水色
昔の策士は正しい。
覆水盆に返らず、転じて後悔先にたたず。
「で。どうなんだよ?」
「さて。どうだったかな?」
ニッコリとお得意の笑みを浮かべる友人は、ズイと手を差し出してみせた。言わんとしている事が読み取れて、思わず言葉につまる。それと同時に何故俺が?と被害意識が広がった。
「…なんだよ?」
「情報料。今時、情報に価値をつけるのは当然でしょ?ヤキソバパンでいーよ」
しれっと言ってのける表情はあいかわらず笑顔。そこにからかいが含まれているのは明白。誤解だと大声で否定したいところだが、今更何を言い繕っても説得力がない自覚があった。ああ、なんて浅はかな俺。
「水色…、てめぇ」
「あ、そういう態度にでちゃう?別にいいよ。提供先は一護以外にも沢山いるし。」
あっさりと笑顔を消して、手を引っ込めた水色は再び携帯を操り始めた。その澄ました横顔にグッと拳を握りしめ、この忍耐があの小生意気な死神様のおかげかと思うと、ますます拳に力が入った。
被害意識はますます広がり、だんだんと放棄したい気持ちにかられる。一度、俺は気をきかせてやったんだ。それを無下にしたあいつが悪い。ちがうか?いいや、その通りだ。
話を絶つ覚悟を決めた絶妙のタイミングで水色がパチンと携帯を閉じた。
「朽木さん人気あるからねー」
まるで独り言ように付け加える友人が、こんなにも憎たらしい者だとは。そしてこんなにも簡単に、その言葉に揺らぐ心がこれほど弱いとは。ガタンと椅子を揺らして立ち上がる。
「あれ?どこいくの、一護」
「売店!ヤキソバパン食いてーんだろ!?」
やけをおこした返事に、彼にしては珍しい大爆笑が返ってきたのは僅か三秒後のこと。
白
「いいの?一護怒ってたよ?」
心配そうな声色とは裏腹に笑顔を浮かべている級友を見上げと。私は一度瞬いて、何を問われているのかと考えた。
はて。私は何か一護に悪いことをしただろうか。
「?」
「さっきの。社会実習の行き先を聞かれたんでしょ?朽木さんは一護と同じ所に行きたくないの?」
「ああ。その事ですの」
なんだその事か。と、先ほどのやりとりを思い出して、笑い出しそうになるのを慌てて我慢する。
我慢しきれなった笑いを表情にして、私は少しだけ意外そうにしている小島に向かって、人間・朽木ルキアの答えをつげた。
「もしかしたら将来に繋がるかもしれない実習でしょう?行きたい所に行くのがいいと思いまして…。それに学校にもずいぶん慣れたし、いつまでも黒崎君にご迷惑をかけるわけにもいきませんから」
「一護は迷惑だなんて思ってないとおもうけど?」
「それでも、黒崎君の親切に甘えてばかりはよくないと思いますわ」
にっこりと相手が笑うので、私もにっこりと笑ってみせる。そして、しっかりと正面で対峙していたおかげで、で。と会話を続ける口の動きハッキリと見ることができた。
「君は、一護と一緒に行きたくないの?」
その言葉に私はもう一度、瞳を瞬かせる。おとなしそうな顔をして、意外と押しの強い。そして、年齢の割には老獪な少年だ。何だか厄介な人物に目をつけられたようだと。内心溜息、そして笑み。
彼ならばこの返事に誤解も婉曲もすることはないだろう。
「黒崎君が本音を言わない限り、そうですわ」
私の答えに満足したらしい小島は、楽しげに「一護はまだまだだね」と言ったので。
私はそれに同意も否定もしなかった。
黒
そういえば、そんなことを越智さんが言っていたと思いだしたのは圭吾の話から。
そして、珍しくあいつが口やかましく聞いてこないなと思ったのは圭吾の世迷言から。
一緒にしてやるか。と思いついたのはただの親切心から…のハズ。
「お前、これどーすんの?」
