慰めの花
初夏の雨は冷とうございます。熟れ始めたばかりの夏の熱を奪い去り、体に触れるその雫の冷たさに身も心も凍るよう。まるで生きた心地のしないその中で私はひっそりと…。そう、本当にひっそりと息を潜めてりました。
その時がくるのを待って。
整然と美しくひかれた石畳。それを囲う純白の壁。均等に組まれた竹の壁。そこから手招くのは作り物のように美しい木々。丁寧に刈り込まれたその枝葉は冷たい雨に打たれても頭を下げず、ピンと伸ばされた葉がその雫を弾きます。強い風が吹いても、枝が別の道を描くのを許さずに形を保とうとします。限界を超えても尚。青々とた葉を茂らせる木だった記憶しております。生憎と名前は存じ上げませんが、赤い実をつける木だった記憶しております。雨と風に打たれ、バキンと終わりの音をたてた木がいたのはどこだったでのしょう…。そんなに時が経っていないはずなのに、もう記憶しておりません。恐らく、新たに似た形の木がすぐそこに植えられたせいでしょう。折れた翌日、様子を見に来た人間の「こいつは駄目だな」の一言で、その木は倒されてしまいました。
私はただただ、何の感想も持たずにその様子を眺めておりました。美しい木だと思っておりました。そして、その隣にある木も。そのまた隣にある木も。またその隣の木も同じように美しい木だと思っております。それだけなのです。まるで量産された硝子細工を眺めるような心地でございます。壊れてしまえば、次のものを飾ればいい。そんな考えしか浮かばないのでございます。彼らとて生きている筈なのに。
「箱庭みてぇな所だな」
赤い髪の人は言いました。
その時も雨が降っていたように思います。何しろ、幼い時の出来事ですから周りの様子まで細かくは覚えておりません。ただ、今日のように冷たい雨ではございませんでした。それだけは確かです。暖かい土の寝床にジワリと染込んでくる雨は、赤い髪の人の手のひらと同じくらい優しい匂いがしましたから。
私の寝床を準備する間中。赤い髪の人は私に話しかけ続けました。雨の雫は私を育むというのに、濡れぬ様にと懐にまで入れてくださいました。暖かいその場所で、私はその声を聞き続けました。赤い髪の人が語る物語は楽しいものではなかったのかもしれませんが、自由に走りまわる、笑顔に溢れた物語のように私には感じられました。けれど、その声はとても寂しそうだったのです。
「よろしくな」
「はい」
と答えた声にならない私の声は、赤い髪の人に聞こえていたのでしょうか。聞こえていなかったとしても、伝わっていたと思いたいのは私の思い上がりでしょうか。きっとそうなのでしょう。だけど、私は信じております。儚い身ではありますが、浅はかな考えを信じております。何故なら、笑ってくれたから。私は笑顔を待っています。笑顔を待ち続けているのです。ほら、今日も。
消えるような足音が近づきます。赤い傘を深く差し、足元しか見ないように歩く小さな姿。しかし、それでも凛と伸ばされた背筋は悲しいくらい綺麗です。まるで測った様に一定の距離を前後する歩き方は、本来のものとはかけ離れているのでしょう。美しいけれど、綺羅綺羅とはしてない。綺羅綺羅とはどんなものでしょう。少なくとも私は見たことがありません。ない…と思います。どのようなものか知らないので、確かな事は分かりません。だけど美しいだけの世界に、笑顔で語れるものなど有りはしない。私はそう思っていおります。
チリン。チリンと傘についている鈴が、昨日と変わらず鳴り続けます。同じ音色で。一昨日は雨が降っておりませんでしたので、横顔だけは見ることが叶いました。その前の日も綺麗な横顔だけを見ることが叶いました。しかし、石畳に向けられた視線が私へ向けられたことは一度もありません。願って―――待っているのに。
ああ、今日も…。と、雨の冷たさが一層増した時、チリンッと一際強く鈴が鳴りました。そして、止みました。赤い傘がゆっくりと振り返ります。
「なんつぅか…キラキラしてんだ。あいつ」
声が出ぬ身の何ともどかしい事でしょう。自由に動けぬ身の何と悲しい事でしょう。私に出来ることはただ、葉から流れる落ちようとする雫を僅かにその場に留める事だけ。その雫も直ぐに膨らみ、大きな玉となり地で砕けてしまいました。その砕けた欠片に彼女の姿が映ります。
穏やかな微笑みは身代わりの硝子細工のようではなく。
夜空に浮かぶ星のように、綺羅綺羅と。キラキラと輝いておりました。
ほのぼの朽木家を読んだばかりで、何故か冷たい朽木家を書く私。逆バージョンで緋真さん編とかも書いてみたのですが、兄様の不器用っぷりに匙を投げました。兄様の微笑む姿よりもルキアの微笑む姿を書いてるほうが楽しいしネ。花に語る危ない恋次さんでした(笑)お付き合いドモです。