蒼空に向けた、愛の言葉。
数多いる死神の中より選ばれ、席を得るということは多かれ少なかれ他人の関心を集めることへと繋がる。それこそ良い意味、悪い意味を含めてだ。尊敬や憧れといった良い意味での関心を集め始めたのは最近になってのことで、最初は妬み嫉みが酷く、陰口ならまだしも嫌がらせを受けた時はさすがに頭にきたこともあった。が、しかし、それらの思い出は悪いことばかりではなく、同時に良い思い出に繋がるものでもあった。感謝する気はさらさらないが、逆境が自分を強くしてくれたのと同時に、尊敬すべき人たちとの出会いは嫌がらせによるアクシデントが切欠になることが多かった。
ここまでの道のりは長かったとしみじみと振り返る。そういった行為は何だか年よりのようで、嫌ってきたものではあったがそう悪くない。何故、あんなに嫌だったのか今になって分かる。焦りと恐れだ。前に進んでいなければ落ち着かなかった、後ろを振り返る時間があればとにかく近づきたいと願い、天と地の距離が変わることなんてある筈がないのに更に遠退くのを恐れていたからだ。まだ、その思いは胸の中で燻ってはいるが、いずれは消えてしまうだろう。その時の未来の自分は、過去の自分をどう評価するだろうか。恐らくこうだ。『あの時は若かった』。いずれ使ってみたいと思っている言葉の一つなので間違いないだろう。
「何を一人でニタニタと笑っているのだ?気持ち悪いぞ、その顔」
自分一人しかいないと思っていた部屋に、聞き覚えのある女の声が響く。勤務中にも関わらず、ソファの上でリラックスしていた俺は、思わず声の主の姿を確かめる前に姿勢を質した。そして、よく怒られる者の習慣は実に素早く働き、声の正体をはじき出すと同時に安堵のため息をつく。良かった。出来れば、部下にだらけた姿をあまりさらしたくはない。
体の大きさの割には尊大な態度で、入口からスタスタと室内に足を踏み入れると、何の断りもなく向かいのソファに腰かけたのは思った通りの姿だった。
「………んだ、ルキアか。どうしてここにいるんだ?」
「気持の悪い表情を浮かべてるから、親切に忠告してやっているのに、何だとは何だ。それに、ここは確かにお前の執務室だが、同時に私の執務室でもあるんだぞ?私がいて何が悪い」
「だけど、今日は休みだろ?」
「うむ」
「だから、どうしてここにいるんだよ?」
「休みだからだ」
そうのたまった本人は当然といった顔をしているが、休みだから職場に来るというのは理屈の通らない話だ。
「ふぅん?」
「…それだけか?」
つまらないとばかりに眉を寄せるルキアには悪いが、唐突の奇行に毎度付き合わされているのだから多少の免疫は出来る。普段は働き者の副隊長のお目に叶うよう業務に励んでいるのだから、たまの息抜きくらい見逃してほしいと思う。
「まぁ、よい。これをやろう」
そう言ってルキアが懐から取り出した紙を腕を伸ばして受け取る。二つ折にしたソレには妙なものが描かれていた。
「………………………ヒトデ、か?」
「星だ!」
あまり見慣れない形は、どこかで見たことがあるような気がして、遠い記憶から1度か2度しか見たことのない海の生物を引っ張り出してきたが見事に外した。ルキアの事なら、大抵のことを理解しているつもりだが、この絵心だけは当分…いや何年たっても理解できそうにない。じっくりと眺めてみるが、俺が感じている星のイメージとはかけ離れたものが描かれていた。星というものに多少の思い入れのある俺としては、ヒトデにしてもらったほうが精神的には良いのだけど、ルキアは決して変更してくれはしないだろう。仕方ないので、どこか妙なヘロッと感のある五つの出っ張りを持ったものが、吹き出しで「あけろ!」と言っているので従ってみる。
「…なんだ?」
「何がだ?」
「何か俺、忘れてるか?」
「さぁ、知らぬ」
「………………………怒ってらっしゃいマスカ?」
「何故だ?」
書いてある内容にもしやと思った俺の言葉とは真逆に、ルキアは笑顔を浮かべている。もしかしたら、作り笑かもしれないと雰囲気を探ってみるが、どうやら心から笑っているようで空気は柔らかかった。
「私の用はそれだけだ。失礼させてもらうぞ」
「帰るのか?」
「勤務ではないから、私がここにいる必要はないだろう?」
「せっかく来たんだから、ゆっくりしてけよ」
「私は優秀な副隊長だからな。隊長の執務の邪魔になるようなことはしないんだ」
「…ちょっとだけ」
「それが、お前の欲しいものならいいぞ」
俺の″欲しいもの"
「なぁ。それって何だ?」
「ないのか?」
「いや、ある…けどなぁ?」
「あるんじゃないか」
「それをくれるのか?」
「望むなら」
俺が望むままに、退出しようとする方向を変えて俺の膝の上に収まっていたルキアがそう答える。大きな瞳は期待に満ちキラキラと輝いて見えて、失礼な話かもしれないが、ルキアが描いた星の絵よりも、俺にはよっぽどルキアのほうが星のように見える。それが、俺の腕の中にあるのに、俺が望むものってなんだろうか。
「なぁ、コレに書いてある俺の欲しいものって何だ?」
「ソレに書いてあるだろう?欲しければ、休憩室を開けてみろ。と」
「だけど、一人で開けろって書いてあるぜ」
「恋次、一人だけで見てほしいからな」
「んー」
