11
まだ人もまばらな改札に向かうとまっすぐに歩く後ろ姿を発見した。迷うことなくダッシュする。
「おっはよーございまっす!!!朽木さぁぁぁん!!!!!」
「あら、浅野君。おはようございます」
俺のこの挨拶に普通に応えてくれる女子は珍しい。にっこりとほほ笑みを浮かべ頭を下げる仕草は、他の人がやってもなんてことないのに。朽木さんがやると品よく見えるから不思議だ。
「いやぁ、朝から朽木さんに会えるなんて光栄だなぁ。早起きは三文の得って言うけど、今日の俺は三文どころかその倍!?いやいや、その倍の倍の倍の倍の倍の倍の倍は得してるッス!!!」
身振り手振りを加えて今の心境をアピールすると少し驚いた顔をした後に、ありがとう。と言って朽木さんが笑う。爽やかな朝に相応しい笑顔が眩しく光った。
「浅野君はいつも早いの?」
「いーえ今日は偶然………。朽木さんこそいつもこの時間なんじゃ?」
「私も今日は早く目が覚めたの」
何気ない会話が続いて。というか殆ど俺が喋っていたのだけどそれでも笑ってくれるのが嬉しくて。浮かれながら歩く十数分はあっという間だった。
そんな中、気がついたことが一つ。
「ねぇ、朽木さん」
「はい?」
「俺、思うんだけど。楽しく一日を過ごすには楽しい事を楽しめるように準備しておかないといけないいんだよね。そうじゃないと何かあった時に全力を出せない!それってとっても勿体ないことをしてるって!!」
「はぁ。そうですわね?」
何を言わんとしているかを測りかねてキョトンとした表情に俺が出来る範囲で最大の笑顔を浮かべた。俺は馬鹿だからこういうやり方しかできない。一護みたいに朽木さんに何の負担もなく甘やかせることができたなら。水色のように自然と望む方向へ持って行けたならいいのだけど。でも、俺には出来なくて。
「で。こういう風に早起きしちゃった日はいつもより眠くなっちゃうのも早いワケですよ。でも寝てるうちに楽しい事があったらショックじゃないですか〜。」
「………」
「だから、そんなときのためにとっておきの場所が!秘密だけど朽木さんいは特別に教えちゃいますっ!!!」
おどけているけれど俺に出来る精一杯。それを見て朽木さんは笑いはしなかった。わずかに眉を寄せ渋面を作る。そしてすぐにため息をついて肩の力をストンと落とした。
「一護の周りは揃いも揃ってお節介なのだな…」
初めて見る苦笑と初めて目の当たりにする口調。最高のほめ言葉と一緒に貰って、俺は改めて今日はいい日だなぁと呟いた。
12
「あ」
慣れない時間割を眺めて声を上げる。時計を見るのと長針が12を指すのが同時だった。僅か数秒遅れて頭上にチャイムが流れる。タイムオーバー。
さて、どうしたものか。
「どうかしたの?」
「次の授業の教科書。まだ持ってねぇのに借りてくんの忘れちまった」
タイミングよく声をかけてきたクラスメイトに応える。名前は確か井上織姫。可愛い女子の名前は覚えやすくて有り難い。
「井上。わりぃけど見せてくれ」
「いいよ?」
この学校は原則忘れた教科書は借りてくることになっているらしいが、昨日来たばかりの転校生に厳しいことは言わないだろう。チャイムの鐘が鳴り止むと共に教室に入ってきた教師は、予想どおりに次までに準備しとおけとしか言わなかった。
耳を通っていく授業の内容は聞いたことのあるものばかりで、どうやら前の学校のほうが進みが早かったようだと知る。とたんに興味が失せて、チラリとルキアを盗み見るとノートをとっているところだった。きまじめな顔もあの頃のままで込み上げる笑いを苦労して噛み殺す。
ツンツンと手の甲にシャーペンが刺さった。
『朽木さんと仲良しなの?』
教科書の端っこに踊る文字。仲良し、という表現がこのクラスメイトの人柄を現していると思った。
『Maybe』
『It envies it. 』
返事の返事に苦笑する。どうせならYesと書けば良かったと後悔して、俺は授業に意識を戻した。
13
「ルキアー。学食行こうぜ」
「………」
無言で机の上に置いたばかりの弁当を指すと、恋次はそれを掴んだ。
「ほら、立てよ」
なぜ私が行かなくてはいけないのか?そう問う言葉がざっと20ほど頭に浮かぶが、その反論か通らないであろうことは簡単に予測がついた。
渋々席を立つと恋次はまだ私の机の前に立っていてまだ歩きだしていない。その間に違和感。それは昨日も覚えたこと。私が歩き出すと恋次も歩き出す。
