Doll
白い一点の曇りも無い陶器のような肌。長い黒髪は真っ直ぐ流れ、感触は絹のよう。淡い果実の色をした唇が開けば、聞こえるのは鳥のさえずりか。 華奢な体を包む純白のドレスは、あまりレースの使われていないシンプルなデザイン。まさに彼女のために存在する物だ。同じ生地を使ったリボンは彼女の頭の動きに合わせ、可愛く踊っている。
何も履いていない足を手に取ると、驚いた瞳がこちらに向けられた。
「調子はどうだ?」
「…恥ずかしいです」
赤く頬を染めた頬でそっぽを向く仕草は抱きしめたいほど可愛かった。
「すごい似合ってるぜ。めちゃくちゃ可愛い」
お世辞なしの褒め言葉を口にすると、ますます頬が赤く染まった。いつもの憎まれ口も捨てがたいが、 この素直な反応は男として何とも言えない。最大限に開かれた隙に付け込んで襲ってしまいたくなる。
「………檜佐木殿もよくお似合いです。髪、統学院の時みたいですね」
柔らかな微笑みに負けて、自分の欲を殺した。ルキアの前に跪くような体勢を止めて、足を離して地面に腰を下ろす。ルキアの腰掛ける長いすに背を預けると、頭にそっと手が触れた。 とても気持ちがいい。もっと触れていて欲しかった。
ねだる様な気持ちで、肩の辺りに垂れている足に再び触れると、くすぐったそうに引っ込められる。音もたてずに優しく頭が叩かれた。
「もう!…それにしても、不思議ですね。どうして一晩で髪が伸びるのか」
「それを言うならお前もだろ。俺よりも多く飲んでるし、あの薬」
昨夜、前夜祭だとか何とか理由をつけ、酒を片手に場を盛り上げていた松本さんから渡された丸薬。白く何のへんてつもない薬ではあったが、何の薬かわからないのに 「飲んで」と言われて飲む馬鹿はいないだろう。無理やり酒で流し込まれた馬鹿なら、約2名ほどいるが。
「私…昨夜の事はあまり思い出したくないのですが」
「俺もだ」
げんなりとした様子で呟く。テンションの高い松本さんは間違いなく最強だと、確信した一夜だった。
ボーン。ボーン。ボーン。
と、古びた時計が三つの時を告げる。
「あー。いよいよだな」
ざわついていた扉の一つ向こうが徐々に静かになっていく。息を潜めて、待つ緊張感が身を包んだ。人の期待に応えられる喜びと、失敗した時の不安が胸に入り乱れる。 こういう時は緊張しないのが一番だ。飲まれずに自分を保つ。
段々とクリアに戻っていく思考の片隅で、隣の人物が咽を鳴らしたのが聞こえた。真横に結ばれた唇。
「さて、行こうか?青玉」
口調は役柄。態度は自分。
綺麗に伸びた髪を一束掬い取って、軽く口付ける。片目を瞑って、笑顔を見せた。
大きく開かれる瞳に、再び宿る強気な光。
パシリと叩かれた手の痛みはご愛嬌。
「ええ、兄さん。連れて行ってくださる?」
差し出された手に頷いて、軽い体を抱き上げる。いつもは回されることのない腕が、しっかりと首に回された事に拍手喝采。舞台の袖に控えている松本さんが早くとせかした。
「舞台『人形師』?」
その予想もしなかった(できなかった)話に、思わず俺は普段の猫を忘れた。感情のまま、眉間に皺を入れる俺を目の前にしても松本さんの笑顔は曇ることなく。 瞳は期待に満ちてキラキラと輝いたままだ。
「そうよ。最近、仕事仕事仕事仕事仕事でもーーーーうんざり!!!何か、ここらで楽しいイベントはないかって考えたのよね」
調子よく杯を空にすると、一冊の本を取り出す松本さん。俺は空になった杯に次の酒を注ぎながら、それをチラリと見る。同じ隊の女が面白いのと薦めてきた本だった。 貰ったまま机の上に放置してある物と同じ装丁だ。
「へぇ。松本さんも恋愛小説とか読むんですね」
大人の魅力をたっぷり持ち合わせたこの先輩は恋愛実戦派だとばかり思っていた。どういう意味よ?という鋭い視線を笑顔でかわすと、先を促す。女の話の腰を折ってはいけない。
「それで今日、朽木を見かけたんだけど…」
久しく顔を見ていない名に、嫌でも体がピクリと反応した。杯を持つ指が僅かに動いただけだが、目の前のライオンには十分な餌だ。にんまりと笑った口がそれを何より表している。 ここで狼狽しては相手の思う壺。虎穴に入らずんば虎子を得ず。にっこりと笑顔を強化して立ち向かった。
「それは羨ましい話ですね。俺、最近あいつ見てないんスよ」
「相変わらず綺麗よ、あの子。で、思わず見ているうちに気付いたのよ」
何にですか?
