舞台外



うららかな午後。舞台の窮屈な衣装ではなく、死覇装の姿で俺とルキアは隊舎の外れの方でポカポカと日に当たってた。俺はルキアの後頭部を見つめながら、何となく前から疑問に思っていたことを口に乗せた。

「そういや、衛兵ってどんな奴なんだ?」
「んー?」

人間イスよろしく地べたに座る俺の脚の上で『人形師』を読んでいたルキアが視線を向ける。本を閉じると「そうだな」と言って考え込む仕草を見せた後、その口を開いた。

「名は出てこない。語られるのも随分と短い」
「ふぅん。端役か」
「いいや」

俺の相槌にフルフルと頭を振ってルキアが否定する。「うーん」と大きく一度伸びると、くるりと姿勢を変えて向かい合う形をとった。

「彼はサファイアを知らない唯一の人物だ。彼は身分が低くてな、屋敷の主人や青玉に会うのを許されてはいなかった。知っていたのは名前だけ」

何だか嫌な話に俺は眉をひそめる。

「青玉がいる街では葬儀があるたびに教会の鐘がなるのだ。嘆くように、悲しむように。命を尊ぶ彼はその音が嫌いだった。だけどな、聞こえてくるんだ。微かに。鐘の音に混じり歌が」
「青玉のか?」
「そうだ。その歌を聴くたびに彼は癒されたような気持ちになっていた。実際は青玉はテイラのために歌っていたのだがな。サファイアの葬儀を思い出す鐘の音にテイラは影を落としていたから。しかし、彼はそんな事を知らずに声の主を見たいと望んでしまった」

滑らかに紡がれる言葉の暗い響きに、その先に待っているのが決して楽しい事でないのを感じ取る。

「ある日、鐘の音がよく響き渡る灰色の空の下で、衛兵は青玉の元へと辿り着く。そして名を聞いてしまうんだ」

きっとその男は知ったに違いない。決して思いの届かぬ人への慟哭を。

「彼は会ってはならぬ人に恋をしていた。もう後戻りできないほどにその気持ちは育っていたのだろう。そして彼は青玉を外の世界へと連れ出してしまうんだ。たった一度の逢瀬に彼は命をかけた。青玉を腕に抱いて、庭の花畑よりも広い野原を見るだけの美しい逢瀬だった」

そこで一旦、ルキアは言葉を区切る。視線を遠くへやり、その逢瀬を思い出すように目を閉じた後、再び開いた瞳を俺の瞳へと戻した。

「短い逢瀬から青玉の部屋に戻り、別れた直後。彼は悲鳴を聞いた。そのまま放っておけばよかったんだ。何が青玉の身に起こったのかは分からない。しかし、何が起こっていたとしても館内には使用人が沢山いる。悲鳴を聞けば駆けつけるに決まっている。その中には彼よりも腕のたつ者がいる。聞かなかったことにして、これは夢だと思い込めばいつもの彼の日常に戻れるはずだったんだ。もし、戻れば。見ることも、声をかけることも許されない人にを見て、会話し、触れたことがテイラにばれてしまったら。死があることが分からないような人ではなかった」
「だけど、戻ったんだな。衛兵は」
「ああ、戻った。何の躊躇いもなくな。そして、青玉をリトア公から救い。テイラに殺された」

予測していた結末に俺は首をふる。

「わっかんねぇな。その日初めて姿を見て、言葉を交わして、少し散歩したくらいの女のために命を捨てられるものなのか?」
「聞くな、私に分かるわけがないだろう。ただ…」
「ただ?」
「羨ましい…。そうだ、羨ましいと思わぬか?」
「はぁ?何が?命をかけて想ってもらった人形がか?」
「違う。衛兵のほうだ。彼はリトア公を青玉の部屋から追い出し、自分もそこから逃げる時に、こう言うのだ」

『次の鐘が鳴る時。そう鐘が鳴る時に、私は貴女にまた会いにきます。だから迷わぬように道しるべを下さい。今日のように。歌う必要なんかない。貴女のその声を聞くだけで安らげる。だから、呼んで。名を。たった一つ。貴女のためだけにある名を』

「とな。どんな時に鐘の音が鳴るのか知らない青玉は微笑んでそれを約束する。必ず、と」

やはりルキアの言う意味が分からない俺は首を傾げる。

「?死んでもなお、青玉に会いたかったのか」
「さてな。そこは語られておらぬから、何ともいえぬ。貴様のその受け取り方が正しいのかもしれないが…私は別の意味でとった」
「何だ?」
「独占」
「は?だって青玉を独占しているはテイラだろ」
「そうだ。青玉は文字通りテイラのために生きている。ここまでは。だけど、青玉は自分の好奇心を満たすために外に出てしまった。そして再びそれを願った。自分のために。それはテイラの独占から青玉が抜け出したとは取れぬか?そして、もう鐘の音を聞くたびに青玉がテイラを癒すために葬送歌を歌うことはない。代わりにその唇から流れるのは彼の名前だ。テイラのためではなく、青玉自身のために呼ばれる自分の名」
「…それは」

穏やかな、優しげな言葉に隠された、その言葉の真の意味は。

「なぁ、恋次。羨ましいと思わぬか?焦がれた人を僅かとはいえ確実に束縛できるのは。そして、その激しい想いに何の躊躇いもなく身を委ねられる彼が」

そう言ってルキアが真っ直ぐ見つめる。俺はその瞳を見つめて、知らずと息を飲み込んだ。キラキラと人を惑わすように輝く瞳に俺は思考を停止させる。

「ルキア………。俺は…」
「そして青玉は彼自身の葬儀の時に、彼の名を呼ぶ。それは鐘の音にかき消され、青玉以外の何者の耳にも届くことはなかった。…つまり、私だけが呼べる名、私しか呼べない名だ。貴様の名は、な」

そう言って妖しく笑って見せたルキアの真意は、講義料に白玉を奢れという言葉に誤魔化されてしまった。