雨の日



「せっかくの休みだってのによ…」
「そう言うな。ゆっくり出来て良いではないか」

屋根の下から見上げる空は灰色を通り越して、殆ど黒い。昼間だというのに明かりを必要とする室内に伸びる影は二つ。蝋燭を中心に壁に幾重にも映る影は、薄いもの、濃いもの、長いもの、とそれぞれ色や形を変えるが、二つの影が離れているものは一つとしてない。

恋次の腕の中に納まっていたルキアは本から真上に目を向けると、まるで子供のような拗ねた表情に微笑を一つ零した。

「何だ。そんなに出かけたかったのか?」
「いーや、別に…。そうじゃねぇけどよ」

否定しつつも表情を変えようとはせずに、もう一度空へと向けられた切れ長の目。そこに映った黒。決して忘れえぬ罪の色。凍る心臓を思い出してしまう…。

「お前。嫌いだろ」

何が・とは聞かなくても、覗き込む顔に浮かぶ心配そうな表情で分かった。

― 恋次にはまだ何も言っていない。何も伝えていない。恋次は何も知らない筈だ、あの事は。

私は臆病者だから怖いんだ。お前に言って、軽蔑されるのが何より怖い。お前に伝えて、去っていかれるのが何より怖い。お前に私を知られるのが何より怖い。

私は卑怯者だから狡いんだ。軽蔑の瞳を見たくないがために口を閉ざして。手を払われるのを恐れるあまり当たり前のような顔をして声をかけて。お前が知っているルキアの顔をする。

― なのに、恋次と聞く雨の音はこんなにも優しい。

「大丈夫だ」
「…そうか」
「ああ」

大丈夫。大丈夫だ。この手があるから私は大丈夫。…大丈夫になれる。

― 大きく息を吸い込もう、生きるために。
― この手に刃を握ろう、生きるために。
― 護るために。
― 真っ直ぐに前を見据えよう、歩むために。
― しっかりと両の足で立とう、歩むために。
― 共に。

恋次と共に生きていたい。
罪が消えてなくなったわけじゃない。過去が塗り替えられたわけでもない。それでも、降る雨は変わった。全てを凍てつかせる雨でなく、地を育む恵みの雨へ確かに変わったんだ。

恋次が変えてくれた。

「なぁ、恋次」
「ん?」

頭を撫でる手が優しい。髪を梳く指が温かい。ずっと触れていてほしい。

「夕飯を食べに行く時間までにはあがるといいな」
「そうだな」
「また近いうちに会えるといいな」
「隊長次第だ」
「ふふ。兄様は真面目な方だから…。また会えたら、こうやってのんびり過ごしたいな」
「ああ…」

くるりと恋次に預けていた背を蝋燭のほうへ向ける。急に動いた私の頭から外れてしまった手が、変な感じで宙に浮いている。パチクリと一度だけ瞬きをした恋次の体に腕を回して、その胸に耳をあてた。きっと私の心臓よりも優しく打つ音に愛しさがこみ上げる。

「すぐ手の届く場所にお前がいて、私がいて」
「ああ」
「今日みたいに昼飯は私が作るから。甘味を忘れずに用意しておけよ」
「承知しました」
「…ずっと続くといいな」
「続くだろ。いつまでも」
「そうだな。いつまでも続くといいな、毎日」
「ああ。続くさ、まい…に………ち」

急に途切れ途切れになった言葉に頭をあげると、真っ赤な顔をして私を凝視している恋次と目が合った。鮮やかな髪の色に負けないくらいの色に、私は笑いを我慢できずに短く声を出して笑う。それでも、まだ声を出せずに固まったままの恋次の唇に軽くキスを贈る。早く声が出るようにおまじない。

額を合わせて「待っているぞ」と声をかければ、おまじないが功を奏したのか、真っ赤な顔のまま小さな声で、だけどハッキリと「………おぅ」と恋次が答えて、優しいキスをくれる。

待ってる。待ってる。だから、待っていて。






恋ルキ祭りに参加させて頂いた一つ目。
とてもとても楽しいお祭りでした。ぜろわんが作った物以外の作品は眼福としかいいようがない。これほど恋ルキが充電される事はもうないのではないだろうか。「雨の日」がはいつかベタ甘な恋ルキを書こうと思っていたもの。話的に何のつながりもありませんが、お題恋ルキの感覚です。
[18.10.4]