「ちっせー弁当」
「そうか?適量だと思うが…貴様ら男子は信じられねくらい食うからな」
「お前が食わなすぎるんだよ。テッサイさんのか?」
「いいや、自作だ。師はテッサイだがな」
「………食えんの?」
「昨日の鯛焼き返してもらおうか?」
冷めた笑顔で言うと冗談だよ、美味かったと言葉が随分と高い所から降ってきた。私の頭をスッポリ覆ってしまうんじゃないかってくらい大きな手が乱暴に撫でる。昔と同じで違う仲直りのサイン。
嗚呼、やっぱりこやつは恋次だけど恋次ではないのだ。それが寂しいなんて言ったら昔の恋次は馬鹿にするだろう。今の恋次は何と言ってくれるだろうか。
14
「井上さん」
後ろから呼び止められて、私は慌てて振り返った。正面よりやや下。そこから朽木さんがノートを差し出していた。
「海燕先生から井上さんのノートを預かったの。遅くなって悪いとの伝言も。どうぞ」
「ありがとうっ!わざわざ持ってきてくれたの?ごめんね、迷惑かけちゃって」
「井上さんが謝る必要なんてないわ。私に迷惑をかけているのは海燕先生だもの」
にっこりと微笑まれたのにつられてにっこりしちゃう。ダメだなぁ、朽木さんを前にするとどうしても緊張しちゃうや。鈴ちゃんもかなり落ち着いてるけど朽木さんは特別な感じがする。きっと隙がないんだ。いつもボーっとしちゃう私からすれば羨ましいな。
「朽木さんは今から帰り?」
「ええ。井上さんは部活?手芸部…だったかしら?」
「そう!みてみてっ、じゃーん!!これが今つくってる作品でーす」
自作の手提げから作品を引っ張りだす。私的には一押しな可愛さなんだけどたつきちゃん達にはイマイチな反応のウサギポシェット。…やっぱり可愛いよねぇ?この耳の垂れ具合とか、おにゅーの四角いビーズをつけた目とか。色も定番のピンクを使ってアレンジも加えてみたのになぁ………って、あれれ?朽木さんが何にも言わなくなっちゃった。
「かっ………」
「か?」
「可愛いっ!」
朽木さんが。あの朽木さんがそう言って目を輝かせていた。
「可愛い?ほんとっ?」
「ええ、とても」
「えへへー」
朽木さんに誉められたよっ。凄いぞ私。
浮かれて自画自賛しているうちに段々と調子に乗っていってしまう。こういう時、私はよく余計な事を言ってしまって後悔するのだけど今日だけはこの性格に感謝した。
「嬉しいなー♪あ!ね、朽木さんが良かったらなんだけど。完成したら貰ってくれないかなっ?」
え。と驚いた顔は私達と何にも変わりがなかったんだ。
15
ガシャン!という派手な音に目をやると紅い髪の幼馴染がバスケットゴールの下で仲間から労われているところだった。3on3のメンバーは恋次以外は違う学年で。転校してきたばかりだというのに、相変わらずの人懐っこさに感心する。声をかけよかとも思うが、何だか近づいても悪い気がするから、そのまま帰ろうと背を向けた瞬間に「おぉい」と声がかかる。
「ルキア!今、帰りか?」
その大きな声に頷く。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ。俺も帰る!」
「何、逃がすか阿散井!逆転してこれからって時に」
「そーだ。勝ち逃げはゆるさねぇぞ。絶対、てめぇのダンクをとめてやらぁ」
帰る。と言いだした途端に、帰るな。の嵐。
先輩達の剣幕にさすがの恋次もおされていて、その場で二の足を踏んだ。コートから一人離れて立っている自分が何だか間抜けだが、このまま歩きだすわけのもいかないだろう。赤く染まった空を見上げ、一歩二歩。
「観戦していってもよろしいですか?」
快く揃ったYESに笑顔を浮かべて、一度も座ったことのなかったベンチに腰かけた。
「寒くね?」
「平気だ。先輩方が呼んでいるぞ。…言っておくが、この1ゲームしか付き合わぬからな」
「おー。すぐに終わらせてくる」
ベンチに放置されていた詰襟が降ってきた。それを顔面で受けてしまい、文句を言おうと取り払った時には相手はすでにコートの中。バシバシと背を叩かれながら、何やら反論をしている。その光景を眺めていると秋の風に身が震えた。用心に越したことはないと、大きすぎるソレを羽織る。
ボールの弾む音。
汗のにおい。
激しく動く体。
そのどれもが縁遠く。そのどれもが羨ましくて。
いつものようにみんなの真ん中で眩しく笑っている恋次なんか置いて帰ればよかったと後悔した。