近く
青い空。白い雲。
――――――――――夏が近い。
「海に行きたい」
そう彼女が言い出したのは夏休み直前のある日。何でまた海なんだと疑問に思うけれど、とくに反論する言葉もなく。俺はお決まりのように「へぇ」とだけ生返事をした。大体、行きたいのなら連れて行ってくれと頼むのが道理だろう。希望だけ言って行けると思ったら大間違いだ、コイツはこういうとこ少しずれてると思う。物事を頼むにはそれなりの態度や言葉が必要なのだ。時には報酬も。やはり、希望を口にすれば叶うなんて大間違いだ。
なのに、ルキアはあっさりとソレを手に入れる。
「じゃあ、行くか。もう少し暑くなったら」
制服よりも格段に涼しげな恰好で赤髪の男がそう答える。長い髪を一つにまとめて、ペッタペッタとサンダルを鳴らしながら男にしてはゆったりと歩いている。手にだらしなく持っているペットボトルは空。それが何故かどうにも邪魔くさくて、早く捨ててくれたらいいのにと思う。見ているのも嫌になって恋次の手から目をそらすと、ルキアもそちらを見ていた。
「どこがいい?」
まるで何でも知っているというような顔で気軽に恋次がルキアに尋ねる。お前がどこに連れて行けるんだよ、と喉元まで出かかるが何も言わない。何となくコイツならどこへでも連れて行けるんじゃないのかと思った。そして、事実連れて行けるのだろうと考えなおす。"コチラ"に干渉はするが所属していない彼らは本来ならばどこへでも自由に行けるのだという事実。"アチラ"に居場所を持つ彼らは本来ならば"ココ"にはいないだろう真実。俺が当たり前だと許諾している今はとても微妙で曖昧なものだということ。
普段は考えもしないようなことが頭に浮かんでは消えていく。まるで泡沫の思考に感情が揺れた。すぐ傍にいる。手の届く所にいる。だけど、いつかはいなくなる。またこの赤い男が連れてゆくのだろうか。俺はまた残されるのだろうか、"コチラ"に。
一人―――?
驚いたような口調のルキアの声が意識を破り会話が耳に届く。
「どこって…。恋次、こちらの地理に詳しいのか?」
「いんや?俺が現世の事なんざ知るわけねーだろ。現世学はあんま身いれてなかったし、行けるかどうかわかんねぇとこを記憶するほど暇じゃねぇし」
「なら、どこへ案内するつもりだったのだ?」
「俺が知らなくても一護がいるだろ」
何言ってんだ、当たり前だろうとばかりに恋次が言った。
―――は?おいおいおいおい、ちょっと待て。恋次このやろう。今、人がちょっとメンタルな感じになってたのをそんな一言で吹き飛ばすか、てめぇ。何だか無駄に考えちまったじゃねぇか。考えた分だけ損した気分だぞコラ。こちとら高校生青春真っ只中だっつーの。たまには感傷に浸る事だってあるんだよ。ああ、もう俺は誰に言い訳してるんだ!?
「そうだな。一護がいるな」
当然だとばかりにルキアが頷いた。
てめぇは最初から俺に案内させる気だったろうが、何を今更したり顔で頷いてんだ。何を今から行く日までの日数を数えてんだ。こっちはなぁ、海開きがねぇと海水浴場には入れないことも知らねぇくせに。泳げなかったら私が教えてやるぞとか、得意げな顔しやがって。嬉しそうな顔しやがって。………………………つぅか何かこれ勝手に行くことになってねぇ?しかも俺の案内で。
「お前らっ!!!」
―――カコン!
公園に設置されているゴミ箱に恋次が投げたペットボトルが小気味よく吸い込まれる。恋次の右手が開いたとたん当然のようにルキアが学校の鞄を恋次に預け、小さな左手を大きな右手と繋いだ。そして、差し出される小さな右手。
「楽しみだなっ!」
「…先に言っとくけど、近場しか知らねぇぞ」
最近、よく見るようになった満面の笑顔と繋ぐようになった手。
何だかそれにとても安心して、泣きたくなっただなんて。そんなの嘘だとつないだ手とは反対側の手で、頭の隅に押しやった。あと、もう少し。俺がこの手なしに立てるようになるまでもう少し。
―――時よ止まれ。
………ふっ。まぁたやっちゃったよ手を繋ぐネタを。イチルキ恋だと多分コレが好きなんです。イチルキ←恋、恋ルキ←一の詰め合わせが。でも、今回のメインは一護なんですよ珍しく。ルキア&恋次は少年をちょっと見守ってる雰囲気で。恋次視点「遠い」もそんな感じ。…にとれるといいな。