ひとりぼっちだけからあなたを嫌う。
珍しい現場に居合わせた。と、壁の内側から外の様子を伺う。この部屋は、ここ数年使われていないものばかり―――つまりは粗大ゴミばかりが詰め込まれた倉庫。サボりがばれることのないこの部屋の外で何やら揉め事が起きているようだと気づいたのは1分前。それが、よく知る後輩のものだと気づいたのは30秒前。ゴソリと起き抜け通常よりも随分と高い位置にある窓をそっと開く。顔を出すと案の定、目立つ赤い髪が見えた。
あーあ、可哀そうに。と胸中で呟く。阿散井は冷静さを失っているらしく目の前の相手に詰問を繰り返している。そう怒鳴っては言いたいことも言えないだろうと、どれだけ怒鳴られようとも微動だにせず、阿散井を冷静に見つめ返している小柄な女を見た。努めて冷静に対応する様子に、もしかしたら可哀そうなのは阿散井のほうなのかもしれないと思いなおした。熱い赤い瞳に対して、紫色の瞳は冷たく感じる。
「もうこの話は終いにしよう。これ以上、貴様と私では根本的に意見が違う。これ以上は時間の無駄だ」
「待てよ、ルキア。俺の話は終わってねぇ」
「時間の無駄だ。と、言ったのが聞こえなかったのか?」
「っ!どうしてテメェはそうなんだっ!!!」
阿散井が振り上げられた拳を壁に叩き付ける。朽木はそれを冷たく見つめたままだ。
終わったな。と思う。
「もういい、知るかっ!テメェなんか!!!」
吐き捨てるようにそう言うと、阿散井が背を向けて立ち去る。
その瞬間を見たのは俺だけだったろう。あいつは気づかずに行ってしまった。背を向けられた瞬間に、朽木の瞳が酷く揺れ。小さな手は僅かに空を掴んだ。
その色を見た瞬間、思わず苦虫を噛み潰した。あの派手な頭を思いっきり殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。しかし、それは度が行き過ぎたお節介であることも同時に自覚した。無視だ、無視。俺には関係のないことだと決め込んで違う所へ足を向けた。その瞬間に目の前に浮かんだのは揺れた瞳。
それがやけに鮮明に浮かんだものだから、無視することは不可能だった。えぇい、畜生。面倒な事は嫌いなんだ。とそれに向かって文句を零してから、赤い色を追った。
「珍しいな、こんなところで会うなんて」
「あ、お久しぶりです」
ポンと肩を叩くと振り返った顔は驚きを見せ。そして、ペコと軽く頭を下げた。派手な着流し、するどい目つき、額や体にいれられた黒の刺青。どっからどう見ても、チンピラにしか見えないのに、意外と真面目な後輩はこんな街でも礼儀を忘れる事が出来ないらしい。
どこまでも不器用なんだと、いつもは好ましく思う性分にさえ今日は毒づきたい気持になる。しかし、それを器用に胸のうちへと押し込んで俺はいつもの調子を引っ張りだした。
「そんな立派なガタイで浮いた噂を一つも聞かないから、てっきり趣味がアッチなのかと思ってたぜ」
「やめてください」
心底嫌そうに答えた阿散井の肩を組む。
「で?女に目覚めた感想は?あ、もしかして今からか?だったら、いい店紹介するぜ」
「いえ、俺は…」
「帰りか?なら、一件くらい付き合えよ。時間あるんだろ?」
阿散井が黙り込んでしまったので、答えが是であると先輩権限で判断する。スタスタと先を歩き始めると着いてきた。無言のままやってきた道を戻り、先ほど阿散井がしばらく迷った後に潜るのを止めた店の戸に手をかける。同時に阿散井の歩みをピタリと止まった。
「どうした?」
「すんません。俺、帰ります」
それだけを言い、くるりと向けられた背に馬鹿。と小声で言ってやった。そのまま戸を引き、酒だけを買い求める。遊んでかないのかい、と義理で掛けられた言葉と店に漂う白粉の香りに未練を覚えないこともなかったが、とりあえず軽口で返す。次の事を口約束だけして店を出、先を行く後輩の霊圧を捉えると思ったとおりの方向へ向かっていた。野郎のために無駄な体力は使いたくないと思うが、心情とは反対の行動を起こし何度か叩いたことのある木戸を叩くとまた阿散井は驚いた顔をした。男の驚いた顔なんてちっとも嬉しくないものだ。
「付き合えって言っただろうが、俺は。入れろ。特別に酒は調達してきてやった」
「は?」
「遊ぶつもりだった金で、ちょっといい酒を買ったんだよ」
