そんなものいらない。愛だけちょうだい。



これは願い。 これは欲。 これは望み。 これは渇き。 これは夢。 これは憧れ。 これは嫉妬。 これは喜び。 これは痛み。 これは甘く。 これは苦い。 これは叫び。 これは大粒の涙。 世界が、揺れる。
嗚呼、これを恋と呼ぶのならば。
僕は。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



さり気なく、できるだけさり気なく。いつもの通りに。
少しでも落ち着こうと湯飲みを手に取る。しかし、それが軽いことに気がついて、日番谷は眉を潜めた。

「遅いな…」

いつもならばとうに来ている時間。いや、特別に約束をとっているわけではない。ある日をきっかけに、月に一度のこの日。二人でお茶を飲みつつ、話をするのが習慣となっているだけの話だ。 仕事柄、急な用事が入り流れることもある。しかし、生真面目なルキアはそういった場合、必ず連絡をくれていたのだが…。
まさか忘れているのだろうか。それとも来るのが嫌になったのだろうか。前回、知らぬうちに自分は何か失敗を犯し、それを怒っているのかもしれない。

「はぁ」

本日、3度目のため息が漏れた。待てば待つほど、思考がマイナスの方向に傾く。それで悩むくらいなら自分で迎えに行けばよいとは思うのだが、いらないプライドが邪魔をしてそれも出来ない。

「一日千秋とはよく言ったもんだぜ」

一日どころではない。一時だって、彼女を待っている時は長い。簡単に己が脆くなるほどに。

「アホらし…」

いい加減、気持ちを切り替えて職務に戻る心を決める。しかし、やはり未練が残るもので、お茶をもう一杯だけと店員に注文しようと面を上げたところで、霊圧を感じた。
息を弾ませ、店内に入ってくる姿を捉える。自分を探して店内をキョロキョロとする仕草が嬉しい。しかし、日番谷はルキアが店内に入ってきたことを気がつかないフリをして、しばし待つ。

「あ」

と、たった一言。それが少し弾んだように聞こえたのは己の希望のためだろうか。

「日番谷隊長。すいません、遅くなりました」

待ち望んでいた声が耳に響く。
走ったためだろう。頬にいつもより赤みがさしていた。

「そんなに待っちゃいねーよ。座れ」
「はい。失礼します」

ルキアが連れてきた太陽の香りと、甘い香りが鼻腔を擽る。その香りに酔いながら、初めて会った日と変わらない所作でお辞儀をする彼女を眩しく見つめた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「お困りですか?」

柔らかな声と共に現れたのは、桜が裾にあしらわれた着物を纏った華奢な女だった。
その時、不覚にも日番谷は困り果てていた。隊長に就任してから、数ヶ月が経った日。その日は貴族であり、8番隊隊長でもある京楽に食事を招かれていた。 しかし、激務に追われる隊長職にそうそう丸一日の休みがおりる訳も無く、執務を終えてからの宴となった。普段ならば、約束の時間に間に合うかどうかという時間にしか仕事が終らないのだが、 その日は幸か不幸か、平素よりもずいぶんと早い時間に仕事を終えることが出来た。久々に得た空いた時間。有効活用せねば勿体ないと瀞霊廷内で桜が見事で有名な神社まで脚を伸ばし、 その美しさを満喫していると子供の泣く声に気付いてしまった。

(まいった)

それが迷子を前にしての日番谷の正直な感想だ。尸魂界に辿り着いてからというもの、日番谷は自分より年上ばかりを相手にしてきた。そして、それを打ち負かしてここまで登ってきた。 よって自分を下と見る相手への対応は嫌というほど身についている。しかし、自分よりも年下の相手は殆どしたことが無い。ましてや、泣き喚く子供の世話など論外である。

(どうしたらいいんだ?)

先ほどから宥める、あやす、物でつる等の思いつく限りを試してみている。しかし、目の前で涙を流す男の子には効果はないようで、すでに半刻もの間、母を求めて泣き続けていた。

(約束の刻限も迫ってるっていうのによ)

隊長に就任したばかり。その上、前代未聞の最年少の隊長である。他のものに媚びるつもりも、負けるつもりも無いが、年齢の事で舐められるのだけは我慢がならない。 だからこそこの数ヶ月間、誰よりも完璧に職務をこなしてきた。今回の宴は職務ではないが、他の隊長格も招かれていると聞いている。遅刻は避けたい。
かといって、着物をしっかりと握って離さない子供の手を振り切ることも日番谷にはできなかった。

「どうしたもんだか…」

額に手をやり考えこむ。眉間の皺が普段より一本増えたところに声が降って来た。

「お困りですか?」
「お前は…」

その女には見覚えがあった。言葉を交わしたことはないが、幾度か隊舎で姿を見ている。十三人いる隊長の中でも最も有名であろう人物。六番隊隊長・朽木白哉。 その義妹、朽木ルキアがいつの間にか桜の木の下に立っていた。

