人形師



私は人形です。名を青玉と申します。
私は兄に作られました。
兄はテイラといいます。私は兄さんと呼びます。皆はテイラ様と呼びます。
私が生まれたのは薄暗い部屋でした。
この両の瞳が嵌めこまれた瞬間から私の記憶は続きます。
兄さんは最初、私の事をサファイヤと呼びました。
しかし、辛そうなお顔をなさり、この名を下さいました。
私はお慰めしたくて、声をかけようとしましたが唇は動きませんでした。
私は人形です。
それから毎日、私は兄さんの日々を暮らします。
兄さんを見送り、迎え、共に食事をとります。
夜になれば、私の部屋に戻り、眠りにつきます。
ある日、お世話をして下る方のお一人が仰いました。
「テイラ様は素敵ね。お若くて、お美しい上に資産家で。それなのにちっとも威張ったところがないわ。
私達にも本当によくしてくださるの。青玉様が羨ましい。こんなにもテイラ様に想われて」
ある日、お客様のお一人が仰いました。
「なんて可哀想な方なのでしょう。テイラ様は。サファイヤ様を亡くされたショックでこのような人形をお作り になって片時も離そうとしない。それにしても何て不気味な人形なのかしら。瞳の色を除けばサファイヤ様そのものだわ」
私は人形です。
あまり人の言葉は理解できません。
それでも分かった事はあります。
私がサファイヤ様にそっくりなこと。
兄さんがサファイヤ様をとても好きなこと。
だからそっくりな私を好きなこと。
それでも私はサファイヤ様ではないから兄さんが寂しがっていること。
そして、サファイヤ様はもうどこにもいらっしゃらないこと。

私は人形です。
脈打たず、静かな体を持つ物です。
熱持たず、冷たい体を持つ物です。
物言わず、見守る瞳を持つ物です。
では、そうではなかったら?
音を奏でる体を手に入れたら?
触れると暖かい体を手に入れたら?
喜びの歌を歌える体を手に入れたら?
そうすれば、兄さんは寂しくないのでしょうか。
悲しくないのでしょうか。
涙を流すことはなくなるのでしょうか。
私を見て辛いお顔をなさらないのでしょうか。
ああ、それなら私はその体が欲しい。
とても。
とてもとても。
とてもとてもとても。
とてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても。



欲しい。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「朽木。ちょっといい?」

やけに楽しそうな松本殿に呼び止められたのは、忙しい日々が続いたある日の事だった。私はちょうど他の隊へ使いへだされた帰りで、書類を抱いて急いでいたように思う。

「何でしょうか?松本殿」

いくら急いでいるといっても副隊長殿の声を無視するわけにはいかない。私は松本殿に誘われるがまま、 何度か入ったことのある十番隊の執務室へとお邪魔した。お茶を出してくれると言う松本殿を強引に押し留めて用件を尋ねる。

「ふっふー♪ねぇ、これ読んだことある?」

立ったままでといいと言ったのだが、言いくるめられてソファに腰掛ける。その向かいに座った含み笑いたっぷりに松本殿が取り出したのは一冊の本。 深い藍色の装丁に金の文字で『人形師』と綴られていた。生憎、私の興味とは離れた内容だったため読んだことはなかった。しかし、その装丁には見覚えがある。 確か清音殿が手にしたはずだ。それと雛森殿や伊勢殿も。

「いえ、生憎と読んだことはございませんが…。女性の間で流行っている本ではありませぬか?確か、恋物語を綴った短編集だと記憶しております」

「そう!それそれ。これが、結構面白いのよ。私のお気に入りは三話目の従僕の話なんだけど…」

マズイ。

松本殿は良い方だ。仕事も出来るし、気も利く。綺麗で面倒見もよい。同じ女性として、又は死神としても尊敬できる方だ。 …しかし、楽しいことが最優先!を真情のままに行動に移す方でもあるのだ。

「松本殿!あの、申し訳ありませんがお話が本の感想でしたら、また後日にしていただけませんか?」

本の頁をパラパラとめくり、お気に入りだという話を読ませようとする松本殿へ本を押し返しながら、半ば叫ぶように言った。すると、松本殿は本来の目的を思い出したらしくポンと手を打つと再びパラパラと頁をめくりはじめる。

「あの、松本殿…?」

一連の行動の意味のわからない私はどうしたものかと戸惑った。手元の書類は火急の物だが、目の前の人物は副隊長だ。どちらへ比重を傾けさせるべきだろう。

「ここ。ここをちょっと読んでみて」

ずいと再び押し出された本。爪が添えられている箇所にざっと目を通すと、とある貴族の視点で青玉という人形の容姿を描写された箇所だった。

『白い肌は白磁で作られ、瞳には珍しい紫色のサファイヤが埋め込まれている。絹の黒髪は生前のような美しさを誇り、ゆったりと編まれたその長い髪にはドレスと同色のリボン。 華奢な体を包むドレスはサファイヤの名に相応しい真っ青のドレス。サファイヤが生きていた時に好んでいた姿だ。』

読んではみるが、やはり意味がわからない。何をしたいのだろうか、この人は。

「…これが?」
「あんたにソックリだとおもわない?」

…は?

思考がたっぷりと一回転する。そっくり、という事は似ているという事だ。私が?何に?この本に出てくる人形にか??

「あの…、仰っている意味がよく分からないのですが」
「白い肌。紫の瞳。黒髪に華奢な体!手足も長いし…。ほら、この人形みたいに大きな目と綺麗な造りをした顔!!やっぱり絶対にあんたしかいないわ!!!」

綺麗な色をした爪を持つ指でペタペタと触られる。指で顎をクイと持たれ、色んな角度で検証された後で松本殿は自信満々に叫んだ。

松本殿についていけずにくらくらする頭で、必死に考え事態収拾を図った。何だか知らないが、とってもまずい方向へ話が向いていっているような気がしたからだ。 そして、かなりの高い確率で、その直感は外れてはいないだろう。この笑顔は危険だ。

「ま…待ってください。松本殿。私がこの人形に似ているなどありえません。少し読んだだけですが、この青玉は随分と美しい容姿を持っているようですし…。 それに私の髪はそんなに長くありませぬ」
「何いってんの、私の目に間違いはないわ!髪ならなんとでもなるから任せなさい」

何を?

とはとても聞けぬ雰囲気で、誇らしげに口を開く松本殿。
その後、礼をかいてでも呼び止められたときに入室から断っておくべきだったと、書類を盾に脅迫された私が何度も後悔したのは言うまでもない。






紫星様のリクエスト「恋ルキ&修ルキ&阿ルキ」の前ふり(笑)
本文だけじゃ設定を伝えきれないので、ちょっと姑息な手を使わせてもらいました…。
複線ってほどじゃないですが、コレを読んだ上でリクエストのほうを読んで頂いたほうが分かりやすいです。
無理やり設定を作るのに(ぜろわんの中での)乱菊さんほど役立つキャラはいない…お祭り姉御万歳!
[18.5.20]