店でに買った酒瓶を掲げてみせる。そこにある銘柄は飲みやすく、味も良いが、度数の高いことで有名な酒だ。いまいち、状況についてこれていない阿散井は入口でつったまま生返事しかしない。
「つまみは食えりゃいいから。お前が用意しろ」
「え、ちょ…」
ほぼ押し入る様に入ると部屋は、片付いていた。
否。片付いているというより、散らかす物がないといったほうが正しい。箪笥の上に並べられたサングラス以外は、生活に必要な物しか置かれていない。相変わらずの殺風景さに諦めと感心をない交ぜにした溜息をついて、押し入れから無断で座布団を引っ張りだすとその上に座った。ほどなくして、適当なものを見つくろってきた阿散井がつまみと杯を持って向かいに座る。無言で杯に酒が注がれ、俺はそれを無言で飲みほす。重い空気でも美味い酒は美味い。どうでもよい話を聞かせ、よい円滑油となってくれる事に期待して同じ酒を阿散井の杯にも注いだ。
「それで、どうしたんだよ」
「………」
夜も深まった。口ごもる阿散井の傍らには、つまみがのっていた皿と空となった酒瓶が転がっている。酔いも深まった様子に朽木の事をきりだしたが、随分と飲ませたにも関わらず、未だに肝心な部分を話そうとはしない。いい加減、焦れてきた俺は単純な質問を繰り返した。
「黙ってちゃわかんねぇよ」
「………………」
「お前の様子が変なのは分かってんだ。それが朽木絡みなのも、な」
「………………」
「言う気がねぇの?」
「………………」
「なら直接、朽木に聞くぞ」
「怒鳴って、壁を殴りました」
意外に強力な脅しに、後輩はあっさり告白した。
ようやく折れた阿散井にため息をつ
き。溜まっている物を全部吐きださせるため、更に酒を追加する。それを掴んで一気に飲み干した様子に明日は叩き起してらなければならないかもしれないと思う。
「なんで」
「…あいつ何も言わないんス。どう見ても何かあったのに、絶対に助けを求めてるはずなのに、何も言わないんスよ」
「些細なことでキャンキャン喚かれるより、よっぽどいいじゃねーか」
「いいわけないじゃないですか」
「どうしてだ?」
「俺が助けるって言ってるのに、あいつはアッサリいらないって言うんですよ」
「いらない。って、言ってるならいいだろ」
「だから、よくないんですよ。ルキアは一人で何でも背負って立とうとするけど、そんなに強くない。俺は、それを知ってる」
カタンと音をたてて、杯が床に置かれた。
「俺がいるのに、俺に助けを求めない。一人になろうとするんです。あいつ」
グラリと赤い頭が揺れて、阿散井が床へと倒れこむ。
「俺、そんなに頼りないんスかね?俺はいつだって、ルキアを助けたいと思ってんのに、護りたいと思ってんのに………。家族だろ?」
そう言って、ようやく阿散井は瞳を閉じた。
最後の俺に向けられたのではない言葉には驚いた。
「嘘だろ?」
この男は、朽木に対する思いを家族愛だと思っているのだろうか。
「信じられねぇ」
どこの世に、どんな時でも家族の姿を確認しようと視線を走らせる男がいるのだろうか。家族に対する当て付けで女遊びをしようとする男がいるのだろうか。本気で信じられない。
「マジ?」
目の前で暢気に眠っている男に思われる女を思う。
小柄で、紫色の瞳が印象的な綺麗な女。
強気な態度も、何者にも屈しようとしない光も、一人に耐える横顔も、俺には好ましく映っている。
「貰っちまおうかな」
前に遊び半分に手を出そうとして、引っ叩かれたのを思い出す。そして、その次の日に出会ったとには無視されるものだと思っていたのに、前と変わることなく丁寧に挨拶を寄こしてきた事も。
「気がつかないお前が悪い」
朽木も阿散井と同じように思っているのに。ただ、阿散井の負担になる事だけを恐れているのに。阿散井は立つ場所を間違っている。
一人にしたくないと願いながら、一人にしているのはこいつ自身だ。
「その点、俺は一人になんかしないしな」
きっと、朽木が望んでいる物も何一つ与えられないだろうけど。と、薄く笑いながら、最後の杯を空にした。
恋ルキ。と、みせつつ、修→ルキ?
一人=心の壁ってことで。
過去のネタをリサイクル。今だと絶対にやらない…というか出来ない設定。身勝手のネタを読み返すとこの頃は色んなキャラクターについて考えていたんだなぁと実感。今は確実にルキアでしか考えていない…。
[19.5.27]