06



「大変だ、一護!!朽木さんのクラスに転校してきた赤い髪の不良がっ!!!」
「あ、恋次か?」

いつものように。世界の終わりがきたようなリアクションで教室に飛び込んできた圭吾にそう言うと、今度は未知の生物に出会ったような表情を浮かべた。

「?なんだよ」
「お前…。本当に一護か?」
「は?」
「だって俺の知ってる一護はこんな学校の最新情報を知ってる奴じゃないぞ!それにまだ俺が入手していない転校生の名前を親しげにっ!!」
「さっきちょっと喋る機会があったんだよ」
「なにー!!さては朽木さん絡みだからかっ!いくら朽木さんが通ってる病院の息子だからって、幼馴染まで紹介してもらうほど…。はっ!さては一護と朽木さんはすでに、あんな事やこんな事。何でも知ってる深い仲という事かっ!?いやー!高校生のくせにふ――ぐはっ!」
「うるせぇっ!」

ボディに一発。素早く叩き込むと情けない音をたてて圭吾の体が崩れ落ちる。ようやく静かになったとため息をついたら、そんな暇さえ与えずにすぐに震える手が伸びてきて俺の机の端を掴む。わざとらしく恨めしげな視線を寄越す圭吾にくれてやる同情なんか一片も持ち合わせないので、その手すら払い落としてやると「ひでぇ」と抗議の声があがる。

「何度も言わせんなよ。ルキアは俺の親父の患者。そんだけだっつーの」
「それなら水曜に一緒に帰らなくてもいーじゃんか」
「そうしないと親父がうるせぇんだよ」
「遊子ちゃんと夏梨ちゃんもだろ」

そう言って得意げに笑う圭吾を睨むと「なんだよぅ」とすぐに情けない顔をした。この極度のお人よしめ。俺の周りは揃いも揃ってそんな奴ばかりだ。

「一護」
「なんだよ」
「頑張れ」
「………………………………………おぅ」

前を向いた圭吾の横顔から零れる笑顔に眉間に皺がよる。明日、水色は本当に休みなのだろうか。聡い友人達からの質問攻めは一日でも先に延ばしたい。前言撤回は許してもらえないだろうから。黙秘権の行使は考えるまでもない。
とりあえず、今日は水曜日だ。いつものように一緒の帰り道に誘ってみようとHR終了の鐘の音を待った。




"素直が一番"















07



チャイムが鳴り終わった後。俺の名前と共に「後で職員室に来いよ」という言葉を告げて、担任はドアの外へと消えていった。静けさを保っていた教室は一気に決壊を起こし、各々の目的のために生徒達が一気に活動を始める。

「何だ。さっそく何かやったのか?」
「アホ。もうガキじゃねぇんだ、転校早々、担任に呼び出されるような馬鹿やるかよ」

目の前で早々に帰り支度を始めるルキアに軽口を返して、すでに帰ってしまったクラスメイトの椅子を拝借する。いくら小さいと言っても座ればルキアを見上げるアングルになる。昔は見下ろすよりも、こうして見上げることのほうが多かった。背はそんなに変わらなかったが、何かと高いところに登る癖がルキアにはあった。

「帰んのか?」
「いや、病院に寄る」
「………あそ」
「妙な顔をするな。それから早く職員室に行け。先生をあまり待たせるものではないぞ」
「へいへい」

ガタンと席を立つとルキアが隣に並ぶ。ザワザワとしている教室を出て、ザワザワとしている廊下を歩いて、静かな階段の踊り場に出た。目の前で伸びる右と左の分かれ道。誰も歩いていない。

「恋次」
「ん?」

胸の前に突き出される味気のない紙袋。端を丸められたそれを受け取ると柔らかくシットリとしたものが入っていることが分かる。容易い封を解くとコロコロと転がる小さな魚の群れ。あの時よりもずいぶんと綺麗に焼けている。得意げな表情だけ変わらない。

「冷めてる」
「今朝つくったからな」
「…ばーちゃんと同じ味がする」
「企業秘密を教えてもらったのだ」

何で、と思う。どうして、と聞きたい。後悔からこの場に立っているものだと思っていた。ガキの頃の約束なんて破るのは容易くて。記憶が風化するには4年の時は十分だ。思い出を信じ続けるほど子供じゃなくなったのは、俺もルキアも同じだろう。あの時、ここへ残したものを探しに帰ってきたつもりだった。なのに…。頼むから、そんなに簡単に見せ付けないでくれ。

「反則だ…」

志波先生にはもうしばらく待ってもらおう。こんな顔で職員室になんか行けるわけがない。

「早く行けっつったのはアイツなのによー」

挙動不審な生徒に向けられる視線が痛い。だけど動けなくて困り果てる。どうにか顔を隠そうと壁に寄りかかったら、自然と視界が暗くなった。脳裏にさっきのルキアの照れた顔と言葉が蘇ってますます困る。




"おかえりなさい。"















