空穂



問うは言葉。言葉は唇から出る。問いは耳で掬い上げ脳で咀嚼する。咀嚼された問いはシナプスを通りニューロンで消化吸収されやがて唇へと還る。答えという名の言葉と成り果て。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



ただ一つ鮮やかな背。

いつしか自然と瞳が姿を追うようになった後姿を捉えることは、天気のよい午後の人が溢れた街中でも易々と可能になり、その能力は一つの口笛を呼んだ。走って追いかけようかとも思うが、少女が足を向けている先の小間物屋を思い出し留まる。そこは少女が前を通るたびに密かに視線を送る先で、お付きをまいてたった一人となった今、きっと少女は立ち寄るに違いない。何の根拠も無い考えだが、檜佐木はそれが当たっているのを確信して別の道を選んだ。確信するのは当たり前の話。どんな愚かな獣とて狩りの最中に己の直感を疑う真似なぞしない。ルキアという名の極上の獲物を前になら尚更の事。

「こんにちは。お嬢さん?」

熱心に兎の跳ねる櫛を見ていた瞳は黒髪の人物を映し出すと、くるりとその表情を一変させた。少しきつめの目じりは緩やかになり、瞳が猫のようにしなやかに細められ、赤い唇からは鈴を鳴らした様な声が零れる。

「こんにちは。この様な場所で奇遇ですね、檜佐木先輩」

美しく伸ばされた背筋を崩すことの無いまま頭を下げたルキアの耳元で小ぶりな鈴がその実を震わす。いつもは流されているだけの髪が今は緩やかに結い上げられ、誰かの意図によりその形を変えていた。滅多に着飾ることをしないルキアのその姿は珍しく、尚且つ愛らしい。髪だけではない。身に纏うのも夜の帳を切り取った死覇装ではなく、少女らしい華やかな色に花を散らしたもの。死覇装以外の姿を見るのは初めてではないが、見たことがあるのは朽木の名を纏った姿か、ルキアが好む機能性を重視した姿だけ。まるで普通の少女のような ―ルキアは外見だけは立派に少女なのだが、そう分類するには些かの抵抗がある― 面を見るのは初めてだった。

いつも思い描いているような姿とは離れていたが、可愛い女が着飾るのを見て悪い気がするわけがなく。見過ぎない程度にじっくりとその姿を眺めて当然「可愛いな」と褒め上げる。

「ありがとうございます。先輩は今日も素敵ですね」
「お世辞でも嬉しいぜ」
「先輩は私が世辞を言うような人物だとお思いなのですか?貴方の前でそんな器用な真似は出来ませぬよ」

お分かりでしょう?と艶やかに笑って見せるとルキアはくるりとその背を向け、再び櫛と向かい合った。黒の櫛を手に取り、ポツリと零す。

「お時間はありますか?」
「お前との時間ならいくらでも」

手を取るために差し出した掌には黒の櫛と特級の笑顔が載せられた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



櫛と引き換えに得た手を繋ぎ、街をのんびりと歩く。何をするでもなく店を覗き品物を手にとっては二言三言。兎の小物には全部反応するのが面白い。花屋を見つけ歩みが遅くなると腕をゆったりひいて。現世の洋品店で好みを告げれば冷ややかな目。でも、試着してみれば意外と好評だったり。色に溢れた千代紙を並べたら連想ゲーム。黒地に赤い花を散らしたものは『死神』。それだけは一致、後は全滅。白と銀を重ねて梳かれたものなんかぴったりだと思ったが、見る目がないと怒られた。

「じゃあ、俺は?」
「これなぞいかがでしょう」

差し出されたのは深い深い藍。そこに咲くのは紫の花。藍との境目が曖昧な桔梗は地味な印象を与えたが、妙に納得する自分がいたりする。俺とは違う趣味を持つ人物は、その様子を見てコロコロと笑った。その手をまたひいて外に出れば、そろそろ陽が沈みかけていて手を離す時間が近いと知る。それと同時に知らない自分を思い出した。手をつなぐだけで満足だなんて、何の冗談だ?

「先輩。お腹が空きませぬか?」

今日、初めてひかれた手の先でルキアがそんな事を言った。そういえば、ずっと歩き通しで休んだ記憶がない。女の子に先に言わせてしまった事が僅かに衝撃的で、返事が少し遅れた。不思議そうに傾げる表情には何の照れも無く、安堵と後悔が同時に押し寄せる。

「何が食べたい?」
「甘いものが良いです」

夕飯時に甘味屋ののれんを潜るのは初めてで、上機嫌で席に進むルキアの後を追った。夜が近づいているからといって客が減るわけでもない店に感心しつつ、品書きを差し出せばすぐに白玉餡蜜の注文が入る。どうやら店に入る前から決めていたらしく、品書きは一読されただけで用済みになってしまった。作り置きが可能なそれらはすぐにテーブルへと登場するとルキアを夢中にさせ、始まりかけていた会話を止める。いつ食べても生まれて初めて食べたように瞳を輝かせて貰えれば、白玉も本望にちがいない。

「美味いか?」
「はい。とっても」

匙を止めるだけの効果は俺の声にはあるらしい。それだけの事なのに嬉しくて、今日は何だか変だと思う。だから、普段は聞かない事が口から零れるのだろう。

「今更だが、今日は何か他に予定があったんじゃねぇの?」
「…本当に今更ですね」

聞かれるとは思っていなかったのだろう、目を丸くして言われた。だが、すぐに笑って「大丈夫ですよ」と告げた。思わず何がと眉間に力が入ってしまう。

「答えになってねぇけど?」
「答えて欲しいのですか?」
笑ったルキアの顔はそれはそれは生意気な顔で。どうにか表情を変えてやろうと伸ばした指先が頬に触れる前に、言葉で告げられた。

「楽しい休日の午後をありがとうございました」

夢の終わり。

そんな言葉を思いついて、しがみ付きたいと思った。腕の変わりに止まっていた指先を伸ばして、白い頬に触れ、滑らせる。心地のよい感触に馴染みすぎた欲を思い出して自発的に離れた。今日くらいはこんなのも悪くない。だがそれは今日だけの事。

頬に触れた指で、白く小さな手を攫い。桜色の爪に口付ける。問うのは一つ。

『その装いは誰のため?』

にっこりと笑った唇は答えを紡ぎだすことは無く。紫の瞳はずっとコチラを見つめるだけだった。





冷静なつもりで実はてんぱってた檜佐木さん。ルキアさんに遊ばれてみました。
ずっと手を繋いでらぶらぶデートですが、当人同士が計算高いと甘い文章にはならないようです。というか盛り上がる場も作れず…、檜佐木を書くときは修羅場が一番書きやすいのだと思ったぜろわんでした。

こちらはアンケートにて「甘い修ルキ」のリクエストを下さった、こう様へ捧げたいと思います。どうもありがとうございました!
[19.2.8]