ゆらゆらと揺れて視界が不明瞭だ。ぐらぐらと揺れて足場が不安定だ。もっと確かなものだと思っていたのに、こんなにも不安で仕方が無い。胸が痛まないわけじゃない。心が傷つかないわけじゃない。傷ついて傷ついて流れ出す血で咽が潰れてしまうくらいに溺れているだけ。そんな俺を縊る人魚の涙が欲しいだけだ。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「やだ。修兵ってば、嘘ばっかり」

甘い声。甘い瞳。甘い髪。俺が好きなタイプはそういう女で、目の前の女もそういう女。自分を着飾るのが上手くて、人に愛されるのが好きで、それを当然だと容易く受け入れる。華やかに彩られた瞳は綺麗で、鮮やかに彩られた唇は美味しそう。手入れの行き届いたその体は唇なんかよりも更に。まるで、雑誌に載るレストランのディナーを見ているような感覚が笑える。

「ん?何、信じられないかよ。酷ぇな、俺が嘘言ったことあったか?」
「それ自体が嘘でしょ」

中身の無い会話。お決まりの台詞。空に浮きっぱなしの声。そんな音がサラサラと耳に流れていくのと一緒に衣擦れの音が室内に響く。クスクスと耳を擽る女の笑い声が、これから始まる情事の睦言のようだ。虚しく響いては零れ落ちていった。

「ん」

欠片も痕を残さないように慎重に、豊かな胸に口付けるとピクと女の体が反応する。首に顔を埋め、肌を舐めると人工的な花の香が鼻腔に広がっていく。いつまでたってもこれだけは苦手で、眉間に皺がよるのが止められなかった。しかし、それは女には見えていないので問題とならない。順調に事が進んでいき、女の息が乱れていく。俺の心はどんどん冷め、時を待った。それ以外の音は聞きたくなくて、その音だけを聞きたくて、女の唇を塞ぐ。香水は苦手だが口紅の味は嫌いじゃない。

戸が軋む音に続いて、密かに息を呑む音が耳の届く。多分、俺だけにしか聞こえていない。腕の中の女は目を閉じたまま。そして、俺もまた目を閉じたままだ。見なくても誰が、どんな顔で、どんな風に立っているかなんて分かるから。だけど見ずにはいられない。わざとゆっくり唇を離して、瞼を持ち上げ、視線を右に流す。紫紺の瞳が弾かれたように逃げだした。

「やっぱ、止めた」
「え?」

腕を解いて消えてしまった背をすぐに追おうとするが、予想外にも女の腕によって阻まれる。何、邪魔してくれてんだと目線をくれてやってもそいつは怯まずに、とっさに掴んだであろう俺の腕をますます強く抱き留めた。

「ちょっと!どこ行くのよ?」

その荒い口調に眉を寄せる。間食にしては食べ過ぎたのか、商品選択を誤ったのか、それともその両方か。ああ、取り繕うのは多少面倒だし。続きをする気は端からない。食べ残すのはマナー違反かもしれないが、大量に売り出されている量産品へとやかく言う奴は少ない筈だ。

「決まってんだろ?ジャンクフードって嫌いじゃねぇけど大量には食えねぇな。口直しだよ、口直し。好きな女のところ」
「なっ!?さっきは私の事、好きって言ったじゃない!!」
「あー。お前、ホント分かってなかったのな?」

頭をかく。ため息。探る霊圧はまだそう遠くにいってはおらず、よく知った場所で留まっていた。俺を待ってる―――振り返ると女の目が見開かれる。それは意外な事でもなんでもなく、当たり前だろうと思った。こういう場面で嬉しそうに笑う奴を俺は自分以外に知らない。

「俺、正直者なんだよ」


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「連れの女性はよろしいのですか?」

笑顔すら見せて、眼下の朽木はそう言う。人通りの少ない渡り廊下に面した小さな中庭。そこで命を育む大樹の下。俺が朽木を拾った場所だ。あの時と同じように俺は朽木を腕と樹の間に閉じ込め、あの時と違った瞳で朽木は俺を見上げている。

「ああ、ちょっと誘われただけだったし。お前といるほうがいいしな」
「御戯れを」

拒絶する瞳、腕、言葉なんかに動揺してあげられるほど優しくなれない。それらすべてを否定するために、細い細い腕を掴んで樹に押し付ける。

「戯れなんか言うかよ。本当の事だ」

この言葉に、何もかも凍らせようと維持されていた冷たい瞳が揺れた。ポツリと鬼火が芯に宿り、あっという間に大きな瞳いっぱいに広がりを見せる。その美しさを見ずに想像する事はできないだろう。雪花に舞う紅の蝶のように揺らめいて、孤独に耐える。

「―ルキア」

口付けようと顎を持ち上げ、顔を寄せると頬に焼け付くような痛みが奔った。乾いた音と振り上げられた腕、それと噛み締められた唇。そこから震える声が放たれる。

「お願いですから…。私にもう、構わないで下さい」

皺を刻む眉間。伏せられる目。影をつくる髪。俺はこの顔を知ってる。何度も何度も見て、胸を痛ませ。そして、歓喜を覚えてしまったから。

「お前の事が好きなのに?」

繰り返し、繰り返し、乾かぬうちに刻む手首の傷のように明確な意図。そこから流れる血に安堵する心。咎める良心を殺す刃を捨てることが出来ない。この瞬間が一番、好きだから。確認できる。実感できる。この上なく満たされてしまう。肩を震わせながらも美しく立ち続ける女性を誰にも見られることの無い様に腕へ閉じ込めた。

「離して下さい」
「キスしてくれたら、いいぜ」

俺への想いから零れ落ちる雫にそっと唇を寄せる。
深くて青い海の味がした。






笑!ぜろわんが書くと檜佐木さんはどうしてもこうなるのね〜。
小説では真面目な所を。24巻ではナイスなキャラを見せてくれた檜佐木さんですが、オイラが書くと最低やろーに成り下がります。一応、恋愛バランスが、精神的には修>ルキなのですが、表面的には修<ルキな感じでした。相変わらずぶつ切れな文章で申し訳ないです…

たいへん迷惑でしょうが「綾」はアンケにてコメントを入れてくださった雪華様と修ルキに投票してくださった方々へ捧げたいと思います。ありがとうございました!
[18.11.15]