近すぎて遠すぎる



緊張した面持ちで携帯にでる青年。そのディスプレイには本来ならば、かかってくることはあり得ない女の名前が表示されている。ピ、と 軽いデジタル音を鳴らして、回線が繋がった。一つ、間を置いて、まるで絞り出すように青年が女の名を呼ぶ。だが、すぐに返されるはずであった青年の名が回線の向こう側から聞こえることはなく。かといって、沈黙も起きず。小さくではあったが、こんこん、ハッキリとした主張の音が静かな部屋に響いた。

時刻は夜の11時を回ろうとしている。鬼も眠る時間とまではいかないが、遅い時間だ。街中ならまだしも、やや外れた住宅街では道を歩いている人も少なく、車の徹音すら疎らで、テレビも点いていない部屋では間違いようもない。こんこん、もう1度なる。回線は繋がったままだ。

「………」

もう一度、電話の向こう側に呼び掛けようとしたのだろうか、青年が口を開きかけて止めた。意を決したように、携帯を切ってノック音が響く方へ向き直る。歩いて10歩程でついてしまう玄関ではない。そう、4階に位置し、ベランダもなく、最上階でもなく、ただブラインドの先には窓があるだけの方へと。

「とか、考えると軽くホラーだよな」

ボソリと、青年。否、一護は呟いてブラインドを勢いよく上げた。ジャという音と共に、視界が開け、思ったとおりの顔がそこにはあった。にぃっと笑った唇が、あけろ、と示す。笑みを隠すために溜息をついてみせる。

「お前なぁ、何でそう毎回唐突に来るんだよ」
「うるさい。寒い、どけ、入れろ。そして、下を見ろ」
「…?あ。ちょ、草履脱げよ!」

ぐい、と小さな手のひらに押され、横にずれると猫のようにスルリと小さな体が部屋の中に滑り込んだ。脱いだ草履を片手にまとめ、こちらを見上げる姿を見るのは何ヶ月ぶりか。邪魔をするぞ、と部屋に押し入った後で言われるのはこれで何度目か。何も考えずにスルリと出てくるはずの言葉は、今日は中々出てこず、何か言うべきかと迷っているうちにもう一度窓の下を見ろと言われる。なにかあるのかと、玄関の方へ草履を置きに行ったのと入れ替わりに窓の下を覗き込むと、見知った顔がもう二つ、パタパタと手を振りながらこちらに向かってアピールをしていた。

「ガキは帰れ」

ピシャリと窓を閉め、ブラインドも容赦なく下ろす。酷いとは思わない。どちらかというと、あいつらのほうが酷い思った。

「ちょっと、一護!何すんのよ!」
「大人げないです」

何の前触れもなく、背後に二人分の足音がする。考えずとも何が起こったのか分かる。振り返ると想像通り、頬を膨らまして不平を露わにする少女と、たんたんと冷静に不満を告げる少年が、部屋の真んで手を繋いで立っていた。

随分と違うと感じる。少女の背まで伸ばした長い黒髪から、以前のような黄緑と赤という鮮やかな色は片鱗も見つけられず、又、少年の髪も、年齢相応に短くきられていて、その表情を隠すようなことはない。二人とも袖がほつれてボロボロの衣服などではなく、ラフではあるがきちんとした清潔そうな衣服を纏っていた。どこをどうとっても、現代の子供にしか見えない。

「ほむら!しずく!軽々しく空間転移をするなって何度言ったら…って、靴!靴脱げよ!!」
「うるっさいなぁ、一護は。そんな大きな声出さなくても聞こえてる」
「姉さん、土足は良くない」
「そうだぞ、ほむら。早く脱いで玄関に置いて来い」
「はーい、ルキア!いこっ、しずく」
「うん」

だが、不思議なことに顔立ちには面影がある。黒目がちのくるくると回るように表情を変える瞳は、ルキアばかりを追っていた瞳と重なるものがあるし、冷静で深い輝きを湛えた瞳は、二人を悲しげに愛しげに見ていたものとは違うけれど、似ているとは思う。

