姫君と魔王と騎士
観察とは見ることだ。
毎日、毎日、見つめ続ける。
だからお前のその感想はある意味正しいと言えるだろう。
「モルモットにでもなった気分だ」
両手一杯に抱えていた書類を乱暴に机の上に降ろすとルキアはぞんざいにそう言った。
「お前が言いだした事だぞ?」
「分かっている。…でなければ、誰がやるか。貴様の助手なぞ」
ブツブツと愚痴を零しながらも決して働く手を休めようとはしないルキアを見て、阿近は思う。
死神なんぞにしておくには惜しい人材だと。
事の起こりは3日前にのぼる。
阿近の研究室、私室にある資料は膨大な数に登る。しかも、蒐集家でもある阿近はそれらを捨てようとはしないため増え続ける一方で、 近年では整理も追いつかず部屋から溢れそうな状態であった。
そんな状態の中、阿近の私室で事件は起こった。
その事件によって阿近の部屋はほぼ壊滅状態に陥った。
否、壊滅したのだ。
ルキアが原因で。
放たれた鬼道により天井には穴が開き、陳列してあった棚は倒れ、貴重なサンプルは破壊され、整理済みであった資料と未整理であった資料が混じり、骨格の標本はばらばらにちり、 古書の装丁は外れ、一部は焼け、一部は蒸発、実験器具は悉く機能する事を止めた。綺麗に残ったのは寝台付近のみ。
その時の阿近の怒りときたら、それは凄まじく、その迫力に押されたルキアは思わずこう言ったのだ。
「すまない!何でもするから!!」
と。
この言葉はルキアには意外なことに即効力があった。目に見えて阿近の怒りは冷め、上機嫌となる。
ほっとしたのもつかの間で、その急変に焦る。
無茶難題を言われたらどうしよう、と。阿近ならどんな事でも平気な顔で要求しそうだ。瞳を寄越せ、解剖させろ。等。それはあまりにもゾッとしない考えだった。
しかし、再び意外な事に阿近からの要求はまともだった。
珍しく、笑いながら阿近はこう言った。
「部屋が復旧するまで、俺の助手をしろ。そうすれば許してやる」
パタパタと小さな体で研究室を行ったり来たりするルキアの姿を阿近は見つめる。
瞬き一つせずに。
最初、ルキアが何でもすると言った時は「俺のものになれ」と言うつもりだったのだが、それは断られるであろう事が簡単に予測出来た。 だから助手にした。『復旧するまで』という時効まで定めて。
「阿近。お茶を入れた、少し休憩にしよう」
昨日までは本に埋もれていたソファにルキアが座り、一昨日までは存在が確認できなかった、今では小さな花まで活けてあるテーブルに盆を置いて手招きをする。 湯気をたてる茶の香りに渇きを思い出した。
「ふふふ。今日の茶菓子はすごいぞ、清和堂の栗最中だ」
「へぇ」
さほど興味がないので、適当に相槌をうつとルキアが不満そうな表情を作る。白い皿に並べられた最中をコチラに突き出すと抗議の声を上げる。
「何だ、嬉しくないのか?半時も並ばねば買えぬ品なのだぞ」
「菓子はどれも甘い味だ。老舗だろうが、評判の店だろうが、潰れかけの店だろうが、最中という菓子はもち米の粉を捏ねて薄く延ばし、焼いた物を皮。 その間にゆでた小豆に砂糖を混ぜて練ったものを挟んだものだろう。差があるのか?」
「………貴様とは食事に行っても楽しくなさそうだな」
「食事に行く必要はない。俺はお前を見てるだけで楽しいからな」
ストンとルキアの隣に腰掛ける。
幸せそうに栗最中に食いつく唇に指を這わせた。
「止めろ。食べにくいではないか」
ルキアが口を尖らせる。近くに寄った事でも、触れた事でもなく、間が悪いと。
「そうか」
簡単に引き下がって茶を啜る。こういう匂いがいい香りというのだろと、阿近はらしくもない事を考えた。間近にある黒髪に指を絡ませるとスルリと解けて離れていく。まだ駄目…か。
「しかし、お前の研究室はすごいな。貴重な文献の宝庫だ。統学院の書庫よりすごいぞ。よくコレだけの品を個人で集めたものだ」
