雨の日
ぱたり…ぱたり…ぱたり…
ん?何の音だろう…。とハッキリしない頭の隅で考える。起きて確かめなければと思うが、まどろみが心地よく離れがたい。ふわふわと宙に浮くような、地にいるような、絶妙な心地から抜け出すのが惜しくて、私はその場に再び深く身を沈めようとする。とてもとても安心するこの暖かさから抜け出す気には微塵もなれなかったから。
ぱたり…ぱたり…ぱた…ぱたぱたぱたぱた…
しかし、邪魔をする音は次第にリズムと音を強めて、私に何かを訴えかけた。
「ん…」
一つ唸ってみても音が遠ざかることは無く、ますますその勢いを強くする。まるで全身を打つような音に煩わしさすら感じて、私はどうにか振りほどこうと寝返りをうった。否、うとうとした。
…動けない。何かにしっかりと全身を包まれていて、動けない。現状をそう正しく判断すると、ぼんやりとしていた頭が急速に冴え始め、次々と疑問の波が押し寄せた。
ここはどこだ?
家だ。住み始めてまだ1年とたたない我が家。
今日はいつだ?
久々の非番だ。仕事に時間を避かれ、蔑ろになっていた掃除や、後回しになっていた衣替えなんかを済ませてしまおうと、朝から家中を歩き回った。
今は何時だ?
昼過ぎだ。ちょっと遅めのお昼を摂ったばかりのはずだから。
私は何をしていた?
干した布団を取り込んだ。ついでに干したてのシーツもかけてしまおうと…、そうだ、その時に陽の香りに誘われたんだ。そして、そのまま…寝てしまったのか。
では、この音は何だ?
………
「!!洗濯物がっ!ふぎゃっ」
雨の音にようやく気付く。朝の労働力の成果のために跳ね起きようとした勢いの分だけ、布団に縫い付けられた。強かに打ちつけた額と鼻の痛みを堪え、何事かと手で探ると布団だと思っていたものから妙な感触が返ってくる。布には無い弾力性と、綿には無い保湿感と熱量。ソレが私の背にグルリと回され、その場を動くことを拒んでいた。自由な手でソレを押して、首を反らしてソレから距離を置く。微妙に足りない光に浮かび上がったのは、見慣れた黒い幾何学模様。
「恋次!?」
「ただいま。ルキア」
ガバと頭を上げるとまだココに帰らない筈の恋次の赤い瞳が見えた。
何でいるのだ?とか、仕事はどうした?とか、怪我はないか?とか、聞きたいことが溢れて口の中で渋滞を起こす。それに連動して混乱した頭は、とりあえず跳ね起きた原因を思い出した。何に機嫌を損ねたのかは知らないが、ずっと雲に隠れ続けた太陽が久しぶりに顔を出してくれた今日。非番と重なり溜まった洗濯物を一気に片付けてしまうチャンスなのに、濡れてしまっては台無しだ。だから、急いで取り込まねばならないというのに、恋次の包囲網は緩められるどころかきつくなるばかりで、胸から肩の辺りに頭が移動した辺りでピタリと動けなくなってしまった。
「離せ〜。洗濯物が駄目になってしまう〜〜〜」
「俺が取り込んでおいたから大丈夫だ」
その言葉にピタリと体が止まる。それなら安心か。私以上に几帳面なところのある恋次のことだから、きっとキチンと畳んであるだろう。皺になる心配も無い。胸を撫で下ろし、再び体重を布団に預けようとしたところでそれが不可能な事に気が付いた。
………私と布団の間に恋次がいる。
腕の包囲網から抜け出そうとしたため、私は両腕を恋次の頭を閉じ込めるようについている。腹部は完全に密着し、膝は辛うじて布団に付くか付かないか。腕の力を抜いてしまえば、恋次の上に完全に載っている状態。二週間ぶりの、滅多に見ることのない角度の恋次の顔。何だか真っ直ぐに見返すことが出来なくなって、私は白いシーツの上に広がる紅い髪に目を移し、言葉をかけた。