俺の時とはコロリと態度を変えて、脱いでからではなく履いたまま玄関に向かう奴らに「脱いで歩け!」と怒鳴りつけるも効果はなかった。その上、脱ぐだけで戻ってこようとするので、さすがに見かねてルキアが指示をすればこれまたあっさりと受け入れる。相変わらずの懐きっぷりに、本当に前世の記憶がないのかどうか疑いたくなる。

「ほんっと、お前の言うことだけはよく聞くよなー」
「人徳だろう」
「ちゃんと面倒見ろよ」
「もう、あ奴らもそんな年でもないさ。貴様をかまってやりたいだけであろう。しっかり、かまってもらえ」
「なんでだよっ!?」
「何でって…寂しかったのだろう?」
「あ?」
「落ち込むようなことでもあったのかと思ったのだが…。違うならよい。それより、一護。台所を貸せ」

不思議そうにこちらを覗きこむ大きな瞳にドキリとする。俺が分かりやすいのか、それともルキアが上手なのか。何も言えずに沈黙してしまったのが答えのような気がして仕方なく、ルキアの要望に首を縦にふると視線が逸らされて、思わずほっとした。

「ルキアー、掃除終わったよ」
「うむ。テレビでも見てしばらく待っていろ、すぐに用意する」
「手伝う?」
「私ひとりで十分だ。ありがとう」

ほんの数歩先で、そんな会話をする3人を見ながら、自分の言葉を思い出す。もっとずっと前から、つながっていたのかもしれない………

「でも、なぁ〜」
「どうかしたんですか?一護さん」
「一護、テレビ見ようよ!」

ん、とテレビのリモコンを渡してやると、いつの間にか持ち込まれた専用のクッションを抱え二人共、テレビの前に座る。ガキのくせにこんな時間に元気だなぁと思わずにはいられない。本来ならば、強制的にでも家に帰してやったほうがいいのだろうが。

「あいつ、何作ってんだ?」
「ホットケーキ」
「こんな時間にそんなもん食う気かよ」
「一護の分はなし!」
「いらねーし。でも、何でまた」
「お母さんがよく作ってくれるんです」
「だから、ルキアのも食べてみたかったんだ」

にこり。嬉しそうに、笑顔を浮かべる。切ない、と思った。

「出来たぞ〜」
「はーい!」

立ち上がりかけた二人を制して、自分が立ち上がる。キッチンのある廊下へ、扉を開けると甘い匂いが充満していた。すぐにこちらに気づいたルキアが、無言で皿を持てと渡してこようとするが、それを無視して後ろでにパタンと扉を閉じた。不思議そうな表情を浮かべる頭ごと、小さな体を腕の中に閉じ込める。

「一護?」
「また…があるなら、そっちのほうがいいけどさ」
「は?」
「今、がいい」
「どうした?一護…」
「今、お前に触れていたいんだ」

かたりと皿が置かれた音がする。背中…とは言い難い位置にルキアの腕がまわされて、あやすようにポンポンと叩かれた。

「そう、急くな」
「ルキア」
「まだ時間はある」

そう、ルキアは言って俺の腕からスルリと抜け出した。「とりあえずホットケーキを食おう」と笑顔を浮かべ、ポンポンと2枚の皿を渡し、自分も2枚の皿を持って、さあ行けと目で訴えてくる。身長に差がありすぎるので、皿の上にのっているホットケーキに気を使って、唇に寄せるのは諦めて額にキスを贈ると僅かに頬を染めたのが可愛かった。


ああ、こんなにもありふれたものが、日常でないなんて。





親子な姉弟+ルキアが書きたかったんだーい。
小説ネタですが、現世に転生していたようなのでこんな形にしてみました。記憶あるまんま、実は死んでなかったー!で、ルキアにべったべったして、それにイラッとくる多数の人たちという話のほうが素直だったかもしれない。あれからすぐに転生したにしても、時間が合わないとお考えの方は、何らかの原因でソウルソサエティから現世にわたる時にずれが生じた考えて下さい。原作のほうで、そんな設定があった気が…。
姉弟の能力は空間転移だけで、弱くなってる設定。お互い触れていなければ能力は発動できません。本名は、ほむらとしずくではなく、別の名前があるはず。ルキアは近所のお姉さん的位置で。淡い憧れから、初恋に変わればいいと思うよ、弟は。

イチルキはできてます。初(笑)

「映画のお話」リクエストありがとうございました!
[21.1.22]