と、意地の悪い相手に聞いてやる親切心もなければ、興味ありませんと言い切る潔さもなく。黙って差し出された杯に次の酒を注ぐ。軽くなった瓶に視線を向けると底をつきかけていた。 酒を追加注文する俺に、話に乗る気がないのを悟って松本さんは面白くなさげだ。
「つまんないわねー。何に?ぐらい聞きなさいよ」
「じゃあ、何にですか?」
ついでといった体で聞いてやる。
「…可愛くない」
「言われても楽しくないっスから。言うのは楽しいですけど」
「ちっ。まぁ、いいわ。えぇと、朽木を見てるうちにね『人形師』の青玉に似てるって思ったの。いいえ、あれは似てるってものじゃないわね。朽木が青玉のモデルじゃないかしら?って思うくらいよ」
「青玉?」
唐突に登場した宝石の名に首をかしげる。
「小説内の登場人物よ。とっても可愛い生きた人形の名前」
松本さんが微に入り細に入り小説の内容を話し始めた。ふんふんと大幅に聞き流した結果、俺は『人形師』という小説を、妹を失ったショックが大きいあまり、そっくりな人形を生み出した 男がその人形を妹の身代わりにし、男に愛された人形がなぜだか(小説では細かい設定があるらしい)人間となる。ただし、足の不自由な。 その二人を中心に館で繰り広げられる複数の恋愛模様を書き出した短編集と記憶した。
「ふぅん。それで松本さんは息抜きに朽木を青玉役に舞台をやりたいって言うわけですね」
「プラス喫茶店も・ね。役柄の姿をした人たちとお客様にお茶をしてもらうの!絶対に受けるわ!…ねぇ。協力するでしょう?修兵」
にっこりと向けられた笑顔は中々に凶悪だった。思わず頷きたくなるような色香だが、逃れられない現実から目をそらすような愚かな真似は決して出来ない。 トントン拍子のスピード出世に歯止めをきかす真似をするつもりはサラサラない。今だに空前絶後の忙しさは続いている。油を売っている暇はこれっぽっちも見当たりはしなかった。
ますます笑顔に力が入る。
「松本さん、仕事が嫌なのはよっく分かります。俺だって出来るなら、その計画にのりたいんですけどね。明日からまた、あちこち飛び回らなくちゃならないんスよ。 申し訳ないですが、今日はコレで」
これ以上いると強引に押し切られると判断した俺は、早々に逃げの一手を打つ。逃げるが勝ち。遁走も戦術のうちと言うし。
先手を打ち、席を立ちかけた俺をその場に縫い止めたのは松本さんの次の言葉だった。
「じゃあ、白いドレス着た朽木を抱っこしたあげく、間近で微笑んでもらえるっていう役得は他の誰かに譲ってもいいのね?」
笑顔のままで告げられたそれは、そのまま決定打ともなった。
「檜佐木副隊長!テイラ役とってもカッコよかったです!!」
カーテンコールの後、配置された席につくと、見た事のない奴らが拍手で迎え入れてくれた。
ちょっとした催し程度だと腹を括っていたが、隊舎をどう改装したのか(それよりもどうやって許可をとったのかが気になるが、怖くてあまり知りなくない)、舞台として提供された 部屋は室内だけ立派に洋室となっていた。低い舞台のすぐ傍に並べられたテーブルとソファは、館に招かれたという雰囲気がでるように凝った作りの物を置いてある。
どこの誰が手配したかは知らないが、 隊舎の外れの部屋を利用した立派な舞台設置といい、衣装といい、小物といい、ずいぶんと手際がいい。松本さんにテイラ役を押し付けられてから、まだ2週間ほどしかたっていないのに。
「ああ、さんきゅー。俺にも茶をくれないか?咽が渇いた」
「はい、どーぞ。私、原作のファンなんですけど、とっても良かったです。配役がすごく素敵。皆さん、イメージがぴったりで!」
「それ。松本さんに言ってやってくれるか?配役考えてスカウトしてきたの、あの人だから」
キャアキャアと騒ぐ女の子達を相手に会話をする。舞台を見た後で親近感がわいているのだろう。普段ならば、視線を合わせようともしない下級の死神たちが遠慮なく話しかけてくる。 役柄の口調を混ぜたりして、会話を弾ませると、中々聞くことのない本音を聞く事ができた。これは上官として貴重な経験と言っていいだろう。
アノ人がそこまで狙っていたかは謎だが。
「離してください」
客のざわめきに混じって耳に響く声。
視線を移すと隣のソファでルキアが困った顔をしている。その腕は男に掴まれたまま。部屋全体に視線を巡らせても、誰も気付いていないようだった。
(ちっ。酒もはいってねーってのに)
弱く断るルキアの言葉は、馬鹿相手には通じないようで一向にその手を離す気配のない男の顔を記憶する。九番隊のやつだったら即刻、除隊してやる。
