おしえてやろうか



「何故ですか?」

さも不思議そうに不可解そうに、紫色の瞳が問うてくるのが可笑しくて。鋭利な爪と牙を綺麗にその笑顔の下に隠し、仲間のフリして。そっと足音を消し背後に忍び寄る。決して逃がさぬようにその袖を掴めば。口内に溢れる涎をゴクンと飲み干し、低い声で狼は子猫に囁くのです。

「教えてやろうか?」


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「菓子を貰ったから、一緒に食べないか?」

そんな簡単な、だけど甘い誘いに釣られて無邪気に微笑んだ朽木は、あっさりと俺しかいない執務室へ招き入れられた。すでに定番となった位置へイソイソと座り込み、そこに並べられる銘菓と湛えられた物を前にキラキラと瞳を輝かす様は、穢れを知らない子供のよう。

白く塗られた壁にベットリとペンキを塗りつけたくなるのは俺だけじゃない筈。してはいけないと警告を鳴らす良心に耳を防げば、静かなもの。ほんの少しの罪悪感と背徳心すら、目の前の獲物を味付けするスパイス。ほら、警告音すら心地よく食事をするための音楽に聞こえないか?

縄張りを印す俺の爪痕。何度も重ね、深く残そう。

「ほい、お茶。俺、甘いもん食わないから遠慮なく食っていってくれ」
「いつも、ありがとうございます」
「いいや、こっちこそ助かってる。捨てるわけにもいかねぇからな。ほら。どうぞ召し上がれ?」
「いただきます」

お菓子に齧り付く赤い唇に舌なめずり。

*     *     *     *     *     *     *     *

かわいい子猫は甘いミルクに誘われて、うっかり狼のテーブルへ。もともと警戒心の強い野良なのに、どうしてこんなにも容易く罠にかかる?答えは簡単、それすらも罠だから。

昨日も無事に帰れた、その前も、そのまた前も無事だった。そんな根拠のない理由で子猫は小さな牙と爪すら引っ込めて、ニーニーと甘え声で狼に擦り寄るのです。足元がガラスの床だということも知らず、狼が狼であることも分からずに、ニーニーと甘えた声を出すのです。

『甘いミルクをもっと頂戴』
*     *     *     *     *     *     *     *


「お前、もしかして白玉好きか?」

白くて丸い物体を幸せそうに口へと放り込む朽木。すでに数度、目にした光景。確信しているくせに、さも今しがた気付いたような態度をとり、わざと聞く俺はそうとう性格が悪い。だけど知り得た情報は有効な場面で切るのが定石。無意味に流して、効果が半減じゃ興が削がれる。

目を丸くして、真っ赤になった朽木の顔が俺の腕の中にないのが残念だ。

「なぜ…?」
「あんまり幸せそうな顔して食ってるから。そうかなと思っただけだ、違ったか?」
「いえ、当たっております。…私、そんなに表情に出てました?」
「ああ。思いっきり出てたぜ?思わず抱きしめたくなるくらいに可愛かった」
「!?」
「野郎の前では気をつけろよ?」

特に俺みたいな。という言葉は胸に呟くだけに留めておいて、明らかに俺の視線を意識して、お菓子を口に運ぶスピードが遅くなった朽木を見つめる。チラチラと食べにくくそうに視線が送られる意味を正確に把握して、それを完全に無視。笑いかけるたびに仄かに色づく、その柔らかそうな頬に軽く歯を立ててみたいという欲求が沸き起こる。

「あんまり甘くないやつとかあるか?」
「え?」
「お前が美味そうに食ってるの見てると腹が減ってきた。甘くないやつ、どれだ?」
「えっと…。コレなんか、いかがでしょうか?割とサッパリした味だと思うのですが」

朽木が指差す透明色。水を柔らかく固めたような感触の菓子を摘むと一口で食べた。それは餡もなく、冷たい感触が口の中を楽しませ、控えめに混ぜられた砂糖が仄かに口内に広がるだけで俺でも美味いと思う。これならもう一個くらい食いたいかもしれないとすら考えながら、俺はまったく別の表情を作り出す。

「………これでも十分甘すぎ」
「すいません!えぇと、お茶をどうぞ!!」
「俺の湯飲みにもまだ入ってんだけどな?」
「あ、すいま」
「でも、折角だからもらっとくか」

湯のみを差し出している朽木の腕を掴んで、引き寄せる。朽木と俺の間にはテーブルが置いてあるから強く引くことはせず、ほんの少しだけ。固まっている朽木は俺の思うままの位置で体をストップ。湯のみに唇を寄せると朽木の白い指が目に入った、桜色の爪が甘い菓子のように見えて、人差し指を優しく噛む。ペロと舐めた爪は思ったよりも甘くない。

ゴトン。

重たいものとテーブルが出合った効果音。破損しない程度の落下音。侵食する水音。

「あーあ。何やってんだ、おまえ…」

湯飲みから零れた緑茶は見事に菓子に命中していて、その緑色の液体をあらたな調味料として甘いものへ注ぎ込んでいた。白い饅頭は斑に染まり、黒い饅頭は陰影をつける。正直言って、あまり美味そうではない。

