01



今。何と?と呟いた私の声は先生に届くことはなく、明快な言葉の波に飲まれてしまった。その言葉の波は私の声を掻き消しただけでは止まらずに、続いて私を混乱の渦へと引きずり込もうと次々と打ち寄せ続ける。生意気だよなぁ。と続いた会話が、自分にかけられたものでなかったらどんなにいいかと思った。

「うちの編入試験は落とすためにあんのに、合格の上、好成績なんだよ、コイツ」

教壇に立つ者として適当か悩む発言をしながら、ペシペシと志波先生は一枚の書類を叩いてみせる。どうやら、そこには難関と名高い県下で指折りの進学校であるうちに、時期外れの転校をしようという変わり者のデータが事細かに載っているらしい。はたして、一生徒でしかない私が聞いてもいいものか判断に困る事柄まで読み上げられていく。そして、全くありがたくないことではあるが、読み上げられる事柄の幾つかが私の危惧がいかに正しいかを裏付けてくれた。
あの名前を聞いてしまった時に万に一つの確立以下だと分かってはいたが、同姓同名であるかもしれないという一縷の望みは完全に絶たれつつある。
………奴が帰ってくるのだ。

「あの…」
「あ、何だ。コイツ、昔こっちにいたのかー」

再び。私の声は先生に届かない。
何かと熱心な志波先生は良い教師であると思う。若いのに教え方は上手いし、砕けた性格は親しみすい。その上、頼りにもなるし面倒見も良い。本当に良い教師だと思っている。

「せん…」
「じゃ、お前知ってるだろ?」
「は?」
「小学校一緒だしさ。丁度良かった、よろしく頼むわ。いくら住んでた街だって言っても、転校っつー新しい環境は緊張するもんだろうし。慣れるまで転校生の面倒見てやってくれよな!」

いい解決策が見つかったと確信した笑顔で、私の肩をポンポンと二回叩いてから「んじゃ、明日よろしく」と先生は告げた。私はその笑顔に思わず、はい。と答えてしまう。………いつも。職員室の戸を引いたら、何だかため息をつくのが許されたような気がして、盛大についてみた。
志波先生は良い先生だ。尊敬もしている。しかし。

「あの勢いはどうにかならないだろうか…」

約半年間、様々な用事を押し付けれてきた身としては切実だった。もう一度だけ、昇華されることのないため息をつく。言いたかった言葉は胸に仕舞いこんだ。代わりに先生から渡されたメモ用紙を取り出す。そこには電話番号と住所。そしてその上に性格がよく現れた大らかな文字で書かれた『阿散井 恋次』。
昔、よく変な名前だと言っていたものだが、今見てもやはり変な名前だ。ちょっと言ってみたけれど、聞こえてくる筈の憎まれ口は忘れてしまっていた。




"Warning! 狼が来たぞ…?"















02



「何。あの転校生」
「あー。阿散井君?」

胸中で呟いただけ言葉をどうやらしっかりと発声していたらしく。話しかけられたと思ったマハナが律儀に振り返って、こちらに顔を向けるよう座り直すとズイと身を乗り出し、頭に手をやる仕草の後に会話を続けた。

「小学校6年だったかな、それくらいに家庭の事情とかいうやつで転校していくまでこっちいたんだよ、あの人。しっかし、相変わらず目立つ奴だわー」
「あれ、地毛?」
「らしいよ。少なくとも小学校の時からあの色だったし」
「そりゃ苦労しそうね」
「あー、確かにしょっちゅう喧嘩してたけど。殆ど返り討ちにしてたみたいよ?」
「そんな感じ」
「同学年や下級生からは人気あったけどね」
「ふぅん」

適当に相槌をうって視線を阿散井君とやらに戻す。
私の幼馴染と同じくらいに目立つ髪を長く伸ばした外見は、完全に周囲から浮いている。その上つい数時間前にクラスの一員となったばかりの筈なのに、すでに我がもの顔で数人に囲まれ談笑しているのは過去の武勲のお陰だろうか。おそらく、マハナと同じで小学校が一緒だったのだろう。違うクラスの奴も混じっている。