正直なところ、ルキアがくれるっていう物なら、なんだって欲しいと思う。だけど、そのために腕の中の温もりを失うのは惜しくて、俺にとって何より欲しいものはルキアなわけだから、この手を離してしまうと欲しいものを手に入れるどころか、遠ざけてしまう結果となってしまう。しかし、ルキアが俺に何かを贈りたいという気持ちは尊重したいし………ああ、何か考えるのが面倒だな。よし、結論。
「てめぇも一緒にこい」
「は?」
「仕方ねぇだろ?俺が欲しいもんはもうここにあるんだからよ」
「ならばこのままでいいだろう」
「貰えるもんも欲しい」
「…お前が欲張りだったとは知らなかったな」
「限定で、な。自分でも驚いちまうくらい欲深くなっちまうんだ」
「はぁ、仕方ない。今日限定で二兎くれてやるとしよう。」
ルキアを抱えたまま休憩室に入れば、今朝から一度も使っていないのに明かりがついていた。昨日、施錠の確認をし忘れたのかと思って、窓を見ればキッチリと障子も雨戸も閉じられていて、戸締りだけはされていた事を物語っている。明かりだけ消し忘れたんだろうか。勿体ないことをした。
「これを受け取れ」
俺の腕の中から抜け出したルキアが部屋の真ん中に置いてあったものを拾って放り投げた。宙で受け止めてみるとそれは星がモチーフになったチャームが付いている空色の伝令神機。
「言っておくが、それは携帯電話という現世のものだ。伝令神機ではないぞ」
「へぇ」
「こちらに来て、座れ」
ルキアの意図が読めないまま、携帯電話を持って指示のある場所へ座りこんだ瞬間にパチリと灯りが落とされた。一瞬、部屋が暗闇に閉ざされたかと思ったがそれは違った。休憩室は一瞬にして星空になっていた。その光景に目を奪われていると背中にトンと重みが加わる。すぐにルキアの背中だと分かった。天上、床、壁、扉のありとあらゆる所で淡く光る大小の星々のお陰で、振り返るとルキアの旋毛が見える。「すごいだろう?」という得意げな響きに照れの入った声へ、どう答えてやろうかと思案していると、手の中の携帯電話がピピピと鳴った。伝令神機と同じ通話のボタンを押して、耳へとあてる。
「えっと…もしもし?」
「………もしもし」
二人きりの部屋で、背中越しの電話。部屋に響く声と携帯から響く声のハミングに、何故かこちらが照れてしまう。しばらく無言が続いたが、俺はルキアの準備を整うのを待った。多分、これが俺の欲しいもの。自分では気付いていなかった。だけど、ルキアは気付いてくれた。俺の望みだ。心の中の燻りを消す、最後の息吹。
「ずっと…ずっと前に私のことを星だと言ったことがあったろう?その時から考えていたんだ。私が星なら、恋次は私にとっての空だと………」
「…ルキア?」
「あ、そのまま。そのままこちらを見ずに聞いていてくれないか?………すまぬな」
「………」
「いや、ここはありがとうと言うべきか。恋次、ありがとう」
「………」
「ふふ。急に空だと言われても困るか?そうだろうな、言ったこと、伝えた事がないからな。…そう・だなぁ、例えば恋次の髪は夕焼け空のようで綺麗で暖かい。星が存在を証明するために輝くには、夜空が必要なように、恋次がいなけらば私が存在する意味なんてない。憂鬱な雨が降っていても、いつかは青空が広がると知っているからこそ生きていける。恋次が私と共にいてくれるから歩んで行ける。私は………」
まるで手探りのような言葉だと思った。そんなに長い言葉ではないのに、ゆっくりと時間を使ってこちらに伝えてきた。見えないのに、手探りで、だけど確実に俺の心に触れてくる。ぽつりぽつりと零れ落ちる言葉が愛おしいと感じる。ルキアが言葉で触れていったところに温もりが灯るようだった。
「………言いたいと思ってたんだ。言わくてはならない。ではなく、言いたいと思っていた。私と同じくらい不器用なくせに、素直になるのも得意でないのに、恋次は何回も言ってくれたから、私だって言いたいと。そう、思っていたんだぞ?」
「………」
「随分とここまで来るのに長い時間かかったと思う。色々…あったしな、お互いに。でも、私の回り道は悪いことばかりでなかったよ。一緒に過ごせない時間もあったが、それでも実は良かったと思っている。この道を通ってきて、また一緒に歩むことが出来ているから。だから」
随分と小さな声だった。携帯だけだったら聞こえなかったろう。背中越しに話していただけでは聞き逃したかもしれない。だけど、今は二つの声で伝えられたから決して逃しはしなかった。いや、もしかしたら『こっち見て』なんてルキアは言ってないかもしれない。あのまま背中越しの会話を望んでいたかもしれなかった。俺の願望が都合の良い幻聴を聞かせたのかもしれない。抱きしめてしまいたくて仕方なかったから。
振り返るとこちらを見上げているルキアと目が合った。いつもなら白い頬は今は赤く染まっていて、一瞬、躊躇うように視線が逸らされた。だけど、すぐに俺の瞳を覗きこむ。そして、ゆっくりと微笑んで言った。俺が欲しくて仕方なかった、だけど、欲しかったことに気付いていなかった言葉を。
「恋次。大好き」
リコリスの実様が企画された恋ルキお題企画『星に向かって吼えろ』へ参加させて頂いていた駄文をサルベージ。
(おまけ)
企画で盛り上がって一人で前夜祭ひらいてました → プロローグ