「え、え、え???」

朽木の視線は俺とテーブルを何往復もして、赤くなったり青くなったり。なんて忙しい奴。思わず頭を撫でてやりたくなる可愛さに、内心の笑みを当然隠して。朽木はようやく未だに俺に腕を掴まれているのを認識すると慌てて振りほどき勢いよく頭を下げる。

「申し訳ありません!今、片付けますから」
「ここ九番隊執務室な」
「う」
「いーから、お前は大人しく座ってろ」

大げさにため息をついて席を立つ。項垂れる朽木の頭に、垂れた耳が見える気がする。

*     *     *     *     *     *     *     *

短いメロディーを口ずさみ、狼は罠を仕掛ける。必死で獲物を追うなんて、そんな非効率な事はいたしません。巣を張る蜘蛛のように、罠を張り。捕らえたら二度と逃れられない糸のように、罠を巡らす。短いメロディーを口ずさみながら、蜘蛛より狡猾に、蜘蛛の巣より確実に獲物を捕らえるのです。

哀れな獲物は二度と出られ無い事を知らないままに、無駄に足掻いて、さらに深みに。もう手遅れだとういうのに、無駄に足掻いて、更なる深みに嵌っていくのです。埋まっていくのです。楽しげな、狼の短いメロディーを聴きながら。

『迷子の迷子の子猫ちゃん?』
*     *     *     *     *     *     *     *


「お前、どっか濡れてないか?」

布巾を手に朽木の元へ。残りが少なかった湯飲みの中身は、テーブルに水溜りをつくるだけに留めていたから、床の心配は必要ない。テーブルなんてものは汚れるためにあるようなもの。それならば朽木を優先するのは当然の事。

「あ、私はなんともありません。布巾を貸してください。後は私が片付けますので…」

居心地の悪さで小さくなっていた朽木が布巾ルへと手を伸ばす、俺はひょいとソレを頭上にやる。すると、少しムッとした表情をつくり、それを追って朽木の手が伸びる。踵が浮く。

俺の手の動きは右・左・右・左・前。
朽木の腕の動きは左・右・左・右・後。

「っ。きゃ!」

不安定だった朽木の体は見事に後頭部からソファへダイブ。

「おい!大丈夫か?」
「あ、はい。だいじょ…」
「頭とか打ってないか?」
「打ってません!大丈夫です!」
「本当に?」
「本当です!だから檜佐木殿、は…離してください!」

ソファから朽木の体を抱え起こした俺の右手は朽木の頭、左手は腰に回して、足の間に左膝。体重を殆どソファに預けている朽木は、両の腕しか自由にならない。その細い腕をグイと俺と自分の体に入り込ませ、必死に顔を背ける。

「そうか」

体を浮かせ右腕と左腕を朽木から外すと、ホとしたように朽木の腕から力が抜けた。

*     *     *     *     *     *     *     *

甘い、甘い香りをさせた子猫は、ようやく罠からぬけれたと、そこでウトウトお昼ねを。だけど忘れちゃいけません。狼の武器は罠ではないのですから。よく効く鼻と、鋭い爪と牙。これが狼の本来の武器。
決して忘れてはいけません。
*     *     *     *     *     *     *     *


抵抗のない細い腕を掴むのなんて造作のない事。ましてやそれをそのままソファに押し付けるなんて、さらに造作のない事。突如として自分にはない牙を見せつけられた朽木は青くなることも、赤くなることもなく、ただ目を丸くした。

「質問」

間近で笑ってみせる。恐らく、朽木には初めて見せる顔。本当に笑っているようにしか、楽しんでいるようにしか見えない顔。

「ここには俺と誰がいるでしょう?」
「え…、私………ですか?」

朽木の瞳に戸惑いが宿る。現状を謀りかね、どうしたものか戸惑っている。これもまたいつもの悪戯か、否か。判断しかね、迷いに迷う。そうしてどんどん対処が遅れる。俺という『男』に朽木という『女』がソファに押し倒されている。そんな現状なのに朽木はまだ罠に囚われたまま。

「正解。じゃあ次な。俺達は何の上にいる?」

戸惑いの次に疑惑が宿る。焦りも宿った。

ゆっくり、ゆっくり解いてあげよう。その身に絡んだ罠を。だんだんと明かりが見えてくるだろう?そして自分が見えてくるだろう?さぁ、止めていた頭を動かす時だ。理性を返してあげる。お前はどこに入り込んだ?お前はどこにいる?お前は誰だ?お前に触れている俺は?