(なるほどね)

好奇心からその様子を遠巻きに眺める一員となりながら、今度こそ胸中で呟く。

「同じ小学校か…。うぅん、いくら見ても朽木さんと仲が良かったタイプには見えないんだけど」
「えぇ?仲良くなんかなかったよ、むしろ犬猿?」
「はぁ?仲良くないなら、なんで自己紹介の終わった後すぐに話しかけに行くのよ」

頬杖をついていた手を外し、目を丸くして言うと「そんなの知らないよ」とマハナが口を尖らせて抗議する。それは…まぁ、そうだろうけれど。一瞬だがクラスを震撼させた出来事に答えがついたと思ったのに。
チラと斜め前を盗み見ると綺麗な紫色の瞳は黙々と活字を追っている最中だった。
朽木さん。我がクラスの委員長にして、入学から現在まで首位をキープし続ける秀才。制服を規定どおりに優雅に着こなすその容姿は、仲良くなりたいが話しかけられない男子を大勢製造する。いくら小学校が同じでも、この年齢の異性が仲良くなかった人の所へ一番最初に声をかけにいくものだろうか。

「ねぇ、それってさ」
「うん。今思えば犬猿っていうより猫とネズミ?」
「………朽木さんって鈍いよね」
「そりゃあもう。筋金入りに」

小・中・高と同じ学校の女子に鈍いと認定された少女に恋する男の子は大変だ。と合掌してあげる。もちろん胸中だけで。頭の隅でオレンジ色が点滅したので、ついでに幼馴染のぶんまで合わせた。




"喧嘩するほど何とやら"















03



「あいつ。誰だ?」

第一声がソレだった。
携帯を閉じるフリをして呆れた表情を隠してから、いつもの笑顔をつくりあげる。そしたら出迎えてくれたのは横顔だけで、呆れた表情を隠せなくなってしまう。ほらね。だから言ってあげてたのに、君がはぐらかしてばかりいるからだよ。友達の忠告を聞き流すから、今更焦る羽目に陥るんだ。

「阿散井君。今日からうちのクラスメイトだよ」
「へぇ。それが何でルキアと一緒に廊下歩いてんだ?」
「彼、小学校の時までこっちのほうに住んでたんだって。朽木さんを含めて何人か知ってる人がいるみたいでさ、案内係の白羽の矢がたったのが彼女」
「ふぅん」

僕のほうを殆ど見ようともしないで、廊下の曲がり角に消えていく二つの背ばかりを追う視線に苦笑。この友人の愛すべき真っ直ぐな気性は、時にじれったすぎて少しイライラさせられる。そんなに気になるのなら、追いかけていけばいいのに。そして、案内なら同性もいた方がいいとか何とか適当に提案して、彼女の隣を主張してくればいいのに。
一護はそんな事、思いつきもしないんだろうけどさ。

「で。何の用?」
「ん?」
「3つ隣のクラスから来たんだから、何か用事があるんでしょ?」
「あーーーーーー。いや、別に、そうじゃねぇんだけど」

困った顔をして、頭を掻く仕草にちょっとだけスッキリする。教科書でも何でも忘れたふりをすればいいのに、どこまで正直者なんだろう。仕方ないから意地悪はもう止めておこうか。本音を言うと仕返し足りないのだけど、失恋を慰めるのは啓吾だけで十分だからね。

「はい。コレ」
「…なんだよ」
「今日中に提出のプリント。朽木さんに渡すの忘れちゃってさ。僕、今からマリエさんとデートなんだ」
「だから、なんだよ」
「渡しておいてよ。じゃね、また明日〜」
「おい!水色!」

振り返らないから舌打ちする姿は見れないけれど、きっとすぐに教室を出て行く後姿とセットで想像できる。お膳立てをしてあげたのだから、後は一護の力量次第。そこまで世話を焼くつもりはないから、校門を出たところで、校舎を振り返り笑った。




"馬に蹴られるのだけは、嫌"