「何で一緒に寝ているのだ…」
ち・が・う。思わず自分の頭を自分で叩きたくなるような言に憤りを覚える。言いたかったのはこんな事じゃない。色々と労いの言葉を考えていたというのに、何故こんな言葉を私は言ってしまうのだろうか。怒りと通り越して、涙が出そうになった時にブハッと下で噴出す音が耳に届く。「くくく…」と声を殺そうとする恋次に硬い声音で「何だ?」と問えば、「いや、別に」と優しく言葉が返された。
そっと恋次が私の頬を包む。その動作に導かれて、私は恋次の瞳に視線を移した。
切れ長の赤い瞳。一見、鋭く見えるその深い色は様々な表情を映し出してくれる。怒った時は烈火のごとき激しい色を。決意した時は焔のごとく強い輝きを。悲しい時は聖火のごとく深き深淵を。そして、今はすべてを包み込んでくれる様な優しい熱を。凍える夜の暖炉にはぜる炎のように、安心させてくれる瞳が一番恋次らしいと私は思う。
瞳を見つめられて、見つめ返して、ゆっくりと恋次がいる事を確認していく。昔は生きてくれるだけで嬉しいと思っていた。次に共に歩めればいいと願った。そして今は、片時も離れていたくないと感じているなんて。二週間前に家の事はまかせろと強気だった自分が嘘みたいだ。二週間くらい一人で大丈夫だと言い切った自分が莫迦みたいだ。少し手狭かと思っていた家は広かったし、静かでいいと思っていた休日は風の音が気になって仕方ないくらい音が無かった。
恋次の笑顔を見て、ようやく私も笑顔を見せることが出来る。
「一人にして悪かったな」
「仕事だ。仕方あるまい」
「俺がいなくて寂しかったろ」
「別に。見ての通り、ちゃんとやってたぞ」
「ああ、家中が綺麗になってて驚いた」
「ふふ。そうだろう?だから、一人でも平気だと言ったのだ」
「でも、寂しかっただろ?」
「…拘るな」
「だって。お前、俺の布団で寝てるし」
「偶然だ。この布団にシーツをかけて終った時に睡魔が襲ってきたのだ」
「俺は寂しかったぜ?」
「………」
悔しい。ニヤリと悪戯っ子のように笑っている恋次の思惑は分かりきっているのに、そのとおりになってしまう自分が。続けて「ルキアに会いたくて、早く帰ってきた」と囁かれると簡単に折れてしまう自分が。夫を支えられる妻になりたいのに。
腕の力を抜いて体を預ければ、恋次は私の体を抱いたまま体を横にした。ゴロンと二人で抱き合ったまま布団の上に横たわる。額を合わせ目を覗き込んで、「ん?」と恋次が促す。分かっているくせに、明確にしたがるやっかいな癖は結婚してから付いたように思う。
「…寂しかった!恋次がいないと部屋が広くて、静かで、ともて寂しかった」
恥ずかしいからギュウと抱きつき、胸に顔を埋めて早口で言う。顔の火照りも取れないうちに、ちょっとだけ恋次の顔を伺い見るように「満足か?」と聞けば、明らかに満足している顔で「いいや」と答えた。
「何か、忘れてねぇか?」
「はて?何も忘れておらぬと思うが」
少しとぼけた口調で言うと、恋次が口をへの字に曲げる。恋次が何を聞きたいのかなんて分かっている。それは私が恋次に真っ先に言いたかった言葉だから。しかし、これくらいの仕返しがないと割に合わない。私ばかりが恋次に振り回されるなんて、絶対に御免なのだ。
軽く唇に触れる。それから鏡の前で練習までした笑顔で、私と同じくらい赤くなった恋次に言う。
「おかえり。恋次」
これからもずっと。
調子にのって作った2つ目の参加。同タイトルでupしにくいというご迷惑をおかけした…(反省)
ベースは変わりません。夫婦でもバカップル!楽しすぎた!!いつかルキアが恋次をドキドキさせてるのやりたい〜。