朽木の額に汗が浮かぶ、体に緊張が走る、拳がキュと握られた。強張った顔をどうにか笑顔にしようとしているが、その努力は報われていない。支配するのは恐怖に近い感情。

「檜佐木殿。そろそろ冗談はお止めください」
「わかんねーの?」
「檜佐木殿っ。悪ふざけしすぎです。大声を出しますよ」
「じゃ、これはパスだな。特別に1回だけ認めてやろう。…では最後の質問」

朽木は俺の腕から逃げ出そうと体をバタつかせるが、意味をなさない。ビクともしない俺の力に朽木の顔が完全に恐怖に染まった。逆に俺は力をどんどん加えていって、その差を朽木の体に教え込む。赤く変色しているであろう腕には痛みが奔っているはずだが、朽木は声を漏らさず、必死に唇を噛み締めて、目にためた涙を零すまいと強く目を閉じる。

目を閉じ、逃げて、いつものように「冗談だ」という言葉を待ち望む朽木を嗤う。

「俺の性別は男で、お前の性別は女。さて」

愕然と開かれた朽木の瞳から涙が零れた。それを拭うなんて真似はせずに、耳元に唇を寄せて低い声で囁いた。

「俺は何をしようとしているでしょう?」

声を上げるために朽木の胸が上下する。その隙を見逃さずに唇を奪う。狭い朽木の口内をかき回すのは簡単で、すぐに唾液が溢れる。

「ん…んん、んっ」

どうにか逃げようとする朽木の唇を追って、舌を吸い、絡め取る。俺の唾液を注ぎ込んで、吐き出すことを許さずに、その白い咽がコクンと動くと大粒の涙がボロボロと零れた。酸素を奪って、朽木の抵抗が弱まった隙をつき両腕を頭上でクロスさせ、右手一つでソファに縫いとめる。

その体勢に再び朽木が暴れようとするが完全に朽木に跨って動きを封じる。自由になった左手は白い肌に触れ、暴いて空気に晒す。

「い…やだっ。いやっ!」

今度は涙を舌で拭うため、頬を優しく舐める。ビクと反応した唇が可愛く思えてにもう一度唇を寄せる。瞬時に口内に鉄の味が広がった。

「っ!」

思わぬ激痛に朽木から身を引く、俺を突き飛ばすために伸ばされたと思った腕は体に触れる直前でその動きを止める。重ねられた手のひらに凝縮していく霊力。

「!!」
「蒼火堕!!!」

詠唱破棄された鬼道は確かに威力を持って空間を貫いた。それは俺の体を移動させるには十分すぎて、腕の一部をジリと焦がす。無理な体勢で除けた俺は朽木の後を追うことができなかった。


忘れてはいけなのは狼も同じ。未発達であろうとも、子猫にも爪と牙はあるのです。思わぬ爪痕を残して、その俊敏な動きで子猫は狼の元を逃げ出した。ジクジクと痛む傷を見て、狼は酷薄な笑いを浮かべます。再び鋭い光をその目に宿らせて。
さぁ、どこまでも逃げなさい。次に掴まれば同じ手が成功しないのは確実。罠に包まれ爪と牙を失ってしまうでしょう。そうすれば抵抗もできない。そうなれば貴女は狼のもの。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「何故、大事になさらないのですか?」

初めての朽木との会話が頭に浮かぶ。女との別れ話に失敗して、頬に爪痕をつくった時の事。手近にいた治癒鬼道が使える死神を捕まえた。それが朽木。鬼道をかけながら朽木はそんな事を聞いていた。誰も聞かない事をさも当然のように。俺に興味があるのだろうと思って、顔は好みだったから付き合ってもいいかなと思った。

「教えてやろうか?俺の女になればよくわかるぜ」
「結構です」

予想とは違って、朽木はキッパリ断った。女で俺にこういう態度をとる奴は珍しい。治癒が終ると失礼しますと深々と頭を下げる。面白い奴だと判断。ここで終りにするには惜しかった。

「お前、何番隊?」
「13番隊に所属している朽木ルキアと申します。9番隊、檜佐木副隊長殿」
「あ、そ。じゃあ朽木。今度飲みにでも行くか?」
「ですから、結構ですと…」
「そいうのナシで。治癒の礼だ」
「…そいうことでしたら、喜んで」

強張った表情の下に柔らかな微笑みが潜んでいるのだとその時に知った。朽木という姓がどれほどのものか考えたことなんてないが、それが重いなんて事は考えなくても分かった。よく一人でいる朽木に話しかけると嬉しそうに返事をした。心を許した相手にはいろんな表情を見せてくれた。

だけど朽木。人が皆、同じ行動基準で動くわけじゃない。同じ気持ちで接しているとは限らない。口先なんてどうにでもなる。先輩だなんて言っていても、その皮を脱いでしまえば、お前を欲しがるただの男。牙を向く狼にしか過ぎない。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「ちょっとお痛がすぎるかな?」

ペロと朽木が残した火傷を舐めれば、ピリと乾燥した痛みが疼く。

「爪痕くらいはかわいいもんだけど」

直撃していれば確実に重症だ。それはさすがにいただけない。

「まぁ、いいか。二・三回なかせるだけで勘弁してやる」

スと腕を伸ばすと伸びてくる赤い糸。目的のそれを掴んで離さない。目印をつけた子猫がどこへ行こうとも、それを追いかけるのはとても簡単。先回りをしてまた罠を張ってしまおう。

立ち上がればならない。
進まねばならない。
追わねばならない。
分からせねばならない。
『すでにお前は俺のもの』
だという事を。





修ルキ祭に投稿させて頂いたもの2。
Sっけが強いですね。前日の絵チャにとても影響されていまふ。
[18.9.3]