「貴様は普段、何を食べているのだ?」

呆れたような声が降って来て、阿近はもう数時間も固定されていた視線を机から空へと移動させた。

薄暗闇の中に死覇装が浮かび上がる。
そこには保存食の袋を指で摘み、紫の瞳で面白くなさげに見つめるルキアが、机に腰掛け阿近に背を向けていた。数度左右の脚を動かすと、袋から瞳をそらし、丸めてから空に放る。それは放物線を描いて部屋の隅に設置してある屑篭へと吸い込まれた。

「さぁ。興味が無いからな…。とりあえず、生命が維持できる程度のカロリーと栄養を含んでいる物は摂取していると思うぞ。だから、こうして活動しているんだろう」
「死ぬぞ」

半眼の瞳に阿近の姿を映してルキアが言い放つ。
その紫の瞳には阿近の死が映っているのだろうか。
きっとそうに違いない。ルキアは死神だ。

「なら今、死ぬか」

いつか終る命。
永遠に繋がらない命。
そんな命など惜しくはない。

「ああ。今がいいな」

その紫の瞳を見ながら終わるのは、中々に良い。
いや、最高だろう。

目を開いたまま、阿近は夢に浸ると、それを現実にできないかと考えた。手近に薬の瓶がある。その中味は人体にとって毒薬だったのを思い出し、手に取る。

「阿近!?」

ルキアの声で呼ばれる自分の名。

パリ。

という小瓶が割れる音と一緒に夢も割れた。

「この薬は簡単には手に入らないものなんだが…」
粉々になった瓶の残骸を名残惜しく見つめる。酸素に弱い物質は、あっという間にどす黒く変色し、もう使い物にならない。

「貴様………。はぁ、止めだ!言葉の通じない者に何を言っても仕方がない。さぁ、さっさと支度をしろ」
「?何のだ?」
「私はまだ昼食をとっておらぬ。外に出るぞ、こんな所で食事をするのは絶対に御免だ」

一度、反動をつけてから机から飛び降りると、呆れたように再び半眼の瞳をコチラに向ける。

「早くしろ。あまり女性を待たせる者ではないぞ」
「…面倒だ」

偽りの無い本音。
終らせてくれれば、こんな煩わしい思いをしなくて済むというのに。

「ごちゃごちゃ言うな、たわけ」

重い腰をイスから引き剥がすと、ルキアが重い扉を開けた。
扉の隙間から、蛍光灯の濁った光が部屋へと差し込む。
その光を鬱陶しく思いながらも、己の長い影を引きずって阿近はルキアの背を追った。




棺桶にknockerを取り付ける。君が叩いた。僕は―















ハーフ



「ほらよ」

ぱくん。

「―――美味い。何だ?」

差し出したスプーンに何の躊躇いもなく食いつき、完全に体内に取り入れた後、笑みを浮かべながらルキアが聞く。

いつも「何だ?」と。

「カレー。やっぱ向こうには無いか」

向こう―ソウルソサエティの分類するならば和に入るであろう町並みを思いだしながら、二口目を差し出した。

ぱくん。もぐもぐ。こくり。

「美味い。が、少し辛い。水をくれ。―兄様が好まれるやもしれぬな」
「へぇ。白哉は辛党なのか」
「たわけ。兄様を呼び捨てにするでない」
「へーへー」

一つの皿に一つのスプーン。二つの口。
軽口とは反対に、カレーが減るのはあっという間で、成長期の身の上としてはとても物足りない。

「あー。ちっくしょ!腹へったな〜。…なんで何も食わずに帰ってくんだよ。飯いらねぇって言ってたろ」
「財布を忘れたのだ」
「マヌケ」
「うるさい。…しかし、確かに足りぬな。何か作るか」
「え。食えんのか、それ」

思わず出た本音に返ってきたのは鉄拳。
いつもの生意気な口を叩きながら台所に消えていく背中を見送って、彼女もくわえたスプーンを見る。

パク

カレーの味はもうしなかった。




女の子は砂糖菓子。ほら、触れるとこんなにも甘く…















ハーフ&はーふ



「ふふん。どうだ」

自慢げな彼女の前に並ぶのはブルーの皿に、白いカップが二つ。
皿の上には様々な具が挟まれたサンドイッチが等間隔に綺麗に並べられ、カップからは薄き色の液体が暖かそうに芳香を放ち、その濃厚な味を訴えていた。

「………見た目は意外とまとも」
「強情だな、貴様。いい加減負けを認めたらどうだ」

何の勝負だか分からないが、強気な態度に意地でも「美味そう」という言葉をかける気にはなれず、とりあえず手前の一つを手にとって口へと運ぶ。

卵とハムとマヨネーズ。
我が家の定番。
遊子が作る味によく似たサンドイッチはとても俺を満足させた。

「………………………」
「ほらほら、どうした?感想を言ってみろ、素直な感想を。ん?」

サンドイッチ一つ食うのに、なぜこんな敗北感を味わなければならないのか、非常に疑問だが、ここは誤魔化すべきでも、嘘をつくべきでもないのだろう。 ルキアの勝ち誇る顔が用意に想像できる。