「ちょっと悪い」
笑顔で断りをいれて、席を立つ。ルキアが座るソファに近寄ると、ルキアが顔を上げた。その瞳があまりにも弱々しくて、腹の中が熱くなった。
テイラは青玉を偏愛する男。普段は人当たりが良い好青年なのに、青玉が絡むと人が変わる。自分なしでは青玉がいられぬようにと足の自由を奪うほどに。
腰に帯刀していた細身の剣をスラリと抜きさる。それを見て男の顔色が豹変した。だが、もう遅いんだよ馬鹿。パフォーマンスは派手なほうがいいに決まってる。
ズバンと派手な音をたてて、男の着物の袖とソファを切り裂いた。その音で部屋中の視線が集まる。裂いた布から見えるのは怯えた目が一つに、驚いた目が複数。 仕掛けは上々。舞台は役者の手にゆだねられた。
鈍く光る剣を男の足元に遠慮なく突き刺す。「ひぃ」と漏れた悲鳴に知らずと笑みがこぼれた。
「お客様。青玉にそんな手で触れないで頂きたい。この子はとても繊細なのですから。…さ、怖かったろう?大丈夫かい?僕が部屋に連れて行こう」
最初はこれでもかと冷淡に、ルキアにかける声はとろけるように優しく言う。そっと手を差し伸べると、ルキアが手をとった。何回も繰り返された練習からの反射的な反応だろう。 抱きかかえるとギュッと抱きしめられる。まるで、怖かったと訴えるように。
シンと静まりかえったままの部屋を堂々と背筋を張って、扉へと向かう。扉の前に立つと、閉幕を告げた。
「皆様、お騒がせいたしました。私と青玉は退出いたしますが、皆様は時間が許す限りお楽しみください。それでは、…失礼」
閉じた扉の向こうから聞こえる歓声に笑う。
「すごい…」
腕の中のルキアの第一声はそれだった。
「ん?」
「いや、絶対に雰囲気を悪くすると思ったのだ。せっかく皆で頑張って作り上げた舞台をあんな事で台無しにされたくはなかったが、やはり嫌なものは嫌で」
呆然としたままのルキアは思うがままに言葉を口にのせる。何かの糸が切れているのだろう、普段のままの言葉遣いになっていることに気が付いていないようだ。
「そういう時は俺に助けを求めればいいんだよ。呼べば、すぐに駆けつける」
偽らざる本音。
舞台中だけの話じゃない。俺を頼り切って、依存してしまえばいい。何とかする度量は証明済みだ。
コツンと肩に頭ひとつ分の重みが加わる、背にすがりついた手がキュと強く服を掴んだ。密着した体から心臓の音が互いに伝わりそうだ。
トクトクトクトクトクトク―――
規則的なリズムが遠ざかると、視線が絡んだ。瞳をあわせてきたのはルキア。額と額がぶつかりそうなほど顔が近い。
「…うむ。ありがとう」
素のままの、近距離の、微笑み。
………………………………………………これはきた。
ルキアにその気はないのだろうと分かっているのに、沸き起こる欲望は止められない。
ああ、だって、好きな女に微笑まれたら、誰だって口付けしたくなるだろう?
人形では決してありえない柔らかな感触。
気持ちがいい。
もっと触れさせて。
ついばむようにもう一度だけ唇を重ねた。
閉じられた瞼にも触れさせる。
「………逃げねぇのか?」
当然のように受け入れたルキアがきょとんとした顔をした。
その後、急速に顔を赤くしていく。
「は…離してくださいーーーー!!!」
我に返ったルキアが腕を振りほどいて、駆けて行った。それを追わずに逃げる背を見る。白いドレスが和風の建物に飲み込まれていくその様にとても違和感を感じる。
あのドレスはとても似合っていたが、やはり死覇装もいいよな。と、今はどうでもいいことを考えた。それを考えなくていいように。 しかし、気付いてしまったことに無視はできない。できるはずがなかった。
………さて、どうしようか。手に入れてしまった決定的な隙は。
「あんまりじゃねぇか?」
こちらが舞台を整えて、ルキアを役者にする筈だったのに、まったく逆転してしまった。再び立場を逆転させるため、捨てるにはあまりに惜しい必殺のカード。きるだけきって勝ち逃げときた。
奪われた選択肢は遥か遠く彼方に。
残された道はただ一本。
「この格好で、隊舎をうろつくのは目立つな…」
真っ白なドレスのルキアはもっと目立っているだろう。とりあえず、あのドレスをルキアが汚してしまう前に捕まえようと、足を一歩踏み出した。
紫星様の5555リクエスト「恋ルキ&修ルキ&阿ルキ」の修ルキをお届けしました…。
ああああああ。神様!私に文才をくださいっ!!(絶望)
リ…リクエストに叶ってるんでしょうか?これ(びくびく)
こんなものでよければ受け取ってやってください紫星様。返品可!!!
[18.5.20]