宴会
用意されていたものを見て、絶句したのは私だけではなかった。
…落ち込んだのは私だけだが。
「〜〜〜!!早く着てみてっ、朽木さんっ」
きらきらとした純粋な瞳でそう言ってきたのは雛森殿。手を組み、感激しているとばかりに身を震わせる。このようにとても分かりやすくかけられている期待を裏切ろうとするのは、決して悪事を働いているわけでもないのに、どうしてこんなにも罪悪感を伴うのか。私はそれでもどうにか、ガッカリさせないように断る方法はないものかと考える。が、しかし。どうやっても気落ちした雛森殿の表情しか浮かばずに、曖昧な返事をしたまま黒いそれを受け取った。
「ドレスよりもよっぽど動きやすいと思うわよ」
そう言って、にっこりと衣服を差し出すのは松本殿。この人は一体、どこでこんな物を用意してくるのか…。と、未だに諦め悪く考えるが、それが愚問だと悟るのだけは最近速くなったと思う。用意するのではない。用意させるのだ、この人は。誰が犠牲になったのかは後ろでぐったりしている人を見れば明らかで、私は恨むなら松本殿を恨んでくれと心中で願った。私もそうするから。
受け取ったものをじっくりと眺めてから。ドレスよりもコレよりも何よりも、貴女が着ている死覇装が一番動きやすいのです。と、軽い足取りで(ぐったりとした人を引きずりながら)隣の部屋へと移動する松本殿に反論することは…やはり、出来ずに終わった。小部屋に残るは引き攣った笑みの私と、櫛を持ってほほ笑む雛森殿のみ。
「じゃ、みんなお疲れ様ーっ!かんぱーーーーーいっ!!!」
いつになく楽しげな松本殿の声が扉越しに響く。今までの経験上から、まさにこの一杯のために生きているといった様子の飲みっぷりが想像できた。そして、予想通りすぐに上がる悲鳴。本日の最初の犠牲者はどうやら吉良殿のようだ。
「………うん!じゃあ最後にワックスで髪をながそう♪」
「すまぬ、雛森殿。私のせいで宴会に遅れてしまって…」
「いいの。宴会よりもこっちのほうがよっぽど楽しいから…。はい、出来たっ♪どう?苦しいところはない?」
そう言われて、クルリと軽く肩をまわしてみる。黒の上着は窮屈そうに見えたのに、意外と余裕がある。首元にあるフリルが多少気になったが、白いシャツは滑らかな肌触りで着心地がよい。上着と同色のパンツも内生地に良いものが使われているのだろう。肌に纏わりつくことなく、伸縮もする。意外と快適。髪も結われたりしないので楽だ。
「うむ。大丈夫だ、ありがとう」
「そう?よかった!………………………はぁ、それにしても」
ゆっくりと漏れたため息にドキリとする。じっくりと全身を巡る視線に額に汗が浮くような気がする。この反応は、やはり似合っていないのだろうか。初めて着るものだから、自分ではよく分らない。しかし、松本殿の見立てなので何と無く問題ないのだろうと思っていたのに。どうしよう、ここは雛森殿に気を遣わせて何か言ってもらうよりも先に自分から脱ぐべきだろうか。だがそうしたら私は何を着ればよいのだろう。またドレスだろうか。出来れば、ドレスを着るよりもこちらがいい。デザインがシンプルだし何より軽くて動きやすい。
再確認のつもりでもう一度、自分の姿を鏡に映す。細身の黒スーツを着た自分を。…そんなに変ではない、と思うのだが…。鏡越しに目が合った瞬間、雛森殿が行動を起こした。
「可愛いーーーーーーーーーーーー!!!」
「…は?」
「あ。ごめんね!あのね、違うの。勿論かっこいいよ?カフスの石の色と瞳とお揃いでとっても似合ってるし、シャツの細やかなフリルも派手すぎないでいい感じだし、ジャケットの黒が白い肌を浮き立たせて色気もあってぇ」
もの凄い勢いで手を握られてからは成されるがままになってしまう。
な、なんだか、どこかでこの体験をした覚えがあるような気がっ。目を輝かせたままで雛森殿が手を握ったり、抱きついてきたり、髪を触れられたり。目まぐるしくて、止める暇がない。
「あの…」
「でも、でもねっ。すっごく、すっごく似合ってるんだけど、やっぱり男性の服じゃない?首周りとか、袖とか、少し大きめなのが初々しくてーっ♪♪♪」
「んぐっ」
