生誕



恐怖から生まれた命は恐怖しか知らない。いつも何かに追われ怯え焦り苦しみ続けているのに、それを恐怖と呼ぶことさえ知らない。逃れようの無い汚濁に包まれ、呼吸すらも阻まれて行き着く先は少なく。狭められゆく壁から突き落とされれば、死に落ちる。深い深い谷は死に埋め尽くされることなく、いくらでも屍を飲み込んだ。その深淵がどうしようもなく恐ろしいのに、途方もなく惹かれる。全部、全部、全部。ありとあらゆるものがアソコに落ちていけばいい。そう願い焦がれ乞い想う。それだけのために力を振るった。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



白い肌に腕を埋めた瞬間に甘く香る血。腕に感じる体温は焼け付くように熱く、滴り落ちる快感を更に強くと慕う。薄い腹と背を突き破れば、体内に収まっていた血肉が俺を放さないように纏わり付き、軽い体から腕を引き抜くと惜しむように大きな瞳が霞んで伏せた。地にへばりつく体からは甘い香りが立ち上り、それと同時に命が蒸発していく。血が零れ落ちた瞬間にすべてが失われるのだと考えただけで笑みが零れる。早くその瞬間がくるといい。原点から壊れてしまえ。

「ルキア!!!」

オレンジ色の髪の死神が後方で吠えた。焦りと恐怖に身を包み一直線に飛んでくる。俺の方へ。否、それとも地に伏せる死神の方へかもしれない。しかし、そんな事はどちらでも構わない。今、心を占めるのは別の事だ。

(ルキア)

心の中で呟く。視線は向けない、向けずとも分かる。貫いた腕がまだ熱く、そこに心臓が宿ったようにドクドクと脈打っている。名を知った瞬間に更に強く鼓動が鳴った。

(ルキア。ルキア。…ルキア。そうか、そこはルキアと言うんだな?)

意味も知らずに納得する。それが絶対の言葉であるように何度も呟いた。

まるで神に救いを求めるように。

力を振るうたびに名が自分の体に刻み付けられていくようだ。己が己であるという絶対の自信。感じたことのない充足感。これが自分の存在意義だと真の底から信じられる。力をぶつける。何かが壊れる。グリムジョーの中で本能が生まれた。時は本能を駆逐し、戦いは本能を呼び覚ます。恐怖の申し子は泣く様に暴力に徹して、人形の首を縊るように笑う。腕に纏った血が離れていくことだけが涙するに値した。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「くそッ!くそッ!あの野郎…ッ」

自室に戻り、誰もいない一人きりの空間でグリムジョーは呻き続けた。咎める者はいない。誰も聞いてなぞいないからだ。ここは彼の人のためだけの城なのだから。失った左腕は力の欠如を意味し、それは道が狭まったのと同義。道が閉ざされてしまう。初めて自覚する恐怖。初めて得た、唯一の物が手からすり抜けていく。それに怯えながら、「怖い」と言う事も出来ずにただ怨嗟の声を上げる。声は虚無へと吸い込まれ、二度と帰ってくることはない。返すものもいない。思い出したのはあの熱。

左腕から血が流れる。しかし、右腕で止血しようとする真似は必要以上にはしなかった。

「ルキア」

肘に近い部分の血を舐め摂る。己の物か、ルキアの物か分からない乾いたソレは甘くはなく。ただ無機質な乾燥を口内に齎すのみ。求める者を求めて、乾ききった叫びをあげる。欲しくない。飢えていない。泣いていない。逃げていない。嘆いていない。頭も下げない。前を見ない。振る尾なぞ持っていない。持っているのは咽元に喰らい付く牙だけだ。一途にあの熱を感じたかった。

求めていたのは破壊ではなく変化。産声を上げる赤子のように、ただその名を呼び続けた。





グリルキ…?会話がいっこもないー。とりあえずやっておきたかった衝撃の出会い編。24巻購入記念でしたっ。
[19.10.13]