湯のみを片手にルキアが感嘆の声を上げる。
天井までキッチリ物が詰まった棚は、ここ3日間のルキアの働きにより驚異的なスピードで整理されていっていた。 しかも、大まかな説明しかしていないのにも関わらず、元の配置を読んで、阿近好みの、そして阿近が整理するよりも遥かに見やすく整頓されいる。
ルキアが有能な証。
嬉しい誤算だ。
「まだ全然、足りないがな」
「え。これ以上集める気なのか!?床が抜けるぞ」
「構わん」
「いや、構わぬか。そんな扱いをしたら、せっかくの希少本が泣く」
ルキアが呆れた表情でこちらを見上げ、再び棚に視線を戻す。その際に軽くポスと体重を預けられた。
その感覚に眩暈が襲う。
実験は最新の注意を払って、綺麗に段階を踏まねば成功しないものであるのに、結果だけを求めてしまいたい。思考が追いつかず、体だけが動く。 細い腕をとってコチラを向かせると訝しげに眉を寄せる。抵抗はない。
「え。わっ」
大人しいままのルキアをソファに押し付ける。そこでようやくルキアは抵抗をしようとするが、それよりも阿近がルキアの首に噛み付くほうが先だった。
「っつ!」
咽元に走る鋭い痛みにルキアが声を上げる。
白い咽に残った赤い痕に舌を這わせようと、再びルキアの首に顔を埋めようとした所で阿近の動きは止められた。グンと視界が一瞬にして変わる。
「助手にセクハラはまずいんじゃねぇか?阿近」
人好きのする笑みを浮かべながら、人の胸倉を掴み上げる檜佐木の目は笑っていない。突如現れた檜佐木に驚きもせずに、怒りをあらわにした瞳を見ながら阿近は嗤う。
「入室の許可を出した覚えがないんだが」
「当然だ。とった覚えはねぇからな。朽木、帰ろうぜ」
「え?あ、檜佐木殿」
まだ状況のよく掴めていないルキアが呆けた声で檜佐木の存在を確認する。その瞬間にヒョイとその体が檜佐木によって抱えあげられた。
「ちょ…、檜佐木殿!降ろしてください!!」
「やだ」
締め上げられ、少し乱れた呼吸を整えると阿近は用意していた小さな袋を檜佐木に投げ渡す。中身は塗り薬と包帯だ。 ルキアの咽で赤を主張する痕に視線を絡ませると、檜佐木が半歩身を引いてその姿を隠した。
「使え」
「珍しく気前がいいじゃねぇか。いつもなら出し渋るくせに」
「自分の物は自分で管理する主義だ。だから、人が俺の部屋に入るのも好きじゃない」
「そりゃどーも。…コイツ以外のヤツに使わせてもらう」
最後の一瞬だけ、笑うのを止めた檜佐木は視線のままに霊圧を上げ、ルキアを抱えたまま瞬時にその姿を消した。
「なかなかの成果だ」
紫煙を揺らしながら阿近は満足げに頷く。
3日間でルキアを観察し続けた。
どういった会話を好むか、どういった時に隙ができるか、どこが弱いか。
少しずつ試しては反応を見て、今日はその成果を得ることができた。
上々だ。
「予想外なのは…」
ルキアよりも自分だ。
あそこまで簡単に理性が飛ぶとは。
「嫌われるつもりはないからな」
ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて慣らしていく。
まるで麻薬のように体の隅々まで犯しきって、ルキアのすべてを手に入れる。そのためには功を焦るような愚行は避けるべきだ。
「俺以外の奴がルキアに触れるのは気に入らないが仕方が無い。檜佐木には暫く付いていてもらおうか」
短くなったタバコを床に落すと、踏みにじる。
煙が完全に消えたのを確認してその脚をあげ、寝台に寝そべった。
真上に月が見える。
久遠様から頂いたリク!
念のため言っておきます。阿ルキっす。
つくづく思った。
阿近は書くのが難しい!
狂った感じと冷静さが同居してるイメージなんですが…没。
リクエストありがとうございました。
[18.4.28]