approach



「………目、閉じろよ」

そう言うと間近にある紫色の瞳はパチパチと数回、その姿を隠した。
そして、またジッとこちらを見返してからスッと遠のく。

「何故だ?」

問いを紡いだ唇からまだ意識を外すことができないまま、いつも入りっぱなしの眉間の皺を更に深める。

この状況でそれを言うか?ふつー。

バラードが流れる夕暮れ時の部屋。穏やかに、ベットへ並んで腰掛ける若い男女。………………………まぁ、とりあえず外見は。ふとしたキッカケで重なりあった手。絡まった視線。自然と近づく互いの体。優しく細い腰を引き寄せれば、腕は首へとまわされた。

後は―――

「なんでって…。そりゃ、なんと言うか。あー、その、なんだ。えーと。…やりにくいだろ」

顔が赤面しないよう精一杯努力してる。
なのに、その大きな瞳で見つめられると心臓がドキドキして落ちつかないなんて言えるわけがない。ましてや、いつも触れるだけで緊張しているだなんて。さっきだって手を重ねるタイミングを計るのにとても苦労したんだ。そのくらい骨休めをさせてくれてもいいだろ?

「私は一護の瞳に私の顔が映るのを見るのが好きだ。オレンジ色の髪が夕日の光を浴びているのを見るのが好きだ。接吻する時に私を気遣うその表情が好きだ。 もっと、もっと近くで見てみたかったのだが…。ダメか?」

小首を傾げて上目遣い。反則だ、ソレ。
一気に顔の体温が上がった。

もうダメだ。見てられない。右腕で顔を隠して、明後日の方向を見る。
ああ、畜生。

仕草一つでアッサリと主導権を奪われるなんて分が悪いにもほどがある。

「一護」
「………」
「一護」
「…笑ってんじゃねーよ」
「いい方法を思いついた」
「何だよ?」

ベットが軋んで、蛍光灯の光が少し遮られる。
すこし冷たい小さな手が頬に触れる。
紫の瞳にポカンとしたオレンジ色の髪の少年が見える。
それが次第に大きくなるのを待った。

「―――これなら目を閉じなくてもできるな」

そう言って楽しげに笑うルキアに脱帽。
自分の情けなさに涙する。

「…俺からする時は目、閉じろよ」




彼女の前に傅くのは跪くのは俺の運命か?















