31



先ほど降りた普通のホームよりも若干広く感じる新幹線のホーム。いかにもスピードが出そうなフォルムの乗り物が滑り込んできたところで、そういえば新幹線に乗るのが初めてだということに気がついた。
先を行く恋次の後について、乗り込めば見慣れない車内。よくサスペンスドラマなんかで様子が映し出されていた気もする。しかし、じっくりと見たことなんてないのでよく思い出すことは出来なかったが、特に目新しい感じは受けない。本物はこんなものかと思うに留めて、さっさと指定された席に座ると、何の躊躇いもなく新幹線は発車を告げた。
目的地まで約1時間30分。長いようで、短い時間。その間に何を話そうか迷う。気持とは裏腹に、窓の外の景色はびゅんびゅんと流れていって、私の迷いなぞ待ってくれそうにはない。

「降りるまでちょっと長ぇけど、何か食うか?」
「いらぬ。朝食は摂ったし、たかだが1時間半で腹なぞ減らぬだろう?」
「そぅかぁ?減る時は減るけどな。まぁ、いいや。じゃ、何か飲み物はいるか?」
「りんごジュース」

恋次が指で丸を作って了解のサインを出し、ワゴンを押してきた販売員を捕まえる。注文を繰り返す声が高いのが変に気になって、通路から再び窓へ視線を戻せばガタンと新幹線が大きく鳴った。その瞬間、景色が一変して暗闇が窓の外を染めてしまう。どうやらトンネルに入ったらしく、明かりが時折スゥと現われては消えていくのを目で追った。

「ん」
「悪いな」

差し出されたりんごジュースを受け取るとよく冷えていて、指先がすぐにひんやりとした。中身もかなり冷たいと思うとすぐに飲む気にはなれず、もう少し置いてから飲もうと思い膝の上に置くと、備え付けのトレイが目の前に広がる。カコンと多少中身の減ったりんごジュースの缶が置かれたのをみると、どうやらそこに置けということらしい。男のくせに細かいところまで気がつくなと感心はするが、余計なところまで気が付きすぎるのはちょっとアレだろう。

「そういえば、よくお前1時間半で着くって知ってたな。俺、言ったか?」
「ん?常識の範囲ではないか、新幹線がどれくらいでどの駅につくかなぞ」

そんなもんか。と簡単に納得してしまった莫迦者に、内心で悪態をつく。たわけ。知っているに決まってるだろう、今が何世紀だと思っているんだ、住所さえ知っていれば最寄駅も携帯で簡単に調べられるし、引っ越し先なんて先生が簡単に教えてくれたに決まっている。私が何通の手紙を出そうとして、引出しに仕舞ったか知っているか。出そうとポストの前まで行って、出すか出すまいか迷って、出せなくて、手紙が来たら返事を書こうと思い直して、待ち切れなくなって、また書いて。それを何度繰り返したかなんて知られたくないのに、分かってほしいと思ってるなんて、そんな馬鹿な自分。でも、そんな私にも気づけ、莫迦恋次。




"棚上げだと分かってはいるけれど"















32



離れてから二ヶ月も経っていないのに、久々に降りたホームは随分と懐かしく感じて、変わっているはずもないのにどこかに変化はないかと駅から見える街並みをじっと眺めた。黙って街を見ている間、ルキアは何も言わずに同じように街を見ていて、「行くか?」と聞けばコクリと頷く。

「駅からは遠いのか?」
「バスに乗れば、10分もかからねぇけど…。30分以上かかるが、歩こうぜ。ちょっと寄り道して、俺が通ってた中学校を見に行きてぇんだ。いいか?」
「構わぬ」

本当なら自転車があればよかった。ルキアを後ろに乗せれば体力を使わせないし、俺が数年間過ごしてきた街を見てもらえる。ルキアが街を見たところで、俺がどこで何をしたかなんて知りえないのだが、何となく見ておいてもらいたかった。そうすれば、欠片でも何かを共有出来るような気がしたのかもしれない。

「歩くから、荷物貸せ」

多分、手土産が入っているだろう大きめの鞄を指し、渡すように手を出す。瞬間、断ろうとしただろう唇がパッと開くが、すぐに閉じる。しばらくしてから、ルキアにしては、随分と歯切れが悪く、聞き取りにくい声で頼むという声が聞こえた。

「素直にさっさと頼めばいいだろうが」
「うるさいっ」

向かう方向なんて知らないだろうに、ルキアがさっさと先を歩き始める。偶然にも、それが正解のルートだったため黙って着いていくことにした。多少、予定をオーバーしてもいい。ルキアが不安になって振り向いてくるまで、絶対に声をかけないでおこうと笑いながら小さな背を追う。
そして、気がついた。ルキアに街を見てほしかったんじゃない、何かを共有したかったわけでもないことに。ただ、俺がルキアとこの街を歩きたかっただけだった。




"いつだって足りなかったのは"















33



「いらっしゃーいv」

緩やかなウェーブを描く豪奢な金髪。それに負けず劣らずの豊満な胸。己の魅力を分かり切った上で着ているであろう女性特有のラインを描く服装。自分が記憶しているよりも華美ではないが、それでもしっかりとポイントを押さえたメイク。そして、着飾らなくとも十分に彼女自身が美しいと分かる存在感。見た瞬間に思った。

