TEST



遊子に言われ、妹達の部屋をノックして見れば、俺が見たものは、設置されたばかりの専用ベットの上で、制服を着たまま眠るルキア。着飾ることはそうしないが、割と身だしなみには口煩いやつが珍しい。と、視線を床に落とせば、ベットに立てかけられた口が閉じられたままの鞄。

「何だ、こいつ。学校から戻ってきてから、ずっと寝てんのか?」

部屋の主の一人である夏梨に問いかければ、宿題をしていたその手を止め振り返る。

「そー、帰ってくるなりベットに倒れこんだかと思ったらぐっすり」
「何で?」

ここの所、夜中に虚は出現していないし、学校も普通の時間割だ。

「最近、何か夜遅くまで勉強してるみたいだよ?私達も算数とか教えたし」
「は?算数?」
「うん。初めはビックリするほど何も知らなかったけどね。あっという間に吸収して、今は高校受験レベルの勉強してるっぽい」

机の上をパタパタと片付け、ルキアのベットを避け、俺の横をすり抜けて夏梨が部屋の外へ出る。何となくジッとルキアを見下ろしたままだった俺に、呆れたような視線を向けてきた。

「一兄。起こすのかわいそうだから、先にご飯食べようよ」
「・・・ああ」

釈然としない気持ちを断ち切るように、部屋の電気を消した。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「お前らって、こっちの勉強とか必要なわけ?」
「…統学院の頃にちったぁ習ったけどなー。正直、あんま詳しくねぇ。俺達は守るために現世にくるだけで、馴れ合うためじゃねーから必要もねぇし」

赤髪の死神は、死覇装ではなく普通の服を着て、読んでいた本を机の上に置くと欠伸をかみ殺した。背伸びをし、体をリラックスさせる。

「んじゃ、何でルキアは勉強してんだ?」
「さぁな。したくなったんじゃねーの?あいつ。変なとこ勉強熱心だからよ」

どうでもよさげにチラと二つ席の離れたテーブルでテキストとノートを開いているルキアに視線を向けると、再び恋次は本を手にした。読んでいるのは訳されていない漢文。「面白いか?」と聞いてみたら、「まったく」と答えて本から目を上げなかった。

「だよなぁ」

『貴様らが学生がやっている勉強など、私達死神には必要のないことだ』昔、ルキアから聞いた言葉だ。あの時はあまりの成績の悪さに、ちょっと口出しをしたのだが、何となくその言い方が癇に障って、いつものように口げんかに発展したのを覚えている。なのに、何で今更。

「一護」
「うぉ!?ぶっ」
「図書館だぞ?大きな声をだすな、たわけ」

いつの間にか目の前にいて驚く。顔面に押し付けられたものを取り払うと、それは俺達が使っている教科書だった。開いてあるぺージの右上に「ここまで」と噴出しで言っている例の兎が書かれている。来週から始まる中間テスト範囲のようだ。カタと静かにルキアが椅子を引いて、隣に腰掛けた。

「ここが分からぬ。教えてくれ」

シャーペンでくるりと丸が書かれた問題は、そのページで一番難しい問題だ。つい、この間まで算数をやっていた奴が尋ねる問題か?という疑問は当然だと思うが、広げてあるノートを見れば確かにその問題を解いている最中で、俺も苦しめられたことのある公式の途中から先が進んでいない。

「嘘だろ…」
「そんなに簡単な問題なのか………」

驚きの言葉だったのだが、ルキアは「こんなのも分からないのか?」という感じの意味でとったらしい。いつもの強気な目が明らかに翳る。悔しそうにキュと唇を結んだ。

「あ、いや。そうじゃなくて」
「いや、いいんだ。面倒やもしれぬが、教えてくれ」

少しもいいという感じがしない表情で、ノートに視線を落とす。その表情に弁解を忘れて見入る。何でそんなに必死なのか。何のためにそんなに必死なのか。誰のためにそんなに必死な顔をするのか。それさえ教えてくれるなら。疑問と不安と期待が入り混じった手で、その頭に触れる前に、恋次の手がルキアの頬を摘んだ。

「変な顔」
「ふぇんじ?」

続いてデコピンをし、深々とため息をついた。

「肩に力が入りすぎ。眉間に力が入りすぎ。頭に血が上りすぎだ。あ・ほ」

らしくなく。大人しく、デコピンをくらった額をさすっていたルキアがハッとしたように、顔を上げる。

「焦っても仕方がねぇ。やる事をキッチリやればいい。そしたら、結果はキチンとついてくるんだろ?」
「…よく覚えているな」
「あんだけバカスカ殴られて言われりゃ、嫌でも覚える」

そう言って笑う恋次。

そう言われて笑うルキア。

その瞳にはいつものように強い光が戻っていた。穏やかな、緩やかな、優しい時が流れる。一度、差し伸べた手は、もう躊躇う事はないのだろう。何度でも、何度でも。空白を埋めるかのように、未来に繋がっていくように、そっと優しく手は絡み合う。

「…で?どこを教えればいいんだ?」
「うむ。この公式を使う筈なのだがな」

しっかりと解けたところまでを解説させ、分からない所を伝えられると、躓いていたところは何てない箇所で。ちょっとした発想の転換が必要だったが、それを指摘してやればルキアはあっという間に解いてみせた。もう一般的な高校生レベルの学力が確実に見についている。その後もいくつか質問を受けるが、ヒントさえ与えてやればルキアはぐんぐんと身につけていく。死神相手に、この公式はだの。そこはxを代入してだの。と言っている自分が。死神のくせに、なんでここはこう展開するのだ?だのと質問するルキアが、図書館に似合いすぎていた。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「ところで、貴様から見た私の学力はどうなんだ?」
「正直驚いた」

図書館からの帰り道。「恋次に現世の勉強をさせるのだ」と無理矢理、寄らされたコンビニで。俺から勝ち得たアイスを舐めながら聞いてきたルキアに、俺は今度こそ誤解を招かないように正直に答えた。

「あんだけ出来たら、多分、今度の中間けっこーいけるんじゃねぇ?」
「ほ…本当かっ?」
「おー」
「そうか。ふふ…」

勉強が出来るようになったら、何が待っているのだろうか。やけに強気にルキアが笑う。ブンと両手を回して、「よし」と気合を入れなおすと、「帰ったら続きだ」とのんびり歩いていた俺達を急かす。ペットボトルと睨めっこをしていた恋次が、コンとボトルの底をルキアの額に押し当て、その行動を止める。

「そんなに勉強してどーすんだ。高校生でもやる気かよ?」

恐らく恋次はまったく意識していない。俺はその質問にドクンと心臓が跳ねた気がした。赤い唇は「たわけ」とは言わず。代わりに楽しげな笑みをつくった。睫が面白げに震える。

「それもいいかもしれぬ」

ルキアがそう言った。
それを聞いた恋次が目を細めた。
俺はゆっくりと目を伏せる。