「細いうなじとか、手首とかが強調されてっ………。キャー!私もうどうしていいのかわかんなーいっ!!」
離して下さいっ!!!という声は抱きつかれた拍子に腕へと埋められ空気を震わせない。バシバシと背を叩いてみても、興奮状態の雛森殿には届いていないらしく解放するばかりか、腕の力は強まるばかり。女性に対してこれ以上、手荒なまねをしてよいものかと考えるうちに力が入らない状態になってきた。
マズイ。これは死ぬかもしれない………。
そう思い始め、まさに意識を手放そうとした時に私を救ったのは、幾度目かわからない大きな手―――
一体何をしているんだかこいつらは。遅い見て来いと駄々をこね始め、着替えてるんですからという反論が伝わらなくなった乱菊サンに無理やり閉め出されて来てみれば…。女同士で抱き合ってんのかと思えば、一人は興奮してして、一人は窒息しかけてるし。相変わらず女のコミュニケーションの取り方は意味がわかんねぇ。とりあえず、手前にいる方を両手で抱えて引きはがしてみるとキョトンとした顔で雛森がこちらを見上げてきた。
「あ。阿散井君」
「雛森…。あ。阿散井君じゃねーよ、なに人の幼馴染絞め殺そうとしてくれてんだ。大丈夫か?ルキア」
「けほっけほっ。大丈夫だ、恋次」
せき込んではいるが血色は普通で、離してくれの言葉に床に下してやると足取りもシッカリしている。まぁ、大丈夫かと雛森に視線を移すと今度はこちらが蒼白な顔をしていた。殺す云々は大げさな表現だが、雛森は興奮しやすいから強めの表現でないと意味がない。それでも、ごめん!ごめんねぇぇ!と再び抱きつこうとするのでガードしてやると、しばらくして立ち直ったルキアは大丈夫ですよ。と微笑んだ。うるんだ瞳をそのままに。それはもう見事に微笑む。それを正面から見た雛森の頬が染まった。
「………?雛森殿?」
僅かにぼんやりしていた雛森は、その呼びかけにハッとなると頭を振って立ち上がった。
「あ、ら…乱菊さんが呼んでるんでしょ?わ、私行くねっ」
慌てて部屋を出ようとしたせいで襖に見事にぶつかるが、それでも勢いを殺すことなく隣の部屋へと駆けて行った。何となく雛森が何をしようとしているのか俺には分かったが、不安そうな顔をしてこちらを見上げてくる奴には分かっていないらしい。さて、どう教えたものかと考えているうちにルキアが先に口を開いた。
「恋次。雛森殿はいったい…」
バタバタとやかましく廊下を駆ける音が止む。そして、スパンッと勢いよく流れる障子。俺は何となくルキアの両耳を覆う。
「乱菊さんっ!すっっっっごい美少年ーーーーーーーーーーー!!!」
ここまで響く黄色い声に、ああ。今のルキアはそんな感じだ。と不本意にも納得してしまった―――
「すっかり女共のアイドルだな」
「そうっスねー」
「そうですね、すごい人気だな。朽木さん」
赤髪と金髪の後輩と何を語るでもなくチビチビ杯を進めながら、中央で繰り広げられている朽木争奪戦の様子を眺める。乱菊さんの意向そのままに美少年となって現れるやいなや、アイドルとなった朽木は多少怯えながらも女たちと飲んでいる。そうなると余るのは男どもで。どうにも入っていけない女の世界を遠巻きに眺めるか、別の話題で少人数で語るしかなく、部屋の盛り上がりについていけていないまま何となく飲んでいる感は否めない。
「吉良。お前、酔いは醒めたのか?」
「ええ。朽木さんが来てくれたおかげで、いつもの半分も飲まずにすみましたから」
苦笑とともに酒を勧める後輩の好意を有り難く受け取りつつ、どうせなら中央にいる朽木にやって欲しいなと思う。一緒に部屋に入ってきた阿散井は何にも感じていないようだったが、俺の目には今の朽木も十分に魅力的だ。もともとが中性的な容姿をしているため、服装によって映える魅力まったく違う。ふわりとした衣服は正反対の凛とした強さを。刃を象徴するような漆黒の衣服のときは相反する儚さを。そして、今。異なる性を表現する衣服を纏った朽木は酷く女の香りがする。
細かく縫製され型崩れを起こしにくいしっかりとした作りのジャケットは、内で柔らかな曲を描いているだろう体を描かせる。そこから覗く白い項は肌に直接触れているシャツよりも白く輝いていて、先に広がっているだろう白い背や腰に触れてみたいと望ませる。