04



随分と間が開いてしまった顔から零れた。子供の頃と変わらない笑顔に、腹が立つ。

「…それで、あそこが食堂だ。分かっただろう?」
「いいえ。まったくワカリマセン」

校舎を一通り周り、逐一設備の説明をしてやったというのに、ケロッと目の前の男はそうぬかした。その態度にまたカチンとくる。昔からそうだ。こいつはやけに癇に障ることばかりをしてくれた。

「何が分からぬというのだ?」
「何で怒ってんだ、お前」

怒る?とんでもない。単に腹立たしいだけだ。

「別に怒ってなどおらぬ。ただ、四年間ほどただの一枚の葉書すら寄越さない奴に、再会した早々に馬鹿にされた事以外、今日はいい日だからな」
「やっぱり怒ってるじゃねぇか」
「誰のせいだ」

そう言って睨みつけると、う。という表情を作り明後日の方向を恋次が向く。そして、チラとこちらを一度見て、私がまだ睨んでいると分かると再び同じ方向へと目をそらした。ああ、この仕草にもカチンとくる。どこまで私が知っている動作をすれば気が済むのだろう。昨日は声すら思い出せなかったのに。

「えぇと。ルキア?」
「言い訳や謝罪の言葉ならいらぬぞ。貴様から貰っても薄気味悪いだけだ」

困れ。
こういう風に先手を打てば、言う言葉がなくなったお前は終いに怒り出していただろう。そこをからかってやる。図体ばかりでかくなって。とからかってやる。ガキの頃とちっとも変わっていない。と今朝のお前の言葉を返してやろう。
そうすればこのイライラも少しは収まるに違いない。

「ただいま」
「………」

少し大人びた笑顔に「遅いのだ、たわけ」としか言えなくて。やっぱり腹がたった。




"絶対にまけるものか"















05



「あ、いたいた。ルキア!探したぜ」

人の波を縫ってやってくる、やけに派手な色の頭をした男子生徒。そいつの姿を認めてルキアが「一護」と呟く。その気軽さがちょっと気になった。ルキアの前まできたそいつは一枚の紙を軽やかに渡す。

「これは?」
「水色に押し付けられた」
「小島に?…なんだ、進路希望調査票ではないか。提出期限は明日だぞ。小島は明日休みか?」
「………(あのやろう)。と、とにかく渡したからな」
「ああ。わざわざすまなかったな」

短い会話が終わるとブラウンの瞳がこちらを向いた。俺よりも下の位置にある視線に込められた微妙な色に、何となく感じるものがあってルキアに視線をやる。学証のカラーから同じ学年である事と、一度見たら忘れないだろうオレンジ色の頭から同じクラスでないのだけは確かだが、それだけしか分からない。俺の視線の意図を汲み取ったルキアは「あ、すまぬ」と言うと俺達の間に立った。

「恋次。こやつは黒崎 一護。中学校の時の腐れ縁だ。で、一護。こやつは阿散井 恋次。小学校の時の腐れ縁だ」
「「おい。ちょっと待て」」

ひょいひょいと軽く左右に手を振っただけの紹介に声が揃う。

「全然、わかんねぇよ。もっとマトモな紹介があるだろ」
「はしょんな、何だそのカッコでくくったみたいな説明は」

左右から同時に降り注ぐ不満にルキアは目を丸くして。いささか不満げな表情を作り出したので、すぐに小さな口から倍の減らず口を飛び出させるのかと思ったら、への字に曲げた。

「…何だか似ているな、貴様ら」

似ている。俺とコイツが?
思わずあわせてしまった目が気まずい。

「お。チャイムだ。行こう二人とも。5時間目に遅れるぞ」

そう言って一人スタスタと歩き始める小さな背に、重なる記憶。ホント変わってねぇよと呟くと隣で黒崎が苦笑した。同じように腐れ縁と称されたからには、二人には何かと付き合いがあるのだろう。そして、今の反応で覚えた親近感。似ているといわれたのは、そこらへんだろうか。とりあえず何だかひたすら自己完結なルキアを当てにするのは止めて、新しい環境に馴染む努力を始めてみた。




"よーーーい。ドンッ!"



[19.1.10]