魔王と騎士と姫君
「離してください。檜佐木殿」
「だから、離せるわけないって言ってんだろうが。いーから大人しく抱かせろ」
白い清潔そうなシーツが敷かれた寝台の上。そこで二人の死神によって押し問答が繰り広げられていた。
一人は女。少女といってもいいその容貌はまるで人形のように美しい。少し癖のある黒髪を自然のまま流し、死覇装をキッチリ着込んではいるが、その体では虚と戦う事なぞ到底できやしないのではないかという危惧が生まれるほど華奢だ。大きな瞳は強さを湛えたまま、相手を睨み、赤い唇がキュと真横に結ばれた様は幼子のようで愛らしい。
しかし、幼子には決してない色香も漂わせていて、清純な白と魅惑の朱が入り混じったような、蕾が花開かんとする時のような、そんな強烈な華を持っていた。
そんな女をその場に縫いとめているのは黒髪短髪の男。
恐らく規格外であろう袖のない死覇装を纏い、そこからは死神らしく鍛えられたことがわかる腕が伸びている。檜佐木と呼ばれたその男は己の指と指が簡単に回るほど細い腕を掴んだまま、鋭い目つきに幾分か優しい光を宿らせて告げる。
「大丈夫だって、心配すんなよ。優しくするし。ちゃんと朽木邸まで送り届ける」
「この手さえ離していただければ、心配する必要も、優しくしていただくことも、家まで送っていただく必要もありません。冗談はいい加減にして、さっさと開放してください。私はそんなに暇ではないのですから」
「俺だって暇じゃねぇよ。副隊長だぜ?」
「だったら」
「仕事はマジでやってんだよ。だから、どうでもいい奴なんか勤務中に構うか。―――お前だから言ってるんだ」
背筋がぞわりとするような低い声と熱い瞳。
女―ルキアは体温が上がっていくのを感じた。何だか、頭もぼんやりして体から力が抜けていく。その広い胸に体重を預けてしまいたいと、心の隅で考えた。
「檜佐」
「いいから、こっち来い」
檜佐木がグイと少し強めに腕を引きば、何の抵抗もなく体重が預けられるた。その軽い体を腕の中に収めると、小さな体が壊れないようにと最新の注意を払って腕の輪を狭くする。
抱きしめた体は柔らかく…
熱かった。
「ああ、クソ。やっぱり熱あるんじゃねぇか」
「はぁ、はぁ。大丈夫です。少し休めば治りますから、ほおって置いて下さい」
熱のせいで苦しそうにしているくせに、決して甘えようとしないルキアの強がりは無視して、檜佐木はとりあえず四番隊に連れて行こうと、自分の胸の中にいる体の下に腕を差し入れる。負担が掛からないようにそっと抱き上げた。
「そいつをどこへ連れて行くつもりだ?」
この部屋の主の、その暗い声が阻まなければ。
『give andtake』
俺と阿近の関係を表すのにこれ以上の言葉はない。
不特定多数の女と付き合うのに必要なのは、要点を押さえて連絡をとるマメさと、飽きさせない技術。+自慢できる容姿。これらは女だけじゃなく同姓にも有効で、 おかげで俺の顔はずいぶんと広いし、それを有効活用できる頭もある。
阿近との付き合いもその一つ。
お互い好意も嫌悪もないドライな繋がり。
この引きこもりの変人と称される男は、その通りの変人だが、どこに繋がっているかすら分からないパイプをいくつも持っていて、何かと便利が良い。 そのため時折、奴の下へ訪れることにしていた。
「ふぅ」
大きな門をくぐり、背を伸ばす。堅苦しい席は嫌いではないが、やはり疲れる。空を仰ぎ見れば雲ひとつ無い晴天で、このまま執務室へ戻って机に縛り付けられる気にはならなかった。
「…寄って行くか」
しばらく顔を合わせていなかった、こんな辺鄙な場所に居を構えている変人の顔が頭に浮かぶ。いない確立のほうが高いが、会う予約を取り付けてもそれを守るような奴ではない。あの白い顔で「記憶に無いな」と一蹴されれば怒るのが馬鹿らしく思えてくるのだから、諦めるより他ないのだろう。
つま先を向ける方向を変え、軽くスピードを加える。
グンと退く左右の景色。この瞬間が結構好きだ、余計なもの全てを引き離したような気になる。
「おーい。いるか?阿近」