「食いてぇな」
そう呟くと「何かとりましょうか?」と聞いたのは金髪の後輩。眉を顰めて警戒の色を表したのは赤髪の後輩。随分と鼻が利くようになったと感心して笑いかけると、まだ杯も空いていないのに酒を勧めてきた。俺は黙って杯を空けてそれを受ける。阿散井も黙って杯を空けた―――
何だろう…。怖い………。そして、腹が減った…。
部屋に来てからすでに数十分がたとうとしている。が、しかし。私は未だに宴会の食事に手をつけることが出来ていなかった。女性に囲まれ賑やかに過ごしていることは確かなのだが、皆が何で盛り上がっているのかまったく付いていけていない。代わる代わる私を撫でる女性陣。一体、何が楽しいのか………。
「朽木さーん。はい、これっ」
女性の中でも一際高い声が私へとかかる。にっこりと笑って差し出されたのはふっくらとした卵焼。私はようやく食にありつける有り難味をかみしめて礼を述べながら皿を受け取った。
「あ、ありがとうございます」
「きゃーーーーーーーー!!!」
あまりの大音量に取って頂いたばかりの卵焼きを皿から落としそうになる。それは何とかバランスをとって防いだのだが、隣にいた女性死神に抱きつかれた拍子に今度こそ卵焼きは畳に落ちた。
「いやぁん!かっこかわいいきれいーーー!!」
「あ、ずるーい。私もギュってするー」
「ね。今、見た?私にほほ笑んでくれたよー。にこって!」
「卵焼き、もっといるっ?」
一気に寄せられる言葉の波に倒れそうになるのをなんとか踏みとどまる。どうにか腕から解放してもらって、再び食べ物を手に入れるべく努力。駄目だ。我慢しろ。皆様は先輩ばかりなのだから。強く奥歯に力を入れて、目をあけると部屋の隅で飲んでいる檜佐木先輩が視界に入る。そういえば、あの方は女性をあしらうのがとてもお上手だ。数々の言動を思い出すと僅かに光明が灯った。………試す価値はあるかもしれない。
再び卵焼きが接近する。それを運んできた手にそっと手を添えてみた。できるだけやんわりと伝わるように言葉を区切る。
「私のために…ありがとうございます」
今度は黄色い声は起こらなかった。かわりに訪れたのは耳が痛くなるほどの静寂。作戦失敗かと冷や汗を流すが、今さらやめるわけにもいかない。少しだけ相手を見つめてから、私はゆっくりと口を開いた。
「私の口までは運んで下さらないのですか…?」
震える手で運ばれた卵焼きは決して食べやすくは無かったが、ようやくありつけた味はとても美味しかった。何せ美味しそうなものが並んでいるというのに、口にしようとした瞬間にばかり邪魔が入っていたのだ。空腹時に何の拷問だと思いつつ、笑顔を浮かべていなくてはならないこの辛さ。いつもなら止めに入ってくれる雛森殿も今日はあちら側だし、松本殿の救いは最初から期待できないし、吉良殿はわかってないし、檜佐木先輩は笑ってみてるだけだし、女性相手では恋次はなかなか助けてくれない。自分で苦労して得たものは格別の味がすると思いつつ、次は何をねだろうかと考える。
だが、その考えは不要のものだったらしい。
「この巻きずしとっても美味しいよ?」
「黒豆は好きっ?」
「今は山菜が旬だよねっ!」
「ここの煮物は絶品なんからー!」
次々と差し出される食べ物に私はにっこり笑顔になる。
次いで起こる黄色い声にも怯まなくなった。慣れてしまえば居心地がいいかもしれない。何にせよ、飢えが満たされて心に余裕が出来た。さて、後はどう静かな場所に逃げるかだが…。
ゾクリと。背が、震えた。
「くっちっきーーーーーーーーー♪」
「ま…松本殿………」
予感的中。いつのまにか金の巻き毛がそばにあった。
先ほどまで他の人を相手に飲んでいた松本殿の甘い声。この声は危ない。ちらりと背後を盗み見るとデロンデロンに潰れた2人の男性死神が見えた。相変わらずのザルっぷり。酒の香りを纏わせながらも、その表情に酔った様子は決してみせない。それが、尚恐怖を増す。
「女の子はべらせて楽しそうじゃなぁい?」
