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ルキアの様子が変だ。
新幹線の中、降りる駅が近くなってきたので声をかければ、弾かれるように体を起こした。その勢いに驚き、声をかけずに見守っていると、縋るような瞳が投げかけられる。何か言わなくてはと感じ、呼んだ名前に、明らかに安堵した表情。夢見が悪かったのだろう、そう思うが、何の夢を見たかとは聞けず、せめて気が晴れるように、いくつか話題を出すも、気分を浮上させるには不十分。
ルキアは明るく普段通りを努めているようだが、そんな見かけだましが通用するわけがなく、どうしたものかと良い結論が出ないまま、帰路の終わりがドンドンと近づいてくる。ルキアの住むマンションの明かりが、暗い夜空に灯り。その分だけ、ルキアの表情が曇る。
反射的に手をとった。
「恋次?」
「明日、暇か?」
「またか、貴様。要件も言わずに、暇かどうかだけ聞くのはやめろ。返答しにくい」
「じゃあ、勝手に決めるぜ。てめぇは明日、暇に決定だ」
「はぁ?」
「計画変更。送って行くのナシな。駅に戻ろうぜ、夜遊びっつーのを教えてやるよ」
どうせ優等生を気取ってる、てめぇは知らないだろ。と言えば、知らなくて結構だ!との元気な返答。手を引き、来た道を戻る中、夜中であるためボリュームが抑えられた罵詈雑言が背に浴びせられる。だが、手が振り払われることも、ルキアの足が止まることもなかった。
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ゲーセン、カラオケ、ファミレス、コンビニ、etc。駅前は学生が夜、集まるには十分くらいの施設が揃っていた。そういう場所には、教育熱心な先生が訪れたりするものだが、優秀な進学校である我が高校に手間の係る生徒はいないようで、俺は未だに夜の街をふらふらしていて、先生に声をかけられたことはない。
「が、それは俺一人の時の話であって」
ちらり、比較的に夜遅くまでやっている雑貨屋を眺めているルキアを見る。どう見ても高校生。いや、下手をすれば中学生。制服ではないことを差し引いても、余りある未成年の容姿に、どうしたものかと思う。
カラオケ、ファミレスは、今からでは入店を断られるだろう。ゲーセンはさっき行ったし、コンビニは論外。朝まで置いてくれるような、親切な知り合いはこの近くには住んでいない。今日は馬鹿親父が泊まり勤務なので、自分のとこに連れていくわけにもいかない。
やはり、送っていくべきだったんだろう。
世の常識で考えれば、それが正しい。何の責任もとれない、未成年の俺が、出来うる最良の手段。
「恋次!」
「おー」
「これがいい、これに決めたぞ!」
誇らしげに掲げ持つのは、音ゲーの勝利品。もこもことした兎のハットピン。
早くと急き立てられ、表面上は面倒臭そうに支払い、包装を断って現物をそのまま渡す。使い方を知っているのか聞いてみたら、帽子に付けるのだろうと、当然のような顔をして答えたので、その手から再びハットピンを貰い受け、腰を少し屈める。
「ブローチにもなるんだと。さっき、店の奴がそう言ってた」
「そうなのか」
余り気のなさそうな声だったが、胸元で跳ねる兎に顔がほころんだ。指先でそっとその小さな温かさを確かめ、大切そうに顔を輝かすルキアを、一人にする最良の手段なんて、心の底からゴミだと思った。
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これで、終わりなんだろう。勝ち取った兎を見て、駅へと向かおうとしている恋次の背を見る。
急に駅へ引き返すと言いだしたときは、どうしたのかと思ったが、どこかでほっとしていた。楽しく、賑やかであった日の夜は怖い。どこかへ追いやれるはずの静けさが、すぐ隣に感じられて怖い。その怖さに耐えなくてはならないのが、怖い。一人でなければ、怖くないのにと、思ってしまう自分が嫌い。
だから、まだ一人にならなくて済むと分かって、ほっとした。だけど、それがもうすぐ終わる。
きっと恋次は、私が一人になりたくないと思っているのが分かったのだろう。だから、急に夜遊びだなどと言いだして、自分が遊びたいからだと言って、連れ出したふりをして、一緒にいてくれる。挙句、私にハットピンを買わせられているのだから、本当にとんだお人よしだ。優しい、優しすぎるくらいに、優しい恋次。
その背から、少し上を見ると、空には月が浮かんでいて、もう一人の優しい奴を思い出した。
そして、あり得ないことを考える。このまま恋次が、一緒にいてはいてはくれないだろうか。例えば、前に言っていた叔父様に会いに来いと言いだし、家に連れて行ってくれるとか、今の部屋はどんな感じになってるんだと様子を見に来るとか。そうでなくても、もっと話がしたいのだと言えば、公園でずっと一緒にいてはくれないだろうか。一護はもう寝てしまったか、まだ起きていれば、電話をかけても迷惑にはならないか。寝る前の数分、少しだけ会話をして、最後にお休みと言ってほしい。…さみしい、と言えば、マンションまで来てくれるかもしれない。
「お、丁度いいな」
そんな声がして、一護がくれたチャームが僅かに音をたて、私の手から離れる。
無意識のうちに、携帯を鞄からとりだしていたらしい。気がついた時には、すでに手中にはなかったので、ディズプレイの表示は不明だ。だが、ぼんやりした私から携帯を奪った恋次が、ワンプッシュだけ操作をして、耳に携帯をあてるのを見て、体温が下がるのを感じた。私には、こんな時間に電話をかけてもいい知人などいないというのに。
「非常識だぞ!」
「ちょ、暴れんなよ。大丈夫だって、この時間に寝てるのはガキだけだろうが」
「一体、誰にかけているのだ!?」
「あ、でたぜ。…よぉ、今、何してる?」
私の心配をよそに、親しげな様子で恋次が会話を進めていく。敬語ではないことから、目上の人ではない。恋次は、そういう上下関係には気を配る奴だ。で、名乗っただけで相手に通じた様子だから、私が親しくしていて、恋次も知っている人だ。クラスメイトあたりだろうか。
冷や冷やした気分を少しでも落ち着けるため、会話の端々から個人を特定しようとするが、中々いい情報が得られないまま、「おう、待ってるぜ」という不審な言葉で通話は打ち切られた。
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珍しい深夜のコール音。どうでもいい内容だったら、即切ってやろうと思いながらディズプレイを見れば、ずっと待っていたとも言える「ルキア」の3文字。意味なく、友達に借りて見ていた雑誌をベットの下へ放り込んで、若干、緊張しながら通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは野郎の声だった。
この怒りをぶつけるにふさわしい相手は誰か。
当然、通話先だ。
「………誰だよ、お前」
「そんな怖い声だすんじゃねーよ。分かんねぇか?俺だ、俺」
「詐欺なら間に合ってんぞ」
「ヒントその1。真っ赤な赤毛」
「…阿散井か」
詐欺もどきの台詞を吐いた瞬間、切ってやろうかと思ったが、ディズプレイが「ルキア」を映し出した以上、ルキアの携帯で掛けられているという事実が、何とか短気を防いだ。ある意味、最も有り得そうで、最も聞きたくなかった名前に、ふかぶかとため息をつく。
「何の用だよ?てか、コレ。ルキアの携帯からだろ、今、一緒にいるのか?」
「ああ。今、隣で非常識だとか叫んでるぜ?そんで、てめぇに電話したのは用っつーか、なんていうか」
「?はっきりしねぇな」
「現状を言うとな。今、ルキアと駅前にいる」
「ああ」
「で、この時間だろ?外出歩いてたら、補導されかねぇし。かといって、店に入れてもらえもしねぇんだよ」
「だろうな」
「んで、俺ん家は今夜、親仕事ときてる」
「あー言わんとしてることは分かった。ルキアのマンション、でいいのか?」
「おう、待ってるぜ」
通話が切れた後、たっぷり40秒ほど考える。何で一緒にいたのか、まだ一緒なのか、何をしているのだろうか。気になることは沢山あった。だが、やるべきことは一つだ。部屋着を脱ぎ、ジーンズに履きかえる。財布と携帯をポケットに突っ込み、自転車の鍵をとる。出来るだけ静かに、部屋を出て、起きていた親父に声をかけると、後は全力で自転車を漕いだ。
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一体、誰に電話をしたのだとしつこく聞き出そうとしてくるルキアに、発信履歴をを消去した携帯を返却してから15分。俺達がマンションに辿り着く前に鳴りだした携帯に、ルキアが慌てて出るのを見て、ちょっとだけ呆れた。
「もしもし、一護?」
「………」
「え、マンションに着いたって、何のこと…。もしや、恋次電話を掛けた相手はお前か?」
「………」
「ああ、恋次なら今隣にいるぞ。かわるか?」
「………」
「ん?別にそうではないが。いや、そう言われるとそうなるのか」
「………!」
「分かった。すぐに戻るから、少しだけ待っていてくれ」
「………」
「大丈夫だ、走ったりはせぬ。自分の体のことくらい分かっている」
「………」
「ではマンションの前で」
黒崎家からルキアのマンションまで、どれくらいの距離があるのかは知らないが、やけに早い到着に、念を押すかのような電話。だけど、きっと知りたい事には触れていない会話。余裕があるのか、ないのか。いや、確実にないのだろうが。高校生にもなって、ここまで少年らしい青臭さが抜けない奴も珍しい気がする。
「黒崎、なんだって?」
「マンションの前で立っていたら、俺の方が補導されそうだから早く帰ってこい。と」
「そりゃありえる」
「全く、どいうつもりなのだ。一護なぞ呼び出しおって」
一体、これからどうするつもりなんだ。と、口を尖らすルキアを見て、目を細める。
「あん?決まってるだろう、お前んとこで夜遊びすんだよ」
はぁ?と、不機嫌そうな声をあげたルキアの表情はどこか嬉しそうだった。
[22.2.6]