おにんぎょう


















『どこへなりともお供いたします。私が貴女の足となりましょう。』















「なぁ…」
「………なんだ?」
「何で、こんな事やってんだっけ。俺」
「知るか」

人の視線が非常に痛かった。

分かっている、分かってはいるのだ。この姿がどれ程浮いているか。生まれ持った赤毛のおかげで、安い興味の視線を浴びることは多々あった。 人目にさらされるからといって、びびるような可愛い神経は持ち合わせてもいない。言わせたい奴には言わせておけばいい。

…しかし、今はそれとはわけが違う。突き刺さる視線は興味、興味、興味の嵐と、たまに哀れみ。

時折、女が恥ずかしげによってきては「握手してください」だの言ってくる。仕方なく応えてやれば、そいつらはゾロゾロと増え始末に終えない。 隊舎の廊下を歩くだけでこんなに疲れたのは初めてだ。
「もうちょっと愛想のいい顔をしろ。お前の役は心優しい衛兵なのだからな」

誰だよ、そいつ。

という疑問に答えてくれる者などいやしない。シッカリと身につけられた衣装が息苦しい。体にピッタリとした衣服は動きにくい。廊下の両端に並ぶ、同僚達の死覇装が非常に羨ましい。 斬魄刀とは違う形状の剣はカチャカチャと音をたてて煩いし、草履とは違うブーツという履物は足をギュウギュウと圧迫する。

勘弁して欲しい。
眉間に皺を入れると、再びルキアからきつい視線を頂く。ああ、こいつさえいなければ早々に逃げ出しているのに。胸の中で俺の髪を指に絡ませて遊んでいる暢気な女にため息をつく。

「悪ぃ。ちょっと休憩」

いい加減、限界にさらされた神経を骨休めさせようと、ルキアの非難は無視して目的地とは別の方向へ足を向けた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「何スかこれ…」

目の前にある物が信じられず、ただただ呆然とする。
心底、仮眠室へ戻りたいと思った。
すでに体から離れた、一週間ぶりに味わった寝台の感触がこれほど愛おしいとは。

そこから無理やり剥がされ、首根っこをつかまれ、無理やり連れてこられたのは隊舎のとある一角。殆ど使用されていないはずのその建物にはなぜか長蛇の列。大半が女だ。

首をひねりながら、山吹色の頭の後ろをついていく。列の横を通り抜けると、『関係者以外は立ち入り禁止』という紙が貼られた階段を一つ登った。すると、そこには…

やけにヒラヒラした服を着た女が目の前を駆けていったかと思えば、金糸銀糸で刺繍を施された華美の衣装を纏った男が、本を片手になにやらブツブツと呟いている。 異様な服達の間にたまに混じる死覇装姿たちは、「だーじりんが足りない」「後、10分で開演だから」「次、メイクお願い」などと、忙しそうに声を交し合い、 駆けずり回っている。

その大半が馴染みの顔、つまり上位席官達で占められていることに気が遠くなった。

「凄いでしょ?」

凄い。

確かに凄い。

凄すぎて二の句が告げない。

やたらと自慢げな笑顔で松本さんが懐から出したのは一枚のチラシ。『舞台人形師』と大体的に書かれたそれにざっと目を通す。

「企画第二段って、第一段もあったんですか…」
「注目するところが違うわ」

そうだろうか?一番、重要な気がする。席官達がこんなに集まっていて業務はどうなっているのだろう。…考えたくない。

「ここよ。出張喫茶!」
「えぇと。人形師の登場人物たちが本から抜け出し、あなたの元へ。忙しい日々に少しの夢を。自室でお話してみませんか。一時間たったの300環?」

…いつの間に死神は営利団体になったんだ。つーか、これだと喫茶ではなく怪しいアダルト的な商売だ。

「そう。そういうことで、はいvこれお願いね、阿散井」

何にもそういうことになってないが、一つの紙袋をずずいと押し付けられる。押し返すわけにもいかず受けると、その勢いのまま空き部屋に放り込まれた。 今度はスパンと障子が閉じられる。

「着替てね。五分したら開けるから」

つまり五分で着替えろと。

仕方なく紙袋を開くと、そこには障子の向こう側で吉良が着ていた物によく似た形状の、しかしそれよりも幾分か地味な服が入っていた。

「…どうやって着るんだよ、コレ」




◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「それにしてもお前、すごい服を着せられてるな?」

空いていた小部屋に入ると、ルキアを椅子の上へと降ろす。濃い紫色の少し丈が短いドレスに黒い外套。複雑に編み上げられた髪。 行儀よく椅子に座ってい姿はまるで本物の人形のようだ。

まるでルキアではないようだ。

少し不満げなその表情を除けば。

「そうか?…そうなのかもしれぬな。何だか最近、これ以上の事が起こりすぎて気にもしていなかったが、言われてみれば確かに。これも十分すごいな」

無造作にピラとルキアがスカートの裾を掴む。白い太ももがその下から少し覗いた。

ドクと心臓が熱くなる。
そういう刺激には多少態勢がついているものの、やはり平常心を保つのは難しい。必死でそこから視線をひっぺがすと、荒んだ顔をしたルキアと目があった。 想像以上の苦労があったようだ。