「美味い」
「え?」

想像とは裏腹に、瞳を大きくするルキア。

「いけるぜ、これ」
「は?」
「だから、美味しいって言ってんだ。せっかく人が褒めてやってんのに、何だよその顔」
「え、いや。だって」
「真っ赤だぜ?」
「!?―っ。たわけ!見るな!」

慌てて背を向け蹲るルキア。それを見ながら、もう一つサンドイッチを口に運んだ。 今度はツナサンド。

「あ、コレ。俺好き」
「いい!もう分かった!!………お前は絶対に普通とかまぁまぁと言うと思ったのに」

ヨロヨロと力なく立ち上がると、向かいに座ってルキアもようやくサンドイッチに手を付ける。リビングにニュースの声だけが流れ、時折、カップがテーブルに当たる音がその静かなくうきにアクセントをつけた。

最後の一つ。
何となく手を出しづらく、ルキアを見ると「食え」と唇が動いた。
紫の瞳を見て今度こそ、心から素直に言う。

「本当に美味いぜ。ありがとな、ルキア」

フワリ。と笑顔が舞う。

「…ありがとう、一護」

頬を染めて、柔らかに笑うその笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも幸せそうだったから、キュウリの多すぎる野菜サンドには文句を言わないでおいた。




僕が知っている君と、知らない君。どちらが素敵な君なんだろう















七つの子



「恋次!こっちだ、こっち」

声のほうを見ると人の間からチラチラとのぞく白い手。
小さな背を精一杯伸ばして手を振るルキアを見つけて、恋次は校門を出る。肌に当たる風が少し冷たい。夕暮れも早くなった。こちらは秋が近づいているようだ。

「なんだよ?そんなに急がなくてもいーだろうが」
「少し遠いのだ。早くしないと店が閉まる」

ダラダラと歩く恋次をきつく見据えて、ルキアが反論する。
早歩きをするルキアは恋次よりも数歩先を行く。

ルキアが前。恋次が後ろ。
昔からの定位置。
何があっても、何者からでもルキアを逃せるように。

「で、どこ行くんだよ?」

行く先なんかなかった、いつも逃げていた。いつも何かを追っていた。
多分、それはこの小さな背。

嗚呼、変わらないね。
流れないね。

「…秘密だ」

幼い笑顔。
愛おしい笑顔。
無くしたくない、亡くせなかった笑顔。
それがすべてで。

「あ?何だよ。もったいぶって、つまんねーもんだったら切れんぞ。コラ」
「煩い。秘密と言ったら、秘密なのだ。こんな事くらいで切れるとは狭量な男だな、貴様は。………ほら、早く歩けと言っているだろう」

突如、振り返ったルキアに手を引かれる。
小さな手がひんやりと冷たい。

「時間が無い、走るぞ!」

引かれるがままに街を駆ける。
左右を流れる店や家の壁が赤く染まりはじめていた。

赤い景色の中、走る。
逃げずに、追わずに、繋がったまま。

「はぁ、はぁ。よし、間に合ったな!」

パッと手を離して駆けていこうとする手を慌てて捕まえる。
ルキアが驚いた瞳を向けて、振り返る。
そして微笑った。

「大丈夫だ。すぐに戻る」

ルキアの手が抜けた、自分の手には密やかな温かみが残っていた。
数分もしないうちに再びルキアが駆けてくる。
手に二つの鯛焼きを持って。

はにかんだ笑顔。
キラキラ輝く瞳。
思わず抱きしめる前にルキアが鯛焼きを差し出した。

「ありがとう。恋次」

何にだろうか。どれにだろうか。すべてだろうか。
分からないけれど、ちょっと悔しいけれど、ルキアを全部受け入れたかった。しかし、未熟な者にそれは難題で、彷徨った視線を再び合わせるのに苦労する。

「…何で、テメーが礼を言うんだよ。あー、その。な。ありがとな、ルキア」

綺麗。とても綺麗な笑顔。

嗚呼、変われないね。
流れられないね。

また手を繋いで食べた鯛焼きは、今までに食べたことの無い味がした。




さようなら。また明日。昨日までの僕















不起訴


「遅いっ」

すでに三度目のこの台詞。
押印すれば処理の終る書類に、ダンと大きな音をたてて判を押し付け、すでに小高くつみあがっている書類の一番上に重ね。生真面目に時を刻む時計の針は、不真面目な部下の怠慢の時も一緒に告げた。