スと渡された杯を条件反射で受け取ってしまう。断れないのは知っている。それでも断ろうとすると無理やり飲まされることも。どうやっても潰されるのならば、翌日に少しでも響かない方がマシだ。
「さ!グィといっちゃって」
並々と注がれた杯に舐める程度に口をつけた。クラリとする味。これは…そうとう度数が高いっ。慌てて松本殿が抱えている酒瓶を見るとラベルには『剣八殺』と書かれていた。十三隊である意味最強を意味する名称からとったのだろうか。それ故に不安が更に膨れあがる。私は今日、生きて帰れるのだろうか。
「なぁによぅ。景気悪いわねー!こー、一気にぐぃっと飲んじゃいなさいよ」
そう言って松本殿は同じ酒を一気にあけた。口から一筋だけ漏れた酒を舐めとる仕草は同性から見ても色っぽいものだ。それに、今の一杯でようやく酔いが回ってきたのか頬も僅かに染まり、大きく肌蹴られた胸元も僅かに赤い。なんだかじっと見ていては失礼なような気がして、慌てて眼をそらした。
「?どうしたの。朽木」
「い…いえっ……」
眼をそらしたのを見とがめられて、慌てなくてもよいのに慌ててしまう。その気まずさも手伝って、顔が何だか火照ってきた。
「なに、赤くなってんのよ。可愛いわねぇ」
クィときれいに整えられた爪と指に顔を正面に戻される。そこには豊かな胸があって、なんだかますます顔が赤くなってしまう。ふふ。と猫のように松本殿が笑った。
「ねぇ。………ルキア」
「は…はい?」
「おねぇさんがいい事教えてあげよっかー♪」
「!?」
肩に体重がかけられ、勢いのままに押し倒されると後頭部を畳にぶつけた。その瞬間、思わず目を閉じてしまって再び開けると松本殿の顔が間近にあった。髪を撫でる手が優しく頬に添えられる。距離を縮める唇に、まさか…と思うがこの人なら冗談ではないかもしれないし、やはり冗談かもしれない。判断に迷っているとますます赤い唇が近づいていくる。とにかく下から抜け出そうと、松本殿の体を押そうとしたら胸に手が触れた。
「あ、すい…んぅ」
鼓膜が破れるかという位の音量で人の声が響いた。男の声も。女の声もだ。それにくらくらしていると、口内にヌルリとしたものが侵入してくる。それが今、唇を合わせている松本殿の舌だと気づくのを理性が拒んだ。それがまずかった。僅かにぼんやりしているうちに、プチンと糸の切れる音が聞こえる。それがどこの糸かを考える時間は無い。鋭い爪が肌を伝う感覚と、細い指が肌を愛撫する感覚。ツと敏感なラインを撫でて、左胸を優しく揉んだ。
「あっ…」
「何やってるんですかっ!!!乱菊さんっ!!!!!!!」
雛森殿の絶叫が響いて、体の上から重みが消える。が、すぐに圧迫感が身を包む。抵抗する気力もなく、私は大人しく抱きしめられた。ただ、早く帰りたいとだけ願いながら。
(もう…、誰も私に構わないでくれ………)
司城様のバトンを先に知っていれば猫語でコレやったのにー。のにー。にー。にゃー。 そんな後悔から始まる人形師言い訳。
完結しました!(どーん)
いや、長かったです。ホント。もう二度とこんな無謀なマネするもんかと思います。なんせ元がオリジナル。で、パロでしょう?途中で何の目的で書いてるのか、さっぱり分らなくなり。オリジナルで考えていた伏線とかも使えないし、ルキアも檜佐木も考えてたオリジナルキャラとは全然タイプ違うしで…。困った!(笑)
ルキアに合わせて名前を変えたりもしました。最初は瑠璃だったですよ、青玉は。でもルキアにやらせると決めてからはどうしても紫色を含んだものにしたかったので、青玉に。(サファイアはブルーサファイアが有名ですが、結構カラフルで紫色もあります)という調子で変更した点もあるので、ツジツマの合わない所も沢山あるかも。いや、それよりもオチはどれだけ伝わったのか………………(遠い目)
それでも、ルキアにドレス着せることが出来て、男装麗人もさせられて楽しかったです。たくさんのコメントも頂きましたし、他サイト様で絵にしてもらったり、その他にもあんな事があったり…と思い出深い連作になりました。
一年…くらいたちそうですね、あわわわわ。南条様、シド様。リクエストありがとうございました!もうお忘れかもしれませんが…(冷汗)皆様もお付き合い頂きありがとうございました!!