舞台外



「それで、朽木は何の役なんだい?」

ちょっと眠っている間に護廷十三隊は面白いことが起こっていたようだ。その代表。テーブルの向かいに座る部下を眺めながら、そんな時に布団の中にいた事を残念に思った。

「隊長は『人形師』という本を読んだことはございますか?」
「いや、残念だがないな」

いつもは肩までしかない黒髪が、なぜか腰の辺りまで伸びていて、朽木が頭を揺らすたびに一緒に揺れる。それが窓から差し込む光を受けて、キラキラと輝いていた。まるで、その髪で織ったかのように煌く黒い布地であつらえられた衣服は、朽木の細い体のラインをゆったりと覆っている。

「そうですね…。簡単に言うと私は人形の役です」

湯のみを置いて、考えながら朽木が口を開く。

あまり言葉が得意ではないこの部下は、よく考え込みながら会話をする。もっと気楽に話してもらったほうが嬉しいのだが…。

「人形?」
「はい。人になっていく人形…といった感じでしょうか、とりあえず最初は人形として登場します。兄に作られた人形として」
「ふむ」
「そして姿は死んだ妹そっくりなのです。兄は人形をとても大切にします。その執着さに人々の視線が妹を亡くした兄への哀れみから、人形を愛する異常者への蔑みに変わろうとしている頃、人形が生きるという奇跡が起こるんです」
「何だか悲しそうな話だな」

俺の言葉を聞くと朽木はちょっと首を傾げてみせた。漆黒の髪がそれと一緒に傾いて、何だかいつもとは違った落ち着かない気持ちが背を奔る。落ち着いた雰囲気の朽木はどちらかというと安らぎに近い感情を与えてくれる存在なのだが、見慣れぬ姿のせいか少々浮つき気味の気持ちを諌める。

「そうですね。悲しい話だったのかもしれません」

ティーカップをテーブルの上へ置いて、窓の外をみた朽木に思われている人物は誰なのだろうか。なんて羨ましい。思想に入ろうとする瞳をコチラに向けたくて、気になって仕方がない髪に触れた。

「朽木の髪か?これは。俺が寝ていたのは1月にも満たないと思っていたんだが…。もしかして数年たってるとか言わないだろうな?」
「松本殿が用意した丸薬を飲んだら、一晩で伸びたのです…」

げっそりとした様子を見せる朽木に、それがどんな味だったのかを聞くのは止めておいて。想像以上にさわり心地のよい髪を梳いてみる。冷たくひやりとした髪に自分の手の熱が移っていくが面白く、繰り返してみた。

「あの…隊長?」

触ることについ夢中になっていたらしい。頬を染めて、伺うように俺を覗き込む朽木が可愛らしく、つい頬に伸びようとする手をどうにか路線変更させて、頭を優しくなでてみた。

「済まん。珍しいから、ついな。いろいろ大変そうだが頑張れよ。仕事は気にしなくていいぞ。仙太郎や清音がよくやってくれているし。そのうち俺も観にいくから」
「はい、隊に迷惑をお掛けして申し訳ありません。隊長もあまり無理はされぬよう」
「失礼します。そろそろお時間ですが…」

ガラと無遠慮に障子開けられる音が、俺と朽木の時間を破る。朽木同様に珍しい衣服を着た阿散井の声が途中で止まった。

「?」

目線を追うとそれは俺の手にとまる。そして俺の手は未だに朽木の頭の上にあって。
ああ。
あまりにも分かりやすい態度に苦笑して、その手をどけた。あからさまにキツイ視線をよこす態度に好感を持ち、少し意地悪したくなる。それをきちんと自覚して、年をとった事に苦いため息をはく。

「残念。時間のようだな」
「すみません。それでは失礼します」

頭を下げ、席を立とうとする朽木が床に足をつけようとし所で動きが止まる。止まった足に履物はない。朽木はこの部屋に着た時は阿散井に抱えられ、そのイスに下ろされている。普段ならそのまま部屋の隅に阿散井がいるらしいのだが、隊長室に許可なく副隊長が立ち入れるはずもなく、渋々と扉の前で待機となっていたわけだ。そして、その壁は今も厚く阿散井の前に立ち塞がっているらしい。

「ああ。朽木は歩いてはいけないんだったな」

今気が付いたという風に声をだしてみれば、入室の許可が下るとでも思っただろう阿散井が反応する。だけど、そんな許可を出す気はなくて、のんびりと席を立った後に朽木を抱きかかえた。想像以上に軽い体に眉根がよる。

「隊長!?」
「お前…ちゃんと食べているのか?」

朽木の実力を買っていないわけではないが、この部下を目の前にするとついつい小言めいた言葉がでてしまう。イスから入り口までという短い距離を運んで、阿散井に朽木の体を預ける。険しい顔に笑って答えて、阿散井の腕にわたった朽木の頭をもう一度なでる。

「じゃあ、またな。今度は晩飯でも食いに行こうか?」

驚いた顔の後、ちょっと呆れたような顔をして朽木は笑った。

「隊長の調子が良いときであれば喜んで」

感情がありありと表情に出ているのに、「失礼します」と深々と頭を下げた赤い髪を手を振って見送る。

「うぅむ。その一直線さはかうが…」

あの分かりやすさと真面目すぎるのもはいかがなものかと首をひねる。大切な部下を任せるのにはいくらか頼りない彼へ頑張れよと思いつつ、そいつに対して意地悪をした自分の子供っぽさに笑いが止まらなかった。