陰気な人物が住むまで建物まで陰気になるのだろうか。しっかりした造りの家の、どこか影が湿ったような扉に手をかけ声をかける。珍しいことに玄関に草履が2足揃えて置いてあった。 一つは大きめの…阿近のものだろう。そしてもう一足は随分と小さめ。多分子供用の物。
「………何か、あぶねぇな」
変態―もとい、変人と子供が家で二人きり。
好んで関わりたくはない。
耳を澄ましてみるが、特に異常と取れる音は聞こえない。というか、何も聞こえず家には誰もいないような静けさだ。それが、逆に恐怖を煽る。 果たして子供のいる家がこんなに静かでいられるものなのだろうか。
死神としての馴染んだ習慣が無意識に働いた。怪しいと感じると霊圧を探り、危険か否かを判断する。それ程、大きくない家の周囲の霊圧を探るくらい檜佐木にはわけが無い。 あっさりと阿近の霊圧を捕え、位置を補足。同時にもう一人の家中の人物の霊圧も。
「!!」
恐らくこれ以上は無いという本気のスピードで霊圧の元に駆け上がる。断りもいれず、土足のまま。
辿り着いた寝室で、目を瞑り横たわっているルキアを見つけた時の衝撃をいかほどのものと例えればいいかわからない。もし、ルキアがキチンと死覇装を着ていなかったら、 確実に下の階にいる阿近を殴りに行っていただろう。
ソロリと近づく。
見て取れる範囲では情事が行われた形跡は無く、思わず安心の息をつく。しかし、ルキアの様子がおかしい。眠っているというのに、形の良い眉は苦しげに歪み。 呼吸も荒い。異変の原因を確かめようと寝台に片足をのせた。
ぎし。
パチ。
焦点がぼやけたままの紫色の瞳が檜佐木の姿を映す。
「あこん?」
愛しい唇で呟かれる自分ではない男の名。これ以上、不快な物がこの世に存在するというなら教えて欲しいものだ。面白くない気持ちをそのままぶつけてしまいそうになるのを、 必死の理性で抑えるが、声が硬くなるのは止められなった。
「違う」
「………檜佐木殿っ!?なぜここに?」
慌ててルキアが上体を起こす。よほど予想外だったのだろう、瞳を見開いたまま檜佐木を凝視している。
「それはこっちの台詞だ。何で、お前が阿近の家で寝てるんだ?」
「え…」
ルキアが明らかに狼狽を見せる。普段から嘘の上手くない、正直な性根に加えて、寝起きの予想外の来訪者。誤魔化しきれるものではない。 目ざとい狼に、兎が打った逃げの一手は最低の物だったと言っていい。
「檜佐木殿には関係ありませぬ」
拒絶。
その言葉が檜佐木の心のどこかを踏みにじった。
「分かった。じゃあ、勝手にさせてもらう」
ルキアを捕まえて、強引に横抱きにしようとするが、身軽な体は容易くと腕から逃げていった。残ったのは腕一本。
「何をするのですか?離して下さい」
「ここに置いておけねぇから、連れて行く。お前の意思は関係ないから、意見は無視するぜ」
「何をたわけたことをっ」
「体だるいんだろ?歩かせねぇから」
「だるくなぞありません」
「ばればれの嘘つくなよ。呼吸が荒いし、目がぼやけてるぞ。…辛いんだろ、さっさと折れろよ」
「離してください。檜佐木殿」
「だから、離せるわけないって言ってんだろうが。いーから大人しく抱かせろ」
ずいぶんと余裕の無い自分の声が耳についた。
「そいつをどこへ連れて行くつもりだ?」
出来るならば今は聞きたくなかった声に、眉間に皺が入った。抱き上げかけた体を再び胸の中にしまい込んで、檜佐木は阿近に鋭い視線を浴びせる。
「どういうい事だ?」
「落ちているのを拾った。治療の必要があったんでな。見つけた場所が隊舎よりもこちらに近かったから、連れてきたんだ…。薬を飲ませる邪魔だ、退け」
短すぎる問いに正確すぎる答え。
阿近らしくない。
檜佐木の知っている阿近ではない。
阿近ならば病人が転がっていても、自分の興味が動かなければ一欠けらも情をかけない。それがいかに死に掛けていようと、弱い存在であろうともだ。 知的好奇心が働かなければ、平然と眉一つ動かさずにその体を跨いで目的地へと歩を進めるだろう。
それがこの男のはずだ。
なのに、そいつが具合を悪そうにしていた死神に出会ったからといって、潔癖なまでに他人を入れるのを嫌う自分の家までつれて帰り、介抱するだろうか。
何故だ?
