舞台外
最近、気になっていることがある。
もう慣れてもいい頃だが、未だに緊張する扉の前に立つ。「隊長。入室の許可をお願いします」と声をかければ、いつもどおりキッカリ10秒後に「入れ」という声がかかった。
「失礼します」
「何用だ」
扉を開けるとまるで何かのお手本のように綺麗に背筋を伸ばし、机に向かう隊長の姿がある。前と変わりなく書類と硯に筆。後は印。それ以外は物の置かれていない机。執務室には一切の飾り気はなく。見事に整理されていた。
「先日の討議の報告書をお持ちしました」
机の前まで足を運んで書類を渡す。しばらくの間、隊長が紙を捲る音だけが室内に響く。棚に一つだけ時計があるのだが、これが恐ろしく静かで秒針が刻む音が殆どしない。何でも執務中は静かなほうがいいと特注で作らせた時計らしい。時計だけではない。硯や筆などの小物。又は墨や紙などの消耗品。挙句の果てに机や棚までの大型の物ですら、この部屋にある物は特注品らしい。一度、使いで筆を取りに行った事があるのだが「市販に出回っているものと同じ姿にするのが一番大変だった」と職人にぼやかれた。その時に、職人が首を捻っていたのが、きっと「貴族ってのは何を考えているんだろう」と言いたかったと確信している。俺がそう思ったからだ。
そして、俺はチラリと目線を奥に向ける。
そこには何を考えているか分からないお貴族様が、俺の知らぬ間に増設した周りの本棚とは少し違う趣向の本棚が置かれている。やはり俺は見間違いではなかったと確認した。
「どこを見ている」
「いえ、別に。それよりも書類はどうッスか?」
「問題ない」
「そうですか。んじゃ、そのまま他の隊へ決済を回すんでハンコ下さい」
ポン。と無言のままに印を押された書類を受け取り、小脇に抱えていた小包を渡す。丁度、他の木目の本棚と違い、やたらと凝った天使の細工なんぞ施してある白い本棚に整然と並べられた分厚いファイルと同じくらいのサイズの小包を。
「十番隊の松本副隊長より預かってきました」
「そうか。そこへ置け」
トスと机の上へ小包を置く。隊長の雰囲気が少しだけ綻んだ気がした。表面上はいつもの無表情だが。
もう一度、白い本棚へと視線を向ける。そこにはファイルとは別に見覚えがある本が一冊。それとやはり見覚えのある薄い冊子が数冊に同数の映像記憶媒体が並べられている。
「………隊長」
「何だ」
「ルキアがやってる人形師って舞台。第一段の公演は何回やったんスか?」
「全6回だ。先月の第二週目に、一日二回ずつ公演を行い。3日連続で終了した」
「………………どうでしたか?」
「うむ。ルキアを沢山みた。初回は緊張していたようで、数回ほど台詞を間違ったがそれも愛らしくてな。一瞬、「あ」といった表情をするのだ。しかし、すぐに立て直して演じ続ける姿は初々しさが溢れいじらしかった。次の公演ではもうその初々しさは消えていて、台詞を間違おうとも素に戻ることもなく第二回目にして完璧に近いものがあった。それから回を重ねるごとに成長が見て取れ、もういっそ他の役者はいらぬからルキアだけを舞台に上げておけば良いのではないかと思ったくらいだ。第二段になってから、ますますルキアは愛らしさを増したな。最近になって幕開けの際に追加されたシーンがよい。舞台にルキアしかおらぬからな。やはり、ずっとルキアだけを舞台に上げていればいいのだ。そうすれば、誰もルキアに軽々しく触れぬであろう。とういか、ルキアの周りをチョロチョロしているあの男は何だ。あんなにルキアを抱きかかえて羨ましいではないか。私とてあのようにルキアを抱きかかえたことがないというのに…。いや、それよりも呼称が気に入らぬ。ルキアに兄と慕われるのは私一人で十分だとは思わないか?」
「隊長。溜まってる書類はどこですか?」
スと指差された先に、公演のたびに繰り越されたであろう書類が山積みになっていた。