首輪をつける
昔、どうしても猫が飼いたかったのを思い出した。
真鍮の鈴に赤いベルト。
俺にしかなつかない。俺にしか心を許さない。可愛い猫が。
銀色の鈴がチリンと涼しげな音をたてて、赤い花がしゃらんとなった。
死覇装以外の朽木の姿を見るのはそれが初めてで、多分、この偶然がなければ恐らくそれを見るのは当分先になっただろう。それに感謝する気にならないのは、その装いが自分のためではないから。
俺に腕を掴まれた朽木は丸くした瞳を向けると、すぐに眼を細めて。緩やかに頭を下げた。再び鈴がチリン音をたてて、花がしゃらんとなる。桃色に染まり、艶やかな光を湛えた唇が綺麗な声を漏らす。
「こんにちわ。檜佐木殿」
掴まれた腕など微塵も気にせずに、そう朽木が告げる。
「どこかに出かけるのか?」
「ええ。恋次と花火を見に」
余計な事まで言うのは素なのか、確信なのか。少しだけ力を入れた指は朽木の穏やかな表情を崩す効果はない。変わらずに可愛く笑っている。腹がたつほどに。
「へぇ。あいつ休み取れたのか」
「この日のために最近は残業続きだったようですよ?」
俺の言葉に含まれる棘をしっかりと読み取る朽木は、やはり確認犯なのだろうと確信する。可愛く笑うその下には、したたかに微笑む女がいる。その事に気付いている奴は何人いるのだろう?
気付いたところで無意味。
気付いていようとも、知っていようとも、朽木に惹かれ求めるのに変わりはない。騙されることで手に入るのならば、いくらでも騙される。暴くことで求めてくれるのなら、いくらでも暴こう。君の望むとおりに。
だから。
「次は俺と行こうぜ?阿散井よりも俺のほうがエスコートは上手いし」
「この忙しい時期に副隊長殿がお休みを頂けるのなら、是非」
「お前の時間を貰えるなら、いくらでも残業できるのは、つまんねーけど阿散井と変わらないな」
捕らえた腕を解く事無く、いつもどおりの軽い会話。
ああ、やりたい事はこんな事じゃあないのに。
知らぬ間に作られた朽木と俺の距離。気付かぬ間に築かれた朽木と俺の間の壁。埋める気も破る気にもなれない程度に心地よい関係。望むほどには近寄れない関係。したたかな女は表では可愛く笑って、心では嘲りながらそれをなす。
気付かれぬ様、ばれぬ様、知られぬ様に甘い毒を言の葉に練りこんで。
それが男の全身に巡る頃に、そっと静かに離れるつもり。
「檜佐木殿。そろそろ時間ですので失礼させて頂きたいのですが」
十分に話し込んだ後に朽木は、そっと俺の手に自分の手を重ねる。俺の瞳を捕らえて離さない紫の瞳が再び微笑んだ。
「あ、そーか。引き止めて悪かったな」
「いえ」
ここで引き止めるような男ではない事を承知で、朽木は別れの言葉を舌にのせる。朽木の腕をつかんでいた手にはこの暑さのためか、それとも触れていたのが朽木だったからか、うっすら汗をかいていた。
その手を再び伸ばして、藍色の浴衣の袖を引く。朽木が振り返るとやっぱりチリンと鈴がなった。
昔、どうしても猫が飼いたかった。
真鍮の鈴に赤いベルトの首輪をつけてやって。
俺にしかなつかないよう。俺にしか心を許さないよう。可愛く育てよう。
今、腕の中にいるのは猫でもなく、首輪の代わりに赤い花と小さな鈴の簪をを挿して、俺になついていない、俺以外の男に心を許している女だけど。
俺が昔、飼おうと思っていたよりも数千倍は可愛い。
「檜佐木殿っ!?」
前触れもなく埋められた距離に、破られた壁に、朽木の可愛い笑顔が崩れる。その驚いた顔のほうが、笑っているときよりの数万倍は魅力的。
手加減なんか微塵もせずに両手を捕らえて、体を壁に押し付け、足の間に膝を立てて、身動きを封じる。白い壁に長い袖をふって縫いとめられた朽木は、綺麗な蝶の標本みたい。俺の乱暴な扱いのせいで結われた髪がハラハラと本来の位置に戻った。
それに呼ばれたような気がして、白い首に張り付いた髪に唇を寄せる。
「っ!」
俺が与える痛みから逃れようと首を反らす朽木。その動きに連動し、また鈴がちりんと音をたてて、花がしゃらんとなった。白い首に残ったのは一筋の髪の下に咲く、簪よりも大きな赤い華。
「気をつけて行って来いよ?」
いつもの距離から、いつもの戯れ程度に朽木の手をとって口付けた。いつもなら苦笑とともに一言返ってくるだけなのに、勢いよく振りほどかれる。
「貴様…」
「ああ、それとも阿散井よりも俺といたい?」
「っ!…失礼するっ」
去り際に残された射抜くような視線が気持ちがいい。
きっと朽木は今日は花火を見れないだろう。阿散井のために結い、俺に乱された髪を結いなおしても。阿散井のために着付けた浴衣を、どう着付け直したとしても。隠せない俺の痕。
赤く咲いた痕は、白い肌には映えすぎて、紫色に変色してもなおその存在を主張するだろう。
2・3日は残る、朽木の首につけた首輪よりも分かりやすい所有痕。
朽木はきっとそれを隠すだろうが、俺はわざと暴きに行こう。朽木が望むとおりにしていても、朽木は離れていくだけだと分かったから。今の朽木は俺を欲しくなくても、俺は朽木がめちゃくちゃ欲しい。
覚悟してろよ、お嬢さん。
俺に飼いならされるのは、きっと二度と離れる事ができないくら気持ちがいいぜ?
華々しい方々に混じって参加させて頂いた修ルキ祭。とてもとても楽しかった…。
お題を見た瞬間、コレが思いつきました。
どうかしてるね。
分かってたけど。