mischief



きっかけはちょっとした悪戯心。
それがこんな幸運を呼ぶとは…。

恋次は己の身に起こった事を未だに信じられないまま、大きく目を開けたまま動けないでいるルキアの腕を引いて唇をその耳に寄せた。

「もっかい」
「た…、たわけーーー!!!」

ルキアの怒号が飛んだかと思うと、腹部に踵が入った。
今度はフリではなく、本気で眠りにつきかける。

痛む腹を押さえ、何とか上半身を起こすと、涙で滲んだ視界に顔を真っ赤にして部屋の壁に張り付いているルキアを収めた。

「てめぇ…」
「き、貴様が悪いのだっ!というか、何でだっ?寝ておるのではなかったのか!?」

必要以上に大きな声を上げるルキア。
どうやら少しパニックになっているようだ。

その様子に更なる悪戯心が頭を擡げると、恋次は薄い笑みを浮かべた。

「何か寝てなきゃ都合の悪いことでもあったのか?」

持ち前の回復力で蹴りのダメージから復活すると、立ち上がりルキアのほうへ近づく。怯えたようにルキアの体が跳ねた。

「来るなっ」

そう言うと脱兎のごとく背を向ける。慌ててその細い肩を掴むと、抵抗を無視して体ごと腕の中に収める。すると、その腕にポタポタと熱い雫が落ちるのを感じた。

「ルキア?」

慌ててこちらに顔を向けさせると、惜しむこともなく流される涙。

「だって寝ていると思ったのに。寝てるとっ。ボロボロで、寝てるからっっ」

パニックが最高潮に陥ったようで泣きながら意味の繋がらないことを口走っている。

涙の理由が分かると恋次は安心のため息を落す。落ち着くようその体を抱え、背を優しく撫でてやった。

「う、ひっく。頑張っていると、そう思ったから。だから…」

そう言って恋次の胸に顔を埋めたまま動こうとはしなくなったルキア。
続きを言う気はないらしい。
それを察して、恋次はその先を紡いでやった。

「だから、その褒美に接吻?」

ギュと着物を握られたその強さに答えがイエスだと知る。
その子供っぽさに思わず笑いがこみ上げた。

「…何を笑っている」
「いや、別に?くくっ。笑ってなんかねぇよ」
「嘘をつけ!笑っておるではないか!!」

勢いよく顔を上げたルキアの鼻先に素早く唇を落す。
驚いて固まった隙に額にも一つ。

「褒美の礼」
「…たわけ。褒美を与えたものが礼を貰ってどうする」

言ってることは可愛くないのに、額を押さえて微笑む姿はとても可愛いいから、今日だけは言われたとおりに目を閉じてやった。




君から贈られる物は涙さえ宝物















charm



「どうぞ」

と、部下から差し出された盆に載っている包みを見て浮竹は渋面の表情を浮かべる。

それもその筈、目前に出された包みはその表情が表すままに常用している薬の中でも味の悪さに関して群を抜いているものだった。

「朽木…。コレ」
「今日はこの薬を出すように。と卯の花隊長に伺っております」

丁寧な口調に含まれた冷たい棘にヒヤリとするものを感じる。
どうやら昨日、検診をサボったのがすでに露見しているようだった。後3日は持つと思ったんだが誰か告げ口したのだろうかと昨日の事を知る人物を列挙していく。 しかし、そんな事を考えても横にいる部下の怒りが収まる事は無い。浮竹は早々に諦めると、潔く頭を下げた。

「朽木。すまなかった!」
「…やはり。何かしていらっしゃったのですね」
「え?」

やはり。という事は正確にはバレてはいなかったようだ。己の早計に舌を打ちたくなった。無駄だと分かっていても、どうにか誤魔化す手順を考えてしまうのは男の性だろうか。

「あー。そのだな」
「昨日の夕方あたりから海燕殿が可笑しな態度を取り始めました。しかも隊長の名を出すとその様子は顕著になるというオマケつきです。 それで4番隊へ問い合わせたところ検診に見えていないとの返答が―。どこへ行ってらっしゃったのです?」

コトリと盆を床に置き、真正面から座り直したルキアを見て逃げ場がない事を悟る。
嘘ごとには向かない、真っ直ぐな気性の部下を内心で非難しながら、浮竹は口を開いた。

「まさか共犯から露見するとはな…。仕方ない、こうなったら白状しよう。昨日はコレを買いに出かけたんだ」

袖に隠しておいた紙袋を取り出すとその中身を手に取る。
それからルキアの手をとって、開かせるとソレをのせる。

「コレは…香袋?」

ルキアの小さな手でも余るくらいの小さな香袋は一足早い春の香りを部屋へと運んだ。

「本当は海燕と一緒に明日渡す予定だったんだ」
「え。私にですか?」
「ああ。明日でうちに入隊してから丁度1年だろう?―よく勤めてくれた、ありがとう。そして、これからも励んでくれよ。朽木」

大きな瞳が更に大きく見開かれていく。
紫色の瞳が浮竹と床を数度往復した後、浮竹に落ちつき頬がほんのり赤く染まった。

そして、浮竹は見た。
華の開花を。
染まった頬はそのままに、紫色の瞳が喜びに輝きながら細められ、赤い唇が緩やかに上弦に形づくられる。

「ありがとうございます。浮竹隊長」

香を纏ったまま礼の言葉を言うルキアは、梅の精かと見紛うばかりに愛らしかった。

返答も忘れて浮竹はその姿を見つめる。
海燕と共になどと言わなければよかったと後悔した。

「…でも、お薬は飲んでいただきますよ?」

香袋を大切そうに仕舞い、表情を引き締めきれないままルキアが言う。

「はは。朽木は厳しいな」

幻想自らに苦い現実へと引き戻されて浮竹は苦笑する。
渋々といった体で盆の上の包へ手を伸ばすと、それよりも先にルキアの手がそれを掴む。

しばしの間、香袋の残り香だけが室内に漂った。

「薬が少しでも甘くなるまじないだそうです。昨日、隊長の行き先をお聞きした際に卯の花隊長に教えていただきました。私はこれで失礼しますが、きちんとお飲みくださいね?」