机の奥深くにしまいこんでいたプリントを引っ張り出すと、隣の机で黙々と本を読んでいたクラスメイトもどきの目の前でひらひらと振って見せた。
わずかに眉をよせ、不機嫌な様子を見せたそいつは文句を言おうと口を開くが、言葉を出す前に自分のいる場所を思い出したご様子で。似合ってるんだが似合ってないんだか判断に迷うあの笑顔をうかべてきた。
「黒崎君。それは?」
「今度の社会実習の希望調査票。で、どこにすればいいんだよ?」
再び忘れてしまう前に提出してしまうつもりで、右手のシャーペンをクルリと回す。どうせこいつの事だから、動物園だの雑貨屋だのウサギに関連したところに行きたがるに違いない。俺の希望からはかけ離れているけれど、高校生と兼業している仕事のためだ。
「行きたい所を書けばよろしいんじゃないからしら?」
「だから、お前の行きたいとこはどこだって聞いてんだよ。合わせてやるから」
離れていて虚が出たらどうするんだ。はお前の口癖だろう。
「あの件を心配してくださっているのなら大丈夫ですわ」
「大丈夫って…出たらどうするんだよ」
「コンがおります」
だから。お前が行きたい所を書け。と小声で言って、再び本に視線を戻す横顔に意を唱えようとして。何も言う言葉を持っていない自分にイらついた。
月
「なにをスネておる?」
「別に」
「なら、こっちを見ろ。一護」
学校から帰り、俺と部屋で二人きりになったルキアは猫を捨てていつものルキアの口調で話しかけてきた。
俺はその普通さに苛立ちを隠しきれない。
「なぁ。一護」
「なんだよ」
「お前は将来、何をしておるのだろうな。見ためによらず勉強が出来るから、もしかしたら医者になってこの家を継いでいるのやもしれぬな」
唐突に始まった未来の話に疑問符が浮かぶ。
思わず振り返り、ルキアの顔をみると。ルキアはとても優しく、泣いているような顔をしていた。
「もしかしたら、その頃には立派な父親をやっておるかもしれぬ。う〜ん、貴様に似ると少し子が不憫だな。出来るだけ、母親似にしておけ」
「ルキア?」
「…すまぬな」
望んでいなかった言葉に首を振る。
違う。俺は感謝をしているんだ、この力を教えてくれたお前に。
だけど、その言葉を言ってもルキアには届かないような気がして、口を閉じた。代わりにギュとその体を抱きしめる。いつ消えてもおかしくない小さな体はちゃんと鼓動していた。
窓から見える闇夜とそこに浮かぶ月が未来の色のようだと思う。
用意しておいて
気がついた時には、言い訳のしようがなかった。
「冬獅朗?」
今までで1番かもしれないこの距離。僅か数センチ先で紫水晶を思わせる瞳が、一瞬隠れてはまた現れた。そこには自分しか写っていない事がますます頭を真っ白にさせる。
「………」
陽が暖かくて、隣に朽木がいて、ふわりと髪から太陽の香がして。静かに本へと視線を落とす様をぼんやりと眺めていたら、無性にこちらを向かせみたくなった。
それだけだったのに、なぜこうなってる?
言い訳にもならない言葉だけが頭の中を掠めていく。
「どうかしたのか?」
と、紅をささない唇。頭は真っ白なのに、感覚だけはやけに鮮明で。頬と髪の間から滑りこませた手の甲が、もう一度朽木の髪をサラリと揺らした。
永久の時に触れる。
「………そういう事だから」
「なっ!!!」
「明日、改めて言い行く。答え考えとけよ?」
朽木が勢いよく体を引いた時に落ちた本を拾う。借り物だと言っていたソレを拝借する事にした。顔を真っ赤にしている彼女が逃げないよう人質がわり。今だ二の句を告げないでいる口から、明日はどういう言葉が聞けるのか。意外な事に楽しみだと思っている自分がいた。