ぼーん。

鈍い金の音が一つ。
昼食を買いに行くと言って出て行った乱菊が執務室に戻らぬまま、2時間が経っていた。

「松本。戻ったら覚悟していろ…」

思わず漏れる言葉。
無理もない。
忙しさに忙しさをかけた様な忙しさ。処理しても処理しても、処理した倍は湧き出る書類。睡眠不足に続く睡眠不足。不真面目な部下のサボり。嗚呼、無限に続く不毛な辛さ。

日番谷でなくとも切れるというものだ。
その上、今日は。

「…行けなかったな」

すでに終ってしまった休憩時間。月に一度の雫の時。
仕事なぞ放って行けば良かったと思うが、きっと真面目な彼女はそれを許さない。

あの瞳で蔑まれるなど考えたくもない。
きっと心が凍る。
あの笑顔に会いたいと、窓の外を見た。
桜の季節には程遠い。

「たいちょー。ただ今、戻りました!」

緊張感のない声が執務室に響き、山吹色の髪をなびかせた乱菊が、大きな紙袋を抱えて姿を現す。

「松本!一体、今までどこに行ってたんだ!?」
「まぁまぁ、隊長。見てください、コレ。1時間も並んでようやく買えたんですから♪あ、ちゃんときれてた玉露も買ってきましたよ。隊長、お好きですよね?この銘柄」

ふっくらとした唇に楽しげな笑みを浮かべながら、紙袋から品物を取り出しては日番谷の机に並べていく。

白玉ぜんざい・握り飯・惣菜・茶葉・墨・女性向けの雑誌・酒のツマミ・化粧水・マニキュア…。およそ執務に関係ないものまで。

「お前ってやつは2時間もどこでほっつき歩いてるのかと思えば…」
「だって、こーんないいお天気なんですよ?ここ数日、働きづめだったんですからちょっとくらいサボっても罰なんか当たりませんって」
「馬鹿野郎。この書類の束を見て言え!!そんなペースで終るわけないだろうが!」
「終りますよぅ。一生懸命やってるんですから。息抜きです、息抜き!必要でしょう?ね、朽木」

ニヤリ。と部下が笑う。
愉快犯のように。
嘘のような最後の名前。

「はい、松本殿。…失礼します、日番谷隊長」

微笑みながら、小柄な影が扉の光を遮った。
夢かと疑う。

「え。く…ちき?」
「どうされました?幽霊でも見たかのような顔をされていますよ。ふふ。お久しぶりです。先ほど、偶然そこで松本殿にお会いしたのですよ。随分とお忙しいようですが、大丈夫ですか?」
「ジャーン!どうですか?スペシャルなお土産でしょう??」

ルキアの両肩に乱菊が手を置いて、勝ち誇ったように笑った。
ああ、最高の人質だよ。
こめかみに血管が浮くのが分かる。

「日番谷隊長?」

少し不安げなルキア。未だ笑ったままの乱菊。
その表情を交互に見比べ…

「はぁ…。松本!茶だ。朽木は飯くったか?まだだったら食ってけ、無駄に買ってきた奴がいるから」

とうとう椅子から立ち上がり、ソファに移動する。

「はーい。ほら、朽木も座った。座った!遠慮せずにいっぱい食べていってね。ほら、白玉もあるのよ」

楽しげに奥へ消えていく部下の背を見て、もう文句を言えなくなった事を悟る。そして、必ず後でまちうけているからかいに頭痛を覚えた。
しかし、白玉に目を輝かせているルキアの笑顔一つでそれすらも我慢しようと思う。

「我ながら単純だな」
「?何か?」
「何でもねぇ…。松本の事は気にしなくていいぞ。いいから食え」
「はい。日番谷隊長もご一緒なら」

今は姿が見えない、愉快な事が大好きな部下に感謝した。




君の手で目隠しをして。ずっと君だけを見ていられるように















餌付け


「美味しそうやねぇ」

そう声をかけると、君は大きな瞳に怯えの色を宿す。

いつもそうや。黙し沈む。

「それ、一つ。僕にもくれへん?」
「………どうぞ」

怯えたままの紫色の瞳。
手に持っていた握り飯を差し出す小さな手にすら怯えが見える。
そんなに怖いなら誰かを盾にしてしまえばいい。
剣を捨ててしまえばいい。
弱いルキアちゃんにはそれが似合うとるよ?

白い手を取る。
笹にのっていた握り飯がボタボタと続けて2つ落ちた。
怯えが恐怖となる前に、その細い指にペロと舌を這わす。

「!!」
「ほな。ご馳走様」

一粒だけ口に含んだ米粒は。
彼女の涙と同じ味。

今度はいつ食べにこようか?




鬼ごっこしよう…。もちろん鬼は君