目前



「40年…か」

先ほど貰ったばかりの任官状がヒラヒラと風に遊ばれる。
十一番隊・第六席から六番隊・副隊長への任官。大抜擢といってよい。死神となってから40年間、努力に努力を重ねて勝ち得た、地位の証。

「何でだろうな」

ようやく得た、望んでいたものが手に入った。手に入ったら、最初にやろうと思っていたことがあった。それなのに、恋次はそれを先送りにした。

驚かそうという気持ちに嘘はない。しかし、それは今でもいいはずだ。今すぐ走っていけば、まだ間に合う。ルキアの顔の前に任官状を突き出して、あの大きな瞳が更に大きくなるのを見たい。 昔の恋次なら、真央霊術院にいた時の二人の関係だったならば、迷いなくそうしてるはずだ。

あの小さな体を探して、自分のもの以上に体に馴染んだ霊圧を探って、迷い無く駆け、素直では無い言葉をかける。喜んでくれることを期待しながら。

「あいつ。どうやって笑ってたっけ」

喜怒哀楽がハッキリとしていて、くるくると表情が変わる。嬉しいときには瞳がキラキラと光るし、寂しいときには陰りが映る。言葉でそう覚えていても、映像が頭の中に浮かばない。 恋次の頭に浮かぶのは、あの時、手を離したときの寂しげな笑顔と、「ありがとう」という声だけ。

当たり前のように隣にあった姿は40年も前に遠くへ行って、当たり前のように覚えていたものは40年という月日によって霞んでしまった。

「情けねぇ」

ギュっと握り締めた手のひらには何も残ってはいない。


その時、強い風が吹いた。風に煽られた任官状はアッサリと浮き、風にのって飛ぶ。

「うわ、やべっ!」

慌てて恋次はその身を起こすと、任官状を追った。幸いにも、見失うことはなく、木の枝に引っかかった所で追いつくことができた。手を伸ばし、掴んだ所でチラリと黒い物が視界の端を通る。

「地獄蝶?」

任官状を懐に仕舞うと、恋次はその後を追った。
大きな門の前にルキアが立っている。瞳に陰りはなく、美しく強い光を秘めている。多少、緊張しているようだが、すっと伸ばされた姿勢からは任務に対する自信が伺えた。

(久しぶりに見たな)

死神となって、遠めに見たルキアはいつも俯き、悲しげに瞳を伏せていた。そんな姿を見たくなくて、そこに送り込んだ自分に腹がたって、そこから連れ出せない自分が許せなくて、 その姿から目を逸らすようになったのはいつだったか。

「情けねぇのは今更か」

空を仰いで、恋次は呟く。いくら嘆いても、いくら後悔しても、どう理由をつけようとも、求めるものがある。諦められないものがある。未練ばかり引きずって、かっこ悪い事この上ないが。

越えると誓った。再びと願った。それだけは忘れてない。

「ヘマすんじゃねぇぞ」

小さく声を掛けると、頭の中で声がした。

(ふん。私より貴様の事を心配したらどうだ?副隊長などという大役。果たして貴様に勤まるかどうか)

それはまるで、本当にルキアの声を聞いたかのように響いた。
思いすぎるあまり、ついに頭がイカレたのかと不安になるが、それでも、数十年ぶりに聞いたルキアからの言葉。こういう時、アイツは腕を組んで、でかい目をすこし細くして、 小さな背を踏ん反り返らせて、やたら偉そうな態度をとる。その光景がありありと浮かんできて、恋次は笑う。

「上等!」

懐の任官状をグシャリと握りつぶすと、恋次は未だ悠然と前を行く「六」の文字を睨んだ。






ファンブックから〜。
恋次はとことんかっこ悪いのが、かっこいいと思いマス。
[18.2.15]