―答えは一つしかない。
「扉の前をどけ」
危険だ。こいつのそばには置いておけないという思いが確信へと変わる。
阿近は何でもする。手に入れたいと思ったからには、それを決して諦めない。底なし沼の中央に咲く一輪の花に心を奪われれば、何のためらいも無くその沼に脚を突っ込むような男だ。 脚が泥に埋もれるのも構わず、手が泥に塗れるのも構わず、その泥に呼吸が塞がれるのすら構わずに花に向かって進む。何度生まれ変わってでも、手に入れるまで繰り返す。
狂った執着心。
阿近は何でもする。手に入れたいと思ったからには、それを決して諦めない。底なし沼の中央に咲く一輪の花を手に入れるために、足場が必要ならば生きた赤子すらその沼に沈める男だ。 その赤子を思い、泣き叫ぶ母親も続いて突き落とす。そうして作った足場を一輪の花を見つめて、突き進むのだ。足場にチラリとも視線を向けもせずに。 有効と判断すれば、倫理や感情などはガラスの盾ほどにも阿近には意味をなさない。
絶対零度の頭脳。
それらがルキアに向けられている。
「どくさ。お前がそいつから離れたらな」
手に持っている盆を掲げて阿近が言う。表面上は無表情のまま。
「檜佐木殿。本当に大丈夫ですから、阿近の薬はよく効きますので。すまぬな、阿近。迷惑をかけている」
ルキアが檜佐木に体重を預けたまま、腕の隙間から顔を出す。その手が檜佐木の胸の布をしっかりと掴んでいるのを見て、檜佐木はようやくその腕を解いた。まだ、大丈夫だ。
阿近がルキアに近づかないように盆を受け取りに阿近の傍へと寄る。盆は簡単に檜佐木の手へ委ねられた。
「お前とコイツが知り合いだなんて知らなかったぜ」
話しかけた瞳が面白そうに歪められた。やはり、こいつは阿近なのだと確信する。その瞳はよく見てきた。檜佐木が阿近の望むものを引き渡した時の目だ。そういう時、 阿近の目には檜佐木は映ってはいなかったが、今は違う。確実に檜佐木を見ている。否、それも違うのだろう。正しくはルキアに関わる人物を観察しているのだ。ルキアを知るために。
「ああ、前にな」
情報は得ようとするくせに、与える気はまったくないらしい。
いかにも阿近らしい答えにニヤリと笑う。
(そこで指くわえて見ていろ、観察者)
盆の上にのっているのは小さなグラスが一つ。透明なグラスにそのドロリとした液体は、あまりにのそぐわない。ルキアの傍に戻り、寝台に腰掛け盆を差し出す。 丁寧に礼を言ったルキアの唇がそのグラスにつけられ、一気に無くなった。
「…苦っ」
思わずといった体でルキアが顔をしかめる。その顔にスッと唇を寄せた。
ぺろ。
強烈に広がる苦い味と、後からジワリと広がる甘い味をゆっくりと味わって飲み込んだ。
「うっわ、確かににげぇ…。ひっでー味だなコレ。よく飲んだな、お前」
「………」
至近距離のまま瞳を見開いているルキアの顔がみるみるうちに赤くなっていく。何かを言おうとしているらしいが、唇だけがパクパクと動くだけで声が出ていない。 今度は耳元に唇を寄せる。
背中に感じる怒気が小気味いいと感じたのは初めてだ。
予想通り。
阿近はまだ観察を続けるつもりらしい。人の先回りをする事はお前の専売特許ではないと、言ってみようか。チラリと心をかすった悪戯心は余韻を残し、そのまま傍にいるルキアへと向けられた。
「口直ししてやろうか?」
その言葉で阿近の家が半壊する事となったのは、予想以上のことだった。
久遠様のリク。真の完成!!!
修ルキor阿ルキ。って事でどちらでも取れるように、浮気なルキアを当初予定しておりましたが、ぜろわんの文章力の限界をぶっちぎってしまい断念。
修ルキ阿って事で一つよろしくお願いします。(リクの捉え方違!!!)
分かりやすいタイトルで分かりきってると思いますが、言いたいので言います。
姫がルキアで、騎士が檜佐木で、魔王が阿近です。魔王が姫を手に入れようと罠をしかけ、その魔の手から姫を守ろうとする騎士!エンディングは王道よろしく 守りきった騎士が姫から感謝のキスを貰うのか、しっかりと罠に嵌めて魔王が姫を手に入れてしまうのか、はたまた隣国の王様でてくるのか…。
そこらへんはぜろわんもワカリマセン(汗)