋭い眼光は多少和らいで、その形を丸くした。
「シャボン玉?」
「好きだろ。こういう子供だまし」
白いプラスチックの容器に、ファンシーな兎の頭の形をしたキャップ。そこにシャボン玉を作る輪が付いている、幼児向けの玩具。キツイ視線とは逆にきゅっとそれを握り締めると、ルキアはたたたと川辺のほうへ駆けていった。その横顔に微かに笑顔が浮かんでいて、俺は呆れて「単純」と呟いた。
「恋次。飲み物」
そう言って、手をを伸ばしてくるオレンジ色の頭に、コンビニのビニール袋をのせる。煩げにそれを取り払った一護は、ゴソゴソと漁ると炭酸が入った黒いジュースを取り出して、キャップをひねった。ゴクゴクと体内に吸収していく様に渇きを思い出す。続いてビニール袋からスポーツ飲料水を取り出すと、その冷たさに咽が鳴る。一気に半分の量を飲み干して、眩しげに川のほうを見ている一護の隣に座る。
「せっかく買ってきてやったのに礼の一つもねーのかよ」
「うるせー。テメーがコンビニ行ってる間に誰があいつの文句を聞いてた思ってやがんだ」
逸らされない視線の先にはルキア。
「あいつ。何か言ってたか?」
「別に。私は勉強していたのに。とか、負けたら貴様らのせいだからな。とかだな」
「あ、そ」
使えねぇやつ。
もう一度、口づけたスポーツ飲料水はすでに温い。この気候のせいか、俺の体温が移ったのか。ポタリ、ポタリとペットボトルから滑り落ち、俺の手をつたって土に還る水が何かを溶かしだしているようで、気持ちが悪い。ペットボトルをビニール袋に戻し、Tシャツにゴシと拭いつけるとそこに染みを作って、水は手から消え去った。
「あーーー、くっそ。あちぃな…」
空を見つめてみても、俺ごときの視線で顔を隠してくれる太陽ではなく、尚も照りつけるその光は地上の熱をどんどんと過熱させる。ゴロンと土と草の上に寝転んでみてもフローリングのようにヒヤリとはしない。
「なぁ、一護」
「何だよ?」
返答はある。目線は未だに川のほうへ。瞬きする事無く、一直線にその姿を追う。その瞳には怯えも恐れも迷いもあった。しかし、その中央に宿る光はそれらを完全に霞ませるほど強く輝く。一点を目指して。
「…なんでもねぇ」
ゴロンと寝返りをうって、そこから視線を外した。口に出しかけた言葉を飲み込むために。ジリリと太陽が咽を焦がす。
言ってみようか。言ってやろうか。一護にも、ルキアにも「無駄なんだ」と。追っても無駄だ、並んで立てる地がない。まっても無駄だ、共に歩める道がない。だけど、二人は当然のように並び歩む。不可能を自然に変えて。いつかその背を見送る時が来たら、俺は。
「恋次!」
「あ?」
一瞬、瞼に映る背が振り向いたかと思った。だけど、それは現実に呼ばれた声で、そちらに目線をやるとルキアがぶんぶんと勢いよく手を振っていた。
「何だよ?」
「来い!大きく膨らませるようになったのだ」
自慢げに白い容器を突き出し、満面の笑みがひろがっている。マジで、ついさっきまでの不機嫌は何処にとんでいったのか。重い体を少しでも軽くしようと、服に付いた草をパンパンと叩き落とす。あいつの傍にいる時は少しでも身軽なほうがいい。
「なにやってんのかと思ってたら、んな練習してたのか」
「ほら見ろ。すごいだろう!」
ゆらゆらと揺れていた大きな玉が、ふ。と小さく強く吹かれて飛び立った。虹色に揺れて、フワリと風にのったかと思えばゆるゆるとその高度を落し、地面に触れてパンと音もたてずにはじけて消えた。
「飛ばねぇじゃねぇか…」
「大きいとな。でも、綺麗だろう」
ふ。と又、大きいシャボン玉を作って笑うルキア。ふわふわとゆっくりと空に浮き、地に落ちる。
パンッ!
「綺麗か?」
風にのる事が出来ず。ただ、地に落ちるのに。
「…なんだ?せっかく作ってやったというのに、不満か貴様。では、コレではどうだ?」
ふーと吹きかけられたシャボン玉。大量に作られた小さなソレが俺の顔面にぶつかっては割れた。べたつき液体に口内に広がる苦い味。目に入らなかったのが幸いだ。
「うわっ!てめぇ、何しやがるっ!!」
「ふん、折角貴様の暇つぶしに付き合ってやっているというのに、面白くない顔ばかりしておるからだ。たわけ」
人にシャボン玉を吹きかけた隙に、少し遠くに離れてたルキアが、また一つ大きなシャボン玉を作る。大きく。大きく。膨れすぎたソレは空に放たれることもなく割れて消えた。
「何を考えている?」
「…テメーこそ何で急に現世の勉強なんて始めやがった?」
「秘密だ」
「じゃ、俺も」
その言葉に「何だソレは」とルキアがまた不機嫌そうに近寄ってくる。シャボン玉の液体が無くなったのか、それとも十分に満喫したのか。キャップとキチンと閉め、首から兎を下げる姿はとても何十年も生きてるようには見えない。俺ですら。
「さ。そろそろ帰ろう」
どこへ。と、言えば何と答えるのだろうか。