舞台裏



「コツリ。コツリ。と瞼の内からノックするのは誰でしょう?開けておくれと囁くけれど、とうに瞼は開いているわ。見ておくれと頼むけれど、とうに前を向いているのに」

静かに穏やかに。ソファに座る人形がクルクルと瞳を動かし、手で辺りを探り、何も掴むことが出来ない。次第に腕の伸びは落ちて、手は開かれずに握られたままになり、大人しく膝の上へと戻った。寂しげに伏せられた瞳は彼女の迷いだ。安寧のゆりかごは、最早必要ないのだから。

「兄さん?」

呼んでも彼は来ない。

「テイラ」

それもまた彼だ。

「私…?」

その問いに答えられるのは、彼女自身しかいない。まるで永久の眠りにつくかのように瞳を伏せた青玉の元に一人の青年が現れる。招かれざる客人の登場に、青玉はゆったりと微笑んだ。銀色の剣を携えた青年へ心からの歓迎を表して頭を垂れる。

「ようこそおいでくださいました。リトア公」

再び頭を上げたと時、すでにそこに無機質な人形の瞳は宿ってはいなかった。





意味のない問いだと分かって問うのは愚か者のする事だと思っていたが、そうでもないようだと最近になって考えを改めた。問うことに意義があるのではない。勿論、答えをだすことに意義があるのではない。重要なのは問う相手を違えない事だ。

「何故、貴様はつくるのだ?」

無から有へ。有から無へ。零を壱へと生まれ変わらせ、壱を弐へと昇華させ、弐を参へと転化させ、参を四へと霧散させ、四を伍へと堕落させ、伍を六へと翻させ、六を七・八へと分離させ、全てを求へと還す男はふぅと紫煙を深く吐き出すと煙管をポンと鳴らした。それから、特有の抑揚のない声で答えた。

「意味がないな」
「そうだな、この問いに意味なぞない。阿近。お前ならどう応えるかとおもってな」

阿近が纏う紫煙を見つめる。生気のない白い肌に触れる白煙は、まるで阿近の肌から溶け出しているかのように空に消えていった。目に見えぬ世界を覗く男の妄執が、身をも溶かし煙となりて追い求めるのは何だろうか。永久なる命ではない事だけは確かだが、それは自分には理解できぬ事だろう。

「阿近。何故つくる?」
「つくりたい。それ以外に何がある?」

休憩を終え、阿近が私の隣へと腰掛ける。白衣の皺がゆっくりと伸び、阿近の乾燥した手が私の髪に触れて一房だけくるりと奪われた。長い髪が気に入ったのか、最近こやつは事あるごとに髪に触れる。神経の通っていない筈の髪なのに、誰かに触れられると熱を感じて何だか落ち着かぬ。その乱れを嫌って指から遠のくとニヤリと阿近が笑った。

「作りたいから、作る。それ以上でもそれ以下でもない。そしてそれ以外でもない」

音もたてずに阿近が立ち上がる。冬の枯れ木を思わせる背が一歩遠のいた。

「そこに倫理や後悔は?」

問うて後悔した。ああ、これは愚かな問いだ。聞くまでもなく私は答えを知っている。

阿近が、嗤う。

「すまぬ。失言だ」
「他人のフリなんかしているから狂う。早くお前に戻るんだな」
「そうだな。明日で最後だ」

この長い髪も。ドレスを身に纏うのも。親しい人とお茶を飲むのも。話したこともない人とお茶を飲むのも。舞台に上がるのも。ライトを浴びるのも。あの拍手を聞くのも。誰かの想いに馳せるのも。
きっと青玉が作られたのは後悔からでも、償いからでもなく。ただ、ただ、会いたかったからだ。純粋に。

「惜しんでるのか?」

阿近にしてはまともな事を聞いてきた。それくらい、私はらしくないのだろうかと思うと愉快だ。

「いいや。早く終ってしまえと心から思っている」

隊にかけた迷惑や経験させられた色々な出来事を思えば、その答えはすんなりでる。しかし、これ程に濃い日々を送ることは今後そうあるまい。

「終れば寂しいとも思うがな」

「そうか」と相槌をうった阿近はもう嗤ってはいなかった。