恋してあげるから、話さないで。
今は動かない。弾力のあるくせにやけに柔らかい感触の。赤い唇を己が指でこじ開け、その口内へ丸薬をぽとりと落とし込む。その瞬間、先ほどまで命の欠片も見当たらなかった美しい体に鼓動が生まれ、白い咽がコクリとなった。
ビッシリと生え揃った睫がゆっくりと持ち上げられ、紫光の瞳が現れる。
「どうだ?どこか体に違和感を感じないか?」
体を起こした義骸に向かって阿近は問う。製造過程・数値・外見上からは何一つとして問題点は無い。元々、完璧主義の阿近が普段の100倍は気を使って作り上げた義骸だ。確実に完成された義骸であるのだが、コレに入る者の事を思えば完璧に完璧を重ねても足りはしなかった。
ゆっくりと薬と機材と光源、それと阿近しか存在しない白い箱のような部屋を義骸がゆっくりと見渡す。現状を確認し終えた義骸は再び瞳を閉じ、逡巡したような様子を一瞬見せた後、再び瞳を開きそれでシッカリと阿近を捉えた後に「いえ。問題ありません」と答えた。
「そうか」
当然の答えに阿近はただ頷く。義骸試験プログラムは阿近が組んだものであるから、そのプログラムに何ら異変がひっかからないのは当然の話だ。参考になぞならないが、一応、義骸製作上定められている試験なのでやっておかなくては死神へと支給されることはない。
それでは困る。この義骸は確実に支給されなければならないのだから。
「大体、アレをこんな偽物に押し込めるのさえ罪だ」
はき捨てるように行った言葉は義骸と阿近の耳にしか届かない。朽木ルキアを再び現世に派遣するなどと誰が決めたというのだろうか、阿近の許可もとらずに。あらゆる阻止の手段を考えたが、ルキア当人に邪魔をするなと言われては実行するわけにもいかなかった。
残されたのは義骸製作のみ。
義骸に入れるのすら嫌悪を抱くのに、その義骸が己以外の手で作られた物なぞ論外だ。以前、ルキアが入っていた義骸はありとあらゆる技術が結晶された素晴らしい物であったが、それがルキアを消滅させるかもしれない物であった事。また長時間ルキアが入っていたことを思えば即滅却したのは正しい処分だ。
ルキアに触れるのは自分だけでいい。
「メイカー?」
ルキアと同じ声で義骸が疑問を投げかける。その問いに答える必要は皆無。その細い肩を無言のままに抱き寄せた。抵抗もなく自分へと近づいてきた唇に口付ける。
柔らかな唇を噛んで、歯を舌でなぞった後に口内をかきまわす。舌で舌を絡めとって、吸い上げると、義骸が「ん」と苦しげな声を漏らした。そのまま貪れるだけ貪ってから唇を離す。ツと銀色の筋が口から漏れた。
何も感じはしない。
今、触れた肌も髪も唇もルキアを完璧にコピーしたものである。実際に触れ、味わってみたが記憶している感触と何らかわりはなく。作品としての完成度の高さを実証付ける。
目の前にいるのは完璧なるルキアの複製。
ルキアであってルキアでないもの。
ルキアと同じ形をとり、ルキアと同じ声で喋る人形。
身体的特徴は何一つルキアとは変わらない。
性格プログラムもルキアのパターンを正確にトレースすれば、精神面ですら変わらなくなるだろう。
それではルキアとは何だろうか?
「知れた事」
阿近は降らない思考を呟き一つで捨てる。
例えば至高の紫光を放つ瞳。
例えば絹糸のような緑の黒髪。
例えば赤く熟れた果実のような唇。
例えば静寂を与える声。
例えば理知的な思考。
例えば鍛えられた精神。
例えば軽やかな肉体。
例えば神に愛された存在。
そんなものはルキアが持っているのは当たり前。ルキアならば持っているべき物だ。考えるまでもない。一つとしてルキアを語る材料にはなりはしない。
ルキアは光。
阿近が求めて、憧れて、渇望してならないもの。その一筋さえ逃しはしない。否、逃せない。逃れられないものだ。そして、この偽者にはそんなものは一片たりとも存在していない。
完璧なる偽者。
「…そうだな、事が済んだら保存しておくのもいいかもしれん」
ルキアに触れるのは自分だけでいい。
ルキアが触れるのも自分だけでいい。
義骸が触れたものは、ルキアが触れたものではないのだから。
「強度を見直す必要があるな」
機材と一緒においてあった黒いグローブを手早く嵌めて、義骸の額に押し付ける。阿近には何の衝撃もなしに、義骸の後頭部からコロンと一粒の丸薬が抜け落ちた。それを摘んで、プログラムの修正箇所を考えながら白衣のポケットへと仕舞う。
やることが増えた割りに、時間がないのに気が付いて阿近は眉根をよせた。
うちの阿近さんは義骸は道具だとしか思ってないようデスネ。ちょっと有益価値を見つけてご満悦。自分が何日もかけて作り上げたというのに、ただのエプロンみたいな感覚だ…。
義骸が話そうが話すまいが、義骸は義骸。
ルキア自身に近づけば近づくほどその差が明確に現れるんで、喋んないほうがまだマシだ。というのが書きたかったのです。ムリだったけど…。