「…大丈夫か?」
「………………………人の心配をしている場合か、すぐに貴様もこうなる」

吐き出された言葉はずいぶんと重く、リアルに胸に響いた。

先ほどの出来事が思い出される。
服の着方を尋ねると送り込まれたのは檜佐木さん。これまた奇怪な服を着ていて、なぜか髪が伸びていた。何と言っていいかわからず、とりあえず「髪。統学院の時みたいッスね」と 素直な感想を言えば苦虫を潰した様な表情。何か気に食わないことでも言ったのだろうかと考える前に、着る手順が説明された。やや乱暴に。

ついつい着替えてしまうと、ざっくり説明される今回の運び。ざっくりすぎて、どれを疑問によってもよいか分からないまま、舞台裏と呼ばれる部分をずかずかと進む先輩の後をついていく。 「とにかく。コイツの傍を離れなきゃいーんだよ」と開けられた扉の向こう側にいたのはドレス姿のルキア。笑顔でルキアを抱き上げる檜佐木さんに嫌な予感を覚えつつ、客名簿とルキアを 渡され、そこを放り出された。

後はルキアを抱えたまま隊舎内をいったりきたり。廊下を歩けば刺さる視線耐え、移動先ではやたらとルキアに触ろうとする野郎どもを目線と霊圧で追い払う。それが3回も続けば 疲れた体にとても堪える。

「もう少しくれー、時間かけて仕事片付けてくりゃ良かったかな…」

力なく床に座り込むと再び襲う強烈な眠気。

しかし、時間をかければかけるほどルキアの傍には誰か他の奴がいたかと思うと、それはそれで面白くない。やはり、頑張って早めに片付けてよかったのかもしれないなどと考えていると、 ぼんやりした頭に心配そうな声が響いた。

「恋次。もしかして寝ておらぬのか?」
「いや、ちょっと寝たりねぇだけだ」

気遣う瞳に適当な嘘を返す。
鈍いルキアにバレやしないと、たかをくくって。

「本当か?」
「ああ。…そろそろ行くか。次の公演までに戻って来いって言われてるしな」

半端に休んだお陰で、さらに辛くなった体に鞭を打った。
立ち上がろうと、膝に手を置く。それと同時に、ぴょんとルキアが椅子から降りる。

地につけられた白い足。

「あ!テメー。足の裏が汚れる…」

舞台裏から笑顔で送り出す乱菊さんに散々言われた。ルキアの役は足が不自由なんだから、足の裏が汚れるなんて絶対に有りえないと。汚れる事なんか周りの奴らがやらせないんだと。

「たわけ。そんなの後で拭けばいいだろう」

ベシと額を叩かれた。
そのまま押されて、壁に頭がつく。
自分の心臓の音がやけにでかく響く気がする。
どくん。どくん。どくん。
やけにゆっくりと打つ音。それと一緒に落ちる思考。
少し冷たい手が、とても気持ちいい。

「寝ろ。貴様はたまに真面目すぎる時があるぞ」
「………たまに?俺はいつも真面目だろうが」
「さてな」

ルキアの声が何となく安心させる。
時間が。と抗う気にはなれない。

体から徐々に力が抜けていき、疲労が覆う。霞む視界でルキアの姿を必死に捕え続ける。フッと額から手のひらが消えた。

「うわっ!おい、こら。離せ」
「あったけー」

腕に捕えた小さな体は確かに熱を持っている。

ルキアの瞳を見れないのを残念に思ったけれど、ふと頭に結ばれたリボンに目がいった。
スルリと解くと広がる黒髪。見たことがないくらいに長く伸びたその髪は、 編まれたとおりに癖がついていて、なんだか少し不恰好だった。

「ああ!何て事をしてくれるんだ、貴様!!これは自分では直せないのだぞ…」

自分の髪を掴んでルキアが抗議の声をあげる。
途方にくれたその瞳がおかしくて、笑える。さきほど俺の髪にルキアがしていたように、指に絡めてみた。自分の思い通りに形を変えるくせに、最後はするりと離れてしまう。少し切ない。

キュと腕の輪を縮めてみる。

ああ、ルキアもゆっくりだ。

「てめーも忙しかったんだろ?」
「貴様と違って、睡眠はちゃんととっていた」

前半を強調された。
今度は怒りをみせる瞳が嬉しくて、やっぱり笑える。

ああ、何だかめちゃくちゃ眠い。
寝たくねぇんだけど。

「ルキア」
「何だ?」
「ルキア…」
「だから、何だ?」
「呼べよ」

歌う必要なんかない。
貴女のその声を聞くだけで安らげる。
だから、呼んで。
名を。
たった一つ。貴女のためだけにある名を。

「なぁ、呼べよ」

ふ。と真下にある顔が笑った。

熱をもった瞼にそっとあてられる白い手。
暗闇を与えるそれを煩わしく、愛おしく思いながら、ゆっくり暗闇に身を沈めていく。

「おやすみ。恋次」

やさしく囁かれたその言葉を手首にまいて。
end



紫星様の5555リクエスト「恋ルキ&修ルキ&阿ルキ」の恋ルキ。
郵便ポストによく入っている、あやしいマッサージ屋のチラシ。どうして欲しい時に入ってないんだ!!!
もっと面白いことが書いてあった筈だけど…。
甘えんぼ恋次。恋次はルキアを甘やかしてそうなんだけど、たまには逆もいいかな。と。
頭を下げるところは沢山あるのですが、キリがないので止めておきます!ええ、もう、開き直るっきゃない!!!
リクエストありがとうございました。あと一つ♪最後までお付き合いいただければ幸いです。
[18.5.29]