08



水曜は一週間の中でもちょっと特別な曜日。私が献立を張り切って考える日でもあるし、夏梨ちゃんが学校から帰ってもサッカーに行ってしまわない日でもある。お父さんはいつものようにお仕事をするけど、ちょっとだけ早く閉めちゃう時もある。急患さんがいる時は別なんだけどね。
そして今日はその水曜日。
いつもドアの開く音が特別な足音を連れてくるの。

「ただいまぁ」
「お邪魔します」

手に持っていたボウルを放り出してリビングのドアを開けると、そこにはお兄ちゃんとルキアちゃんの姿。二人共ちっとも仲良くなさそうな顔で、仲良く並んで立っているのが不思議で自然。にっこり私が笑えばルキアちゃんも笑う。

「お兄ちゃん、ルキアちゃん。お帰りー!」

お隣の病院じゃなくて、家にルキアちゃんが来るようになって2年くらいになる。最初はお客様って感じだったんだけど今ではすっかり家族みたいなんだよ?うちにはルキアちゃん用のエプロンだってあるんだから。そのウサギのアップリケのついたエプロンをしながら、私の隣に立った。

「今日はなんなのだ?」
「ハンバーグとサラダ。後、コーンポタージュだよ」
「そうか。ではサラダは私が担当しよう」

ルキアちゃんの隣で私はこの一週間にあった事を全部、全部話す。私の隣でルキアちゃんは時に楽しげに、時に悲しげに一生懸命私の話を聞いてくれる。それが嬉しくて。つまみ食いするお兄ちゃんを一緒に怒るのも楽しくて。この時間はお鍋の湯気がとても暖かいんだ。
だからかな。楽しい時間なのに、ちょっと寂しいのは。早く「ただいま」って言ってくれればいいのにって、困らせたくなるのは。




"ずっと待ってるの"















09



ハンバーグの焼ける食欲を誘う香と共に出来上がっていく食卓。その華やかな香とメロディに釣られたかのように、今日も元気なおじ様が帰宅したようだ。一護の怒鳴り声と夏梨の冷ややかな声が台所にまで響いて、遊子と二人で笑いあう。

「できたよー」
「トマトケチャップねーぞ?」
「私、とってくるよ」
「今日も美味そうだな!」
「ほら湯のみ寄越せ」
「いただきます」
「算数のテストがあってさー」
「ふぅん」
「よし!父さん歌っちゃおう!!!」
「何でだよ」
「明日は…」

賑やかな食事の後片付けを終えてから、ひんやりとした診療室に入る。一通り見てもらって、いつものように笑顔で「異常なし」と告げるおじ様にお礼を言うと「いつでもおいで」と頭を撫でられた。「はい」と私は暖かな嘘をつく。
診療室のドアを出ると私の鞄を持って立っている一護がいた。

「一人で大丈夫だ」
「親父達の文句を聞くより、送って行くほうが何倍も楽なんだよ」

目の前に控えている中間テストの話なんかをしながら、自転車の後ろから夜空を眺めた。今夜は曇っていて星が見えない。大きな月だけが時々、こちらを覗きこんでいた。

「んじゃ。戸締り気をつけろよ」
「分かっている。毎回、同じ言葉ばかり言うな」
「………」
「ん?何か言ったか」
「なんでもねえっ!!!」
「たわけ。夜だぞ、大きな声を出すな。ん?顔が赤くないか?風邪でもひいているんじゃないだろうな」
「違ぇよ…。いいから。さっさと上がって、風呂入って寝ろ」
「ああ、今日もすまぬな。気をつけて帰ってくれ」

闇に紛れてしまうだろう一護に別れを告げて、明かりのついていない部屋へと足を運ぶ。今日も楽しかったと笑顔で扉の鍵を回し、廊下の明かりを灯す。来週は何を作るのだろうかと思いながら、テレビのスイッチを点けた。ソファに座り気に入りのヌイグルミを抱き寄せる。
早く水曜日がくるといいと瞳を閉じた。




"寂しいんだ"















10



「ちくしょ…」

ルキアの部屋に明かりが点いたのを確認して自転車を漕ぎ出す。ちょっと古くなった自転車は漕ぎ出す瞬間にギィと文句を言うので黙らせるために普段よりも強めにペダルを踏む。
胸のうちに言いたいことはもう実っている。
だけど、彼女は受け取らないだろう。

「何で、言わねぇんだよ!」

一言だ。一言でいい。それを待っている。
強要できないその一言を。
それを口にした時、彼女の何かが壊れる。
それを受け入れる覚悟もある。

「あせんな…」

言い聞かせるように呟く。遊子や夏梨だって分かっているじゃないか。
嗚呼。

「めんどくせぇ…」

思い立ったら行動型の自分にはむかなすぎる。何でルキアなのだと思う。アイツなら恋愛感情なんてものなくても、きっと傍にいれるだろう。短気だけど、いい奴だから。むしろ、そんな感情ない方がずっと上手く付き合っていける。それなのに、なんで。

『だから、病って言うんでしょ』

やたらリアルに明確に。したり顔の友人の言葉が脳裏に浮かんだので、思いっきり夜空に吠えてみたら。どこかでわぉんと犬が共鳴した。




"馬鹿野郎っ!!!"



[19.5.1]