覚えのある霊圧に足が止まった。声を出すか否か。僅かに逡巡があったが、結局その言葉は自然と零れ落ちる。それは不自然な事であり、また自然であるように思えた。三度目の再会は、逃れ続けた死を意味するのかもしれない。

「お前か」

 名を呼んで確かめる必要はない。生の影に刻み込まれた力は文字通り傷となってルキアに残り、その存在を疼きという形で伝える。そして、その疼きが奴の強さを明確に伝えてくる。圧倒的な霊圧が肩にのり、手を震わせ、額に動揺が浮かぶ。

 そして同時に、名を呼ぶ必要が無い。奴とルキアの間に理解などという文字はなく、あるのはただ深い海内の流れだけだ。その中で生まれ、そこ以外では生きられぬ。ルキアは奴を狩る存在であり、奴はルキアを滅す存在。血で血を贖う因果の輪において必要なのは呼び名などではない。

 ざわざわと体中で蟲が暴れだし、血肉を啜る音がする。しかし、そのような安っぽい恐怖に屈することを知らない少女は優雅に立ち続けた。それは警戒心から現状を見極めるための行動だったかもしれないが、まるで従者を待つ王者のような様だった。刀に手をかけることもせず、鋭く瞳を閃かせ射抜いた先には、がらんどうの空間にいる浅葱色の髪を持つ青年。虚とは異なる存在である事を表す仮面を口元に残し、その下で笑みをつくり。死神に近しい存在である事を表す刀を腰に下げ、対の衣を纏いて立つ。

「よぉ、死神。待ってたぜ」
「意外だな。貴様は私でなく一護に会いたがっているとばかり思っていたが?」
「ああ。それも間違っちゃいねーよ。あいつは俺が殺すんだからな」

 一歩。グリムジョーがルキアに近づく。ルキアは瞬きも身じろぎもせずにその場に立ち続ける。足音もしない部屋の中で、二人の声だけが響いた。それ以外の音は何一つしない。衣擦れ・呼吸・心音等は言葉の前にひれ伏し、ある事をかき消される。

「ふん。その言い方だと、まるで私の前に現れたのは別の目的のように聞こえるな」
「正解」
「何?どういう意味だ」
「聞いてのとおり。そのまま受け取れ」
「私を殺さぬというのか」
「死神サマは賢くて助かるぜ」
「…からかうつもりならば、それ相応の覚悟をして言え。貴様の主がどうだか知らぬが、私の心は敵に対して寛容になれるほど甘い作りをしておらぬからな」
「何を覚悟すればいいんだよ?」
「貴様の存在そのものだ。肉片の欠片すら残さぬほど砕いてやろう」
「面白れぇじゃねぇか」

 手を伸ばせば掴める距離で止まり、腕の伸ばす。己が手の甲が覆う先に紫の双眸の矢が見えた。後僅かでも伸ばせば掴める。掴めば砕ける。ただし、グリムジョーが出来るのは床中に血と肉をばら撒き、血臭がやがて腐臭となり、腐臭の一滴まで地に還ってしまうまでが死神の存在をこの地に刻み付ける事だ。

 そんな欠片を思うほどこの欲は浅くはない。
 それらを残さないほどこの欲は浅くはない。

 視界を覆っている手ごしに、敵を射抜く瞳は少しも翳らず。うちに抱く刃を思わせた。鋭く、しなやかに打たれたその刃は折れてしまうと2度と同じように作ることは不可能だ。それを本能で知っているからこそ、その瞳は常に鋭く強い。いつでも心の臓を貫く覚悟のある刃だからこそ、脂を切り裂こうとも、血管を切り裂こうとも、骨を砕こうとも鈍りはしない。

「死以外に貴様が私に与えるというものは何だ」
「そんなもの。血と闇に決まってるじゃねぇか」
「それは我らが背負うものだ」

 そう言うとルキアが笑う。
 それを聞くとグリムジョーが笑った。

 グリムジョーがルキアを掴むように目前へ持ってきていた手のひらをその細い腰にまわして抱き寄せる。そこでようやくルキアが動きをみせた。閃くように鞘から純白の刀が抜かれ、カチャと一度だけ鍔が鳴る。

「そのままだとテメェも死ぬぜ?」
「それがどうかしたのか?」

 首に顔を埋めるような抱き方でグリムジョーが問い、咽元に刀を突きつけまるで自害するような形でルキアが答える。ルキアの咽元に唾液で光る牙が、グリムジョーの後頭部に白く輝く刀が。それらがなければ抱き合っているかのようだ。二人は抱き合ったまま命を天秤にかける。

「どうして咽を食い破らない?」
「どうして刃を振り下ろさない?」

 答えを聞くまでも無い問いを二人が口に出すことは無い。しかし、互いに相手がその事を問うのを待っている。先に問うた方が命を落す。先に答えたものが命を奪う。ただし、勝者は先に問うた者だ。

「決めた」

 拮抗を破ったのはグリムジョーだった。

 しかし、それは勝者となるためではない。なぜなら、勝ちには何の意味も存在しないからだ。彼は奪う者であり、彼女は狩る者。どちらも勝者とはなり得ない。手に取るのは命しかない。奪うのも命しかない。彼はそっと小さな体を解放した。

「………何のつもりだ」
「最初からの用件を伝えるだけだ」

 ルキアが構えを解かない中、まるで仕切りなおしというようにグリムジョーが最初の位置へ歩んで、がらんどうの空間の中央へと戻っていく。そうして、ルキアの答えを分かっていながらも手を差し出した。

「こっちに来い。ルキア」

 それは初めて世界の中心の名を呼んだ奇跡の瞬間であり、彼が今まで過ごした年月で一番退屈な時だった。





夢見がちでごめんなさいv確実にないのは分かってるんですけど、ルキアが虚圏にいますからねー。24の表紙といい、2回目会った時といいグリムジョーには"掴む"とか"握り潰す"というイメージが私の中ですっかり定着したようです。

大変ご迷惑でしょうが「牙」は、アンケートにて破ルキのコメントを入れて下った類様と投票してくださった方々に捧げたい思います。どうもありがとうございました!
[18.11.27]