そう言って枕元に白湯を置くと、キチンと礼をし、障子を音もなく閉め、ルキアは執務に戻っていく。

残されたのは手のひらを見つめる浮竹と、その手のひらに載る包み一つ。

「本当に千里眼を持っているんじゃないだろうな」

穏やかな微笑みを絶やさない同僚を思い出し、笑顔が引きつるのを感じた。

「飲めと言った張本人が飲みにくくしてどうするんだ…」

それでも確実に飲むであろう自分を自覚して浮竹は苦笑いを重ねる。

包みの上に落された唇。

それに己の唇を重ねるなんて青い真似はできず、ただそこをジッと見つめ、人知れずため息を吐く。 贈り物を先に渡してしまった部下への言い訳などを考えながら。




雪と共にこの想いが溶けたとしたら、どれだけ楽だろうか。
どれだけ寂しいだろうか。















one's cat



柔らかい物が唇のすぐ横に触れた。

「お前…」

らしくもなく、呆然と間近にある瞳を見つめる。
その瞳は猫のように笑い、告げる。

「どうかいたしましたか?檜佐木殿」

鈴を鳴らすような声が耳元で妖しく響く。
白い手が咽元をやさしく撫でた。

「顔が赤いようですが、風邪でもひかれましたか?」

赤子の熱を測るように額と額が付けられた。
再び近づいた赤い唇にピクリと体が反応する。

その様子を見たルキアが今度は声をたてて笑った。
面白くないこの立場。

「笑ってんじゃねぇよ」
「くすくす。都合が悪くなったら力で解決ですか?本当に男という生き物は単純ですね」

押し倒してみても余裕の笑みを消すことは出来ない。
むしろからかうネタを提供するだけ。
ため息を一つ吐いて、顔から力を抜く。

「ちっ。勝手にしろ」

半ばやけくそ気味にルキアを開放してやった。
右目を手で覆い、そっぽを向いてその場に胡坐をかき座り込む。
するとルキアの笑いがピタリと止んだ。

「?」

サクと草を踏み分け近づく足音。
再び寄せられる唇。
今度は頬に。

唇とは別の、暖かいものが重なって触れた。
再び呆然とする檜佐木をよそに一つ言葉を残すと、まったく惜しむ様子も見せずにルキアはその場を去った。

しばらくの間ルキアが去った方角を見つめる。
強い風に体を打たれ、ようやく思考が働き出す。

まず頭の中に浮かんだのは微笑むルキアの顔とそれに相反する鋭い光を宿した瞳。

響いたのは「残す傷は私のものだけで十分でしょう?」という言葉。
まるで呪いの様に耳から離れようとしない。

そして、その言葉が呪いである証拠の様に6と9の刺青の上でその赤さを主張していた爪痕は跡形もなく消えていた。

「…まいった」

そう言って、その場に顔を覆って寝転ぶ。
薄く笑った口元だけは隠さないまま。




飼いならされたのはどちら?















nightmare



咎。

そう、これは咎だ。
なのに諫める事が出来ないのは何故か。

「愚かだな」

幾度となく己に重ねた問いを再び同じ答えを見出して、白哉は呟く。

カサと花が風に揺られた。
冷たくなったソレが近づく時を知らせる。

逢魔が時。
昼と夜。魔の世界が混じる。
人を魅惑する妖しの声が響いた。

「兄様」

白い腕が己へと伸びる。
払いのけることなぞ容易い腕。

一度でも払いのければ、再び己に伸びる事はない腕。
それを決して払いのける事がないのは。

やはり。

腕の中の温もりが更なる熱を持った。

「兄様」

ゆっくりとか細い指が頬を撫でる。

後に沸き起こる罪悪感を頭の隅に追いやって、白哉は全てを受け入れた。

触れる直前に笑った唇。
甘露よりも甘く香り、美酒よりも己を充たす。
心に抱いた剣が音をたてて折れるのも構わず。
細い腕に目隠しをされたまま。
白哉は差し出された夢に酔った。





花を手折った男の行く末がどこへ繋がるというのだろうか















rain



「ルキア…。どこ?」

力なく、差し出された手が空を彷徨う。
指が何かを掴もうと数度動いた。

「ここだ!ここにいる!!」

手を掴んで、叫ぶ。
ここだよ。側にいるから。

「あぁ、良かった…。………ね、ルキア泣かないでおくれよ」
「泣いてなどおらぬ!」

掴んだ手はまだ暖かい。
繋ぎとめようと力をこめるが、力を入れれば入れるほど遠ざかった。

「嘘」
「嘘など…。貴様が笑っているのだから、私も笑っているに決まっているだろう」

一緒に泣いた。
一緒に笑った。
いつでも一緒だ。
これからも一緒の筈だ。

「ふふ。そっか…、それならいんだ。ルキアが笑ってるなら」
「たわけ。私は嫌だぞ、絶対に嫌だ!貴様も一緒に笑っていないと嫌だからな」
「そっか、そうだよね…」

すでに見えなくなった瞳が私の姿を映す。
握った手に涙が零れ落ちる前に、慌てて拭う。

「おいら、どこに行くのかな…」
「莫迦者!どこにも行かぬ。ここにいるだろう!私達と一緒にいるだろう?」
「そうだね。…一緒にいたいけど、ルキアは来ちゃ駄目だよ。恋次達も来ちゃ駄目だ。行くのはおいらだけでいいから」
「っ!!何故、そんな事をいうのだ!」

堪えきれなくなった涙がポツポツと手の甲に落ちる。

一つ。
二つ。
三つ。
雫は増え続け、止まることはない。

「ルキア。笑って」

私の手から外れた奴の腕が、そっと頬に触れた。

やはり、暖かい。
でも、触れているのに遠かった。

「………わかるか?」

手のひらに唇を寄せて、無理やり笑った形を作る。
涙が流れたままの不完全な笑顔。

「ありがとう」

涙越しに見る完全な笑顔。
安らかに笑った。

そして、閉じる瞳。
二度と開くことのない瞳。
その瞳にキスを贈ろう。
「安らかに眠って」と願いをこめて。

だから、それまでは慟哭を許して。
そこで、暖かい涙を受け止めていて。





神様。願いを下さい、力を得ることの出来る願いを