「お困りですか?日番谷隊長」

再びルキアが問いを重ねる。
思わぬ人物との出会いと、自分の失態を前にどう答えたものか日番谷が答えあぐねているとスッとルキアが近づいてきて尋ねた。

「迷子ですか?」
「あ…ああ。そうみたいだ。さっきから何をやっても泣くか、母親を呼ぶかしかしなくてな」
「そうですか」

そう簡単に答えるとルキアがスッと子供に向き合い右手を軽く上げた。

「?」

未だに動揺していたのだろうか、それとも貴族の娘がそんな事をするはずのないという思い込みがあったのかもしれない。まぁ、理由なんてどうでもよく。 重要なのはその時の日番谷にはルキアの行動の意味がわからなかったということだ。
パシンと乾いた音が鳴る。

「!?」

突然頬を叩かれた子供は頬を押さえて呆然としている。当然だろう、帯ひとつとっても上等の物を身につけている。貴族の子供だ。 大人たちに庇護され、甘やかされる生活を送っているに違いない。泣いているところを打たれ事があるとは夢にも思っていなかったはずだ。
子供が叩かれたと気がつく前にルキアは素早く目線を合わせ、両手で優しく頬を包み子供の頭を固定した。

「坊主。名は?」
「あ…杏里」
「杏里。お前の母親はどうした?」
「お…お母さんは。さっきまで一緒にいたのに、なのに…うぅ」

その言葉で再び心細くなったのか、子供は再び涙を流し始める。

「大丈夫。大丈夫だ、杏里。安心していいぞ。だから、ゆっくりで構わぬ。母親がどうしたか、私に教えてくれ」
「う、ひっく。ひっく…僕、鳥居にきたんだ。お母さんがココにいなさいって言ってて。でも、お花が綺麗だから、かあさんにあげたくて。一番、綺麗なやつ。探してたら、も…もとの場所がわ… わかんないよっ。お、お母さんのところにか、帰りたいっ」

そこでルキアが微笑み。子供の背を抱いた。
その仕草に見ほれたことに日番谷が気がつかなほど柔らかに。

「よく一人で頑張ったな。心細かったろう?今、母親の元に連れて行ってやるから安心しろ」
「ほ…本当?」
「ああ、本当だ。だから泣き止め」
「う、うん!」

そう言って子供がニッコリとルキアに笑い、その手を取る。小さな手をルキアは優しく握り返し、再び日番谷のほうへ顔を向けた。
その瞳を見てようやく日番谷は我に返る。

「あ…。その」
「クス。京楽隊長の邸宅はここを真っ直ぐ抜けていくと近道ですよ」
「なんで…」
「さぁ、何故でしょうね?…それでは、私はこれで失礼します。日番谷隊長、桜に酔わぬようお気をつけて」

そう言ってルキアが目を伏せ、頭を下げる。
優雅に。
美しく。
桜に浮かされたようにその光景は日番谷の瞳に残った。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



今になって思えば完全な一目惚れ。
その翌日、偶然隊舎で見かけた時に神社での礼を口実に茶屋に誘った。ルキアは大した事はしていないませんと丁寧に断ったが、多少強引な事を言って茶屋に連れてきた。 それからだ。この習慣が始まったのは。

回数を重ねる毎に知るルキアが新鮮だった。
初めは人形のように思っていた。
桜の下にいたそのままに美しい彼女が微笑んで目の前にいるのが嬉しかった。
しかし、それはルキアの本質でない事にすぐに気付かされる。

彼女の本質は儚いくらい美しい容姿ではなく、いきなり子供を叩いたような予想外の中身だ。勝気な態度にサッパリとした性格。その根底には溢れんばかりの優しさが。
いとも簡単に夢中になった。
暇さえあればルキアの事を考えるようになり、姿を見れば消えるまで追う。
最初に抱いた淡いものが、徐々に重みを増し、膨らんで、やがて影さえ落すようになるのに時間はそう掛からなかった。
幸せと不安が同居するこの一時。

「ふふ。すごいだろ?冬獅朗」

目の前でルキアが自分に笑い。話しかけ。喜び。名を呼び。そして瞳に姿が映る事に胸が暖かくなる幸せを。

「で、その時に恋次が…」

かと思えば、違う者を思い。語り。告げる。その残酷さに胸が痛む。
あぁ。
不安だ。

「と、もうこんな時間か…。楽しい時間はアッという間にすぎるな」

楽しげな様子で話していたルキアの笑顔が曇る。
目の先を追って知らされた時刻は、確かにのんびりとしていてよいものではない。
ルキアが手にしていた匙を器へと戻すと、すでに空となっていた器はカランと音をたてる。
続いて日番谷が置いた湯飲みもコトリと音をたてた。

「逆だと楽なんだがな」
「まったくだ…。では、日番谷隊長。私はこれで戻ります」

茶屋を出た瞬間、職務様の口調になるのは毎度の事。なのに、それさえも寂しく思う自分が情けない。
しかし、その感情を殺しきることができずに日番谷は言葉を口にする。
希望の言葉を。

「ああ。…じゃ、朽木。またな」
「はい。また」

そう言って丁寧にお辞儀をするルキアを見つめる。
この姿を見る幸せだけを感じられればいいのに。と願いながら。






恋と愛の違いとはなんぞやー。それは誰もが答えられて、どれも間違っているんでしょうねぇ。
と、そんな事はどうでもよくて。
ココでは愛は揺るがないもの。幸せなものって感じで受け止めてもらえると幸いです。
幸せだけを感じていたい日番谷。…無理だ。
どっぷりはまって、散々迷っていただきます。
無駄に長い文にお付き合いいただきありがとうございました!
[18.4.1]