「お変わりないようで何よりです。おば様」

変わってない。本当に、何一つ変わっていない。この人だけ時を止めてるのではないのかと真剣に疑うくらいに。他人の家の母親の実年齢なんて正確に記憶していないが、一般的に考えられる年齢から考えて、最低でも何歳だろうかと計算していた時にむぎゅとほっぺたが掴まれた。少し長めに伸ばされた爪が刺さって地味に痛い。

「んー?ルキアちゃん。もう一度、言い直してくれない?」
「お、お久しぶりです。乱菊さん」

言いなおした瞬間に解放されて、乱菊さんにさきほどの笑顔が戻る。久々に味わった恐怖に心臓がちょっとうるさかったが、とても懐かしくもあった。

「一応、ルキアは客だぜ?乱菊さん」
「あら、お帰り。恋次」

若干呆れの入った恋次の問いかけをスルーして、乱菊さんが恋次を出迎える。その出迎えに恋次は苦笑したが、あっさりとただいまと言った。お帰りとただいま。たったこれだけの言葉を、当たり前に二人が交わしていることがとても嬉しかった。これが聞けただけで、来てよかったなと本当に思った。




"当然が当然でなかった過去からの幸福"















34



恋次の、そして乱菊さんの家は広かった。案内された時に外観を見て大きめの家だと思ったが、中に通されると見ためよりも広いことがすぐに分かる。建てられてから数年は経ったであろう家には、住人が刻んだ生活の跡がそこかしこに見られたが、掃除は行き届いておりき綺麗な室内が保たれていた。

この家は、広くて、綺麗で、色んなものが闘っている。

「今、お茶入れるから適当にかけてくれる?」

そう言った乱菊さんと二人きりのリビング。恋次は持って帰る荷物を纏めに自室へと階段を上がっていった。腰掛けるように指さされたソファは黒の革張り。しかし、そのすぐ横で揺れているカーテンは綺麗な桃色、細かな花の刺繍付き。そして、ソファで鎮座しているのはモダンな感じの和柄のクッション。一つ、一つはどれも品は良さそうななのに、組み合わされると、何というか。

「すごく………。斬新なセンスです」
「なにが?あー、家具ね、子どもたちにそれぞれ一つずつ選ばしたら、そんな風になったのよ。面白いでしょ?」

ケタケタと笑いながら、アイスティーを2つローテーブルへ置く。乱菊さんがそのまま一人用のソファに腰掛け、クッションを抱きかかえたのを真似て、3人用のソファに落ち着くと革特有の匂いを感じた。

「…どれくらいになるんだっけ?」
「3年と、少し」
「そっか。そんなに経ったというべきか、まだそれしか経ってないというべきかは、微妙な感じの年月よね」
「そうですね」
「恋次から聞いてる?うちの話」
「多少は」
「そっかー、まぁ。普通に考えても言うわよね」
「それで、今日。お子様方はどちらに?」
「一応、今は外に出てもらってる。ていうか、お子様方ってなによー。一応戸籍上は弟妹なんですけど?息子は恋次だけ。まぁ、似たようなもんだけど」

そう言って、またケタケタと笑う乱菊さんは楽しそうで、クッションを抱きしめる腕やソファを撫でる手、揺れるカーテンを見つめる目は優しかった。傍にいるだけで分かる、この人がこのちぐはぐを愛しんでいることが。

「ねぇ、ルキアちゃん」
「はい」

無理して作り出していた笑顔が本物になっていた。実の息子ではない恋次との空気が和らいでいた。この家は、この人を愛してくれているのだろう。

「うちの家族に会って帰んない?」




"?別に構いませんが"















35



思い切りゆっくりと眠ることのできる、折角の休日にいきなり叩き起こされたと思ったら、客が来るから夜まで外で時間を潰せとの命令が下った。一応のところ、姉である乱菊は我が家の女王だ。あいつが言い出したことは、何だかんだで実行されてしまう。

今日もその例に漏れず、いくばくかの抵抗も虚しく布団を追い出される結果となってしまった。ろくに準備をする時間も与えられなかったので、持ち物は財布と携帯だけ。買い物に行く気分でもないし、遠出をする気力もない。というか、そんなに金がない。頼みの綱の友人にはデート中に電話してくんなと用件も伝えられずに通話をきられた。

「暇だ…」

やることもなく、行くところもなく、公園の隅で小学生の低学年層がはしゃぐ声を聞きながら空を眺める。こんなんでいいのか、中2男子生徒の土曜日と思っていたところで携帯がメールの着信を告げる。発送人は珍しく、一応のところ甥である恋次。

『帰って来い。…だとよ』

件名もない簡潔なメール。だが、言わんとしていることは嫌でも分かった。自分で追いだしたくせに何を言い出すんだ、あの我儘女。絶対に帰ってなどやるものか。と、憤ったところで今日の今後の予定がたつ見込みはない。門限まで、後6時間以上ある。




"………………